第3話・後編 まだ、途中に立っている ― 颯太 ―
試合当日。
体育館には、普段よりも人が多かった。
相手校の応援の声、スカウトらしき大人たちの視線、そして、自校の部員たちの緊張。
コートの隅で、颯太は深呼吸を繰り返していた。
――逃げたい。
正直な本音が湧く。
失敗して、評価されなくて、「やっぱ才能なかったな」って現実を突きつけられるのが怖い。
でも。
ノートの一行が、胸の奥で輝く。
《一度、本気でやる》
「颯太、アップ終わったか?」
顧問の声に、はっとする。
「……はい」
手のひらに汗が滲んでいる。
だが、不思議と、足は前に出た。
試合開始。
前半は、最悪だった。
緊張でボールを持つたびに指が震える。
パスミス、シュートは外し、簡単な守備も抜かれる。
「……くそ……」
ベンチからの視線が刺さる。
――やっぱ俺、才能ないんだ。
弱音が、頭を占領したその時。
タイムアウト。
顧問が、颯太をまっすぐ見て言った。
「お前、顔が“結果”ばっか見てる」
「……」
「シュート決めることだけが、試合じゃない。今日、お前は“挑みに来た”んだろ」
挑みに来た。
その言葉が、胸に落ちた。
料理人の声と、重なる。
――“意味は、結果だけじゃない”。
後半開始。
颯太は、ボールを持たずに、走った。
スクリーンをかける。
スペースを作る。
味方へ、声を飛ばす。
点は取れなくても、試合の中に“居続ける”ことを、選んだ。
すると、不思議なことが起きる。
味方のパスが、自然に集まった。
――来た。
直感と反射で、シュート。
弧を描いたボールが――
すぽっ
ネットを揺らした。
一瞬、時間が止まったように感じる。
「……入った……」
小さく、声が漏れる。
ベンチから、声が飛ぶ。
「ナイス!」
さらに、もう一本。
得点としては、わずかな数字。
ヒーローになれるほどでもない。
でも――
胸の奥で、何かが確かに燃えていた。
試合は、僅差で敗れた。
勝ちは、つかめなかった。
スカウトが声をかけてくれることは、なかった。
着替えを終え、体育館の外に出る。
夕焼けが、眩しいほど赤かった。
「……結局、ダメだったな」
そう呟くと、隣にいたキャプテンが言った。
「何言ってんだ。後半、お前が入ってから流れ変わったぞ」
「……そう?」
「ああ。点より、動きが良かった」
胸が、じんわりと温かくなる。
――評価されなかった=意味がなかった、じゃない。
帰り道、また、あの路地を通った。
今度は、ふっと、灯りが見えた。
――あ。
そこには、やっぱり、あの店。
レンガ造りの、小さな料理店。
胸が高鳴る。
扉を開く。
チリン――。
「いらっしゃいませ」
料理人が、変わらぬ笑顔で迎える。
カウンターに座ると、颯太は、正直に言った。
「……負けました。推薦も、たぶん、ありません」
料理人は、うなずくだけで、否定もしない。
「……でも」
颯太は、続けた。
「楽しかった。久しぶりに、試合の途中で……“今、生きてる”って思えました」
料理人の目が、やわらぐ。
「それが、あなたの答えです」
「……え?」
「夢とは、“結果”ではなく、“自分の時間に、意味を与えるもの”です」
料理が差し出された。
小さな丼。
卵かけご飯。
湯気の立つ白米に、黄金色の卵黄、少量の醤油。
「……シンプルっすね」
「“原点の料理”です」
料理人は言った。
「迷った時、人は、複雑な答えを探します。でも、多くの場合、答えはとても簡単な場所に戻ってきます」
一口、食べる。
ほのかな甘み、温かさ。
――うまい。
それだけで、なんだか、泣きそうになる。
「……俺、バスケ続けます」
颯太は、言った。
「推薦がなくても。就職だろうと、大学だろうと……バスケは、やめないです」
料理人は、やさしくうなずいた。
「それが、“あなたの夢の形”です」
食べ終え、席を立つ。
「……ありがとうございました」
チリン。
外に出る。
路地は、闇に戻っていた。
店は、もうない。
だが――
颯太は、確かに知っていた。
胸の中に、あの灯りが、ずっと点っていることを。




