エピローグ〜愛の雪山日記〜
この夜、山小屋の暖炉のそばで、愛は厚い毛布にくるまりながら、膝に置いた小さな日記帳を開いた。火の揺れる光が部屋を照らし、窓の外では吹雪がまだ唸りを上げている。
隣では、たー君がイビキをかいて眠っている。
あのけたたましい声の主が、今は穏やかな寝息を立てているなんて、信じられない光景だ。
夢はもう布団に潜り込んで寝息を立てており、愛だけがこの静寂の中で今日を振り返る。
ペンを手に持つと、手が少し震えた。雪山での恐怖と、たー君との出会いが胸に重く残っている。
「今日、夢と私は雪山で遭難しかけた。吹雪の中、足が動かなくなり、意識が遠のくのを感じた。あの時、『助けて…』と呟いた夢の小さな声が、心を締め付けた。姉として、妹を守るのが私の役目なのに、力尽きかけてしまった。
ドアを叩いた時、助けが来るなんて思ってもみなかった。でも、たー君が現れた。あの『たー君参上!!』という叫び声は、まるで奇跡だった。
汗だくで制服を着た彼が、雪の中で拳を握って仁王立ちする姿は、滑稽を通り越して頼もしく見えた。『とりあえず温まるのだ!!』と急かされ、火の元に連れて行かれた時、体の芯が温かくなって、涙が出そうになった。」
日記を一時中断し、愛は暖炉の火を見つめた。
たー君のイビキが部屋に響き、なぜか安心感を与えてくれる。ペンを再び動かし、続きを綴る。
「彼が渡してくれたスープは、凍えた体に染み渡った。『お前ら山を舐めんなのだ!!』と怒られた時は、恥ずかしさで顔が熱くなった。確かに、天気予報をちゃんと確認しなかったのが原因だ。姉として、夢を危険にさらしてしまった責任を感じている。
でも、たー君の『命を失ってからじゃ遅いのだ!!』という言葉が胸に刺さった。怒鳴られたのに、なぜか救われた気がした。夢が泣きながら『ごめんなさい…』と呟くのを聞いて、私も頭を下げた。あの時、たー君が一人でこの小屋にいたなんて知らなかった。『缶詰仲間がいるはずだった』と笑う彼の孤独な背中に、胸が締め付けられた。」
ノートに書く文字が、少しずつ穏やかさを帯びてくる。私は目を閉じ、たー君のじゃんけん話を思い出した。
「『たー君は鏡とじゃんけんしてたのだ!!1勝356引き分けだったのだ!!』と自慢げに話す姿に、夢と私は呆然とした。でも、そのアホらしさが、私たちを笑顔にした。『たー君の数時間を返すのだ!!』と強引に話し続けられた夜は、怖かった雪山の記憶を上書きしてくれた。愛は『頼もしいわね』と呟き、夢は『またじゃんけんしようね!』と無邪気に笑った。
私も、たー君の隣で初めて心から笑えた気がする。姉として、夢を守るだけじゃなく、自分も楽しむことを忘れてたのかもしれない。」
ペンを置いて、私はたー君の寝顔を見た。
イビキが大きく響く中、彼の無防備な表情に、なぜか温かさを感じる。
「たー君、ありがとう。この雪山で出会わなかったら、夢と私は凍えていたかもしれない。あなたの無茶な優しさが、私に新しい視点を与えてくれた。山を舐めてた自分を反省しつつも、たー君のおかげで前向きになれた。明日からは、夢と一緒に天気予報をしっかり見て、ちゃんと準備しようと思う。
たー君が『次は2勝目指すのだ!!』と気合を入れた姿、忘れられないよ。旅立つなら、私も一緒に連れてって。雪山での絆を、もっと大きなものにしたい。」
日記を閉じ、愛は毛布に深く潜り込んだ。たー君のイビキがリズムを刻む中、火の揺れる音と一緒に眠りに落ちていく。
雪山の夜はまだ長いが、心は温かさで満たされていた。




