駅前で『〇〇をやめろ!』と叫ぶデモ隊の主張が、よく見るとおかしすぎた件
仕事による疲労が足に重くのしかかる中、人混みを避けながら自動改札を抜けた俺は、ようやく外の空気を吸い込んだ。
アスファルトから蒸し返る暑苦しい空気が体に入ってくる。夏の日差しは夕方になっても弱まることはないらしい。すぐに額に汗がにじんで来た。
「......」
早く帰って部屋のクーラーを堪能したい。俺は家路を急ごうと早足になったが、駅前の広場に人が集まっているのが目に入り、そこで思わず足を止めた。
思わず注目して見ると、どうやら大きな横断幕を掲げる集団が、拡声器を使い何事かを主張しているらしい。夏の暑さにも負けず劣らずの、熱を帯びた声が耳に届いた。
「......」
その声は、どうやら同じ言葉を繰り返しているように聞こえる。
この暑い中、よくもまあ頑張るものだ。俺は頬を垂れる汗を手の甲で拭った。見ると、そのデモ隊の前を皆が素通りしている。誰も立ち止まっていない。
「......」
自分には関係ないと、俺も他の人と同じようにデモ隊の真横を通り過ぎようとした寸前。どんな主張をしているのか気になった俺は、掲げられた横断幕を横目にちらと見やる。政権への不満か、あるいは陰謀論的な話か。俺はそんなふうに予想していた。
『反対〜!!!』
「??????」
俺は再び足を止めた。アブラゼミに、乱獲されているイメージなくない???????
実際今もアブラゼミの鳴き声が辺りから響いている。
「......」
おかしな集団だなと、俺は心の距離を置いてそのまま歩を進め始めようとした。
しかし、デモ隊が持つ横断幕がめくれ、地面に落ちるのを見て、俺は再び足を止めた。
先ほどの横断幕の下から現れた新たな横断幕には、なんと全く別の言葉が書かれていたのだ。
デモって、何個も別の主張をするものだっけ? そんな疑問を胸に、俺は新たに現れた横断幕に視線を向けた。
『計算できねー!!!』
「確かに面倒だけど!!!」
実際こういう商品はカロリー計算に電卓が必要になったりするので、こういうので不愉快になった経験はある。この前110gの商品の裏に100グラムあたりのカロリーが書かれているのを見た。なんでだよ。
「......」
デモの内容に同意し足を止めているうち、予想通りというべきか、デモ隊が持つ横断幕が一枚地面に落とされ、新たな内容が現れた。俺はそれにも目を向ける。
『どう考えても、決定は○だろ〜!』
「それもそうだけど!」
確かに、日本のゲームを海外基準にするのはやめて欲しい。長年日本のゲームに親しんで来ただけに、いまさらもう、頭の切り替えは出来ないし、するつもりもない。俺はゲーム老害なのであった。
そんなことを考えているうち、別の横断幕が現れる。彼らの主張はデモのイメージとは異なり、社会問題というより個人の不満といった感じだ。俺は新たな横断幕を見やる。
『んで、間違いを指摘すると「日本語は時代によって移り変わるものだから、それを使う人が多いのであれば、それはもう間違いじゃない」とかゴチャゴチャ言うんだよなー!』
「不満溜まりすぎだろ」
というか、その長文を何十人も声を揃えて叫べるの凄すぎるだろ。何回練習したんだ。無駄だろその時間。
俺は関心とも呆れとも言える感想を抱いた。
ちなみに俺は、「すべからく」を「全て」の意味で使っている人は絶対信用しない。
あと、「いう」を「ゆう」と書く人は小卒だと思っている。
義務教育を終えた人間は、「いう」を「ゆう」とは絶対に書かないので。
「......」
デモ隊の主張を聞くと、なぜか自分の中に秘めた主張が頭に浮かんでくるな。そんなことを思っていると、次の横断幕が現れた。すぐに視線を向ける。
『分かりやすいので、剣殺とかにしてはいかがでしょうかー!』
「それだと完全に辻斬りだろ」
俺は小声でツッコミを入れた。あと、横断幕がキレ気味な文面なの初めて見たな。
呆れる俺だったが、再び横断幕がめくれ新たな横断幕が現れたため、思考を中断しそれに視線を向けた。
『不安でーす!!』
「もはや主張でもないだろそれ」
知恵袋とかにでも質問したら良いと思う。
まあ言われてみると確かに、切断面の新たに現れた赤は焼かなくて良いのかは疑問ではある。どうなんですか???
考えているうち、次の横断幕が現れる。どうやら次も焼肉関係の内容らしく、ホルモンという言葉がチラッと見えた。
『飲まずに捨てても良いですかー??』
「お前ら焼肉行くなよ!」
ガムじゃないんだから。どうかよく焼けたカルビだけ食っててくれ。
焼肉に初めて行った小学生みたいな情けない主張に思わず呆れているうち、次の横断幕が現れた。俺は視線を向ける。
『裂かずに食うなら、最初からさけるチーズは買いませんけどー????』
「個人の恨みじゃねーか!」
急に知らない人を批判されても困る。まあ俺も、さけるチーズを買ったのに裂かない人がいたらそっちの方がおかしいとは思うけど。
そんな、同情とも取れる感想を思い浮かべているうち、次の横断幕が現れた。俺はそちらに視線を向ける。
『やります!!!!!!』
「うわあああ!!! 急に本当に怖いやつ来た!!!」
突然の落差に、思わず叫び声を上げる俺。大声を出してしまったせいか、デモ隊にその声が届いてしまったらしい。
気づくと、デモ隊の全員は黙りこくり、その全員が俺の方を凝視していた。
「......ぇぇ」
全身から冷や汗が吹き出すのを感じる。今すぐ立ち去りたい。でも、少しでも動くと、なにか均衡が崩れ、不吉ななんらかが起こるような気がした。山で凶暴な野生動物に出会ったような緊張感。
そうして数秒、先に動いたのはデモ隊だった。手に持つ横断幕が一枚めくられ、新たな文書が現れる。
『文字が赤いので、真っ赤な嘘ということでーす!』
「おい!!! なにわろてんねん!!!」
俺は今日一番の叫び声を上げた。腰が抜けそうになった。
納得できない気分を消化するためデモ隊の方を睨んでやると、どうやら全ての横断幕の主張をやり切ったらしい。足元に落とした横断幕を驚くほどの手際の良さで全て回収し、足早に去っていった。
「なんだったんだ......」
強い日差しに晒され続けたせいで、ワイシャツの背中がピッタリと汗でくっついていた。その気持ち悪さに今更気づく。
「......ん?」
立ち去ろうとした俺は、デモ隊がいた場所に、小さな紙切れが落ちているのに気づいた。
俺は近づきそれを拾い上げる。名刺サイズのそれには、連絡先の電話番号と、一言のメッセージだけが書かれていた。
『あなたも、デモ隊になりませんか』
「......」
確かに、誰にも言えない、というより、言うほどでもない不満を発散する様子には共感させられたし、もしかしたら、かなり気持ちが良いのかもしれない。
デモ隊の主張に熱中し、自分の意見を頭の中で巡らせていた自分を思い出す。
「......いやいや」
流石に馬鹿らしい。あんな珍妙な集団の仲間になんてなってられない。俺は手に持った名刺を捨てようとあたりを見回す。近くにゴミ箱はない。
「......」
まさか、ポイ捨てするわけにはいかないだろう。俺はどこかで捨てるために、その名刺をポケットに入れる。
「......」
白昼夢みたいな光景に未だ現実感が追いつかないまま、俺は家路を急いだ。




