逃亡令嬢と竜人は、二人でのんびり生きていく。
「いい匂い……」
私、ユニエーナが料理をしていると、突然窓の外から声が聞こえた。……そこに居るのは、竜だ。
人語を喋ったということは、ただの竜ではなく竜人とかだろうか? 元々危険な存在は近寄ってこないようにと対策している。だからこそ目の前の竜が私を害する存在ではないだろうとは分かる。
「良かったら食べます?」
私がそう問いかけると、その竜はこくりっと頷いた。その後、すぐにその赤い鱗の竜は、人の姿へと変化する。
竜としての姿もかっこいいなと思ったけれど、人の姿も綺麗ね。こんなところで何をしているのかしら? まぁ、私も人のことを言えないのだけど。
「もらおう」
「はい、どうぞ」
見た目は私と同じ年ぐらいには見えるけれど、竜人は人間よりもずっと長生きなはずなので敬語で話しかけておく。
私の作ったスープを器に掬って、それから差し出したらそのままそれを口にする。座って食べればいいのに、なんで立ったままなのだろうか。よっぽどお腹でもすいていたのかな。
「美味しい」
「それならよかったですわ」
素直に作ったものを美味しいと言ってもらえることは嬉しいので、思わず笑ってしまう。
人と関わることは面倒だという気持ちも当然あるけれど、余計なことを話しかけてこないような雰囲気なら別に構わない。あとは竜人というのに初めて出会ったので興味がわいたというのもあるけれども。
「これは礼だ」
そう言って私は鱗をもらってしまった。
たった一度の食事でもらうものではない。
「ちょっとま――」
こんな貴重なものはもらえないとでもいう風に声を上げようとしたら、その場からそのまま去って行ってしまった。
扉から出て行ったかと思えば、飛び立っていく。
その時はもう二度と関わらないのではないかとそう思っていた。
しかし予想外にその後も度々出会うことになった。
「美味しかったから」
なんていって気まぐれに山の頂上付近にある私の住まう家にやってくる。毎日というわけではない。というか竜人というのは毎日食事を摂らなくても問題がないらしい。
互いに特に自分のことを話すことも、聞くことも全くない。だからこそ私はこの竜人――ロイタと一緒に過ごすことが苦ではないのだろうとそう思えた。
ただ彼は私の料理を食べにくるだけだ。そして必要以上に何かをすることなく、そのまま去っていく。
ロイタが気に入った味付けの料理を作るように徐々になっていく。人と関わるのは面倒だとは思っているけれど、こうして自分の作ったものを美味しいと言ってもらえるのは単純に嬉しかったから。
向こうも徐々に私のお手伝いをしてくれるようになった。例えば食用の魔物を狩ったり、木の実や山菜などを採りにいったり、時には一緒に料理をしたり。
……山へとやってきてから、一人で全てこれらのことをやっていた。たまにほしいものを買いに街に降りることはあるが、それも本当に時たまだ。
そんな中で私の世界に、徐々にロイタは入り込んできた。
そのことを私自身が嫌だと思っていないことも不思議だった。……私は家族ともずっと一緒にいることが疲れると思っているタイプだったから。尤も私の家族は、私の意見なんて全く聞いてくれないような人たちだったからというのもあるだろうけれど。
ただ、のんびりと二人で過ごしていた。
「ロイタ、何を食べたい?」
「そうだな、俺は……」
ロイタが私の家にいる時間が徐々に増えて行った。
当たり前のように食事は一緒に取っているので、何を食べたいか聞いている時のこと……突然外が騒がしくなった。
少し身構えつつ、外に行く。
そこには竜が居た。
……私関係の追っ手ではないことにはほっとしたけれど、ロイタの知り合いかしら? そう思いながらも声を掛けようとすると、ロイタが私の前に立つ。私のことを守ろうとしてくれているのかしら。
それは嬉しいかもしれない。
私はこんな山奥で一人暮らし出来るだけの戦闘能力はある。それはロイタだって知っているはずだ。魔法が使える私は、おそらく目の前の竜に簡単に殺されはしないだろう。もちろん、簡単には無理だろうけれど。
それにしてもロイタと同じ竜人なのかな?
「ロイタ様!! 国へとお戻りください」
そう言って叫ぶ、竜。その声は女性のものだった。
様付けされているということは、ロイタは竜人の中でもそれなりの立場だったりするのだろうか。
そう思いながら私は彼等の会話を黙って聞いていた。
「俺は戻る気はないと言っているだろう」
「しかしロイタ様は我が国の中でも屈指の力を持ち合わせているのですよ!! ならば王になるのはあなたが――」
「はぁ、そんな面倒なことやらない」
驚いた。話を聞く限り、ロイタは王位を継ぐことを求められているらしい。それにしても力を持ち合わせている云々と口にしているのならば強くあることが王位継承の条件とかなのだろうか。
……人間とは全然違うなとそう思った。
ロイタが幾ら嫌がっていても、竜人の女性は引く気はないみたいだった。こんなに本気で嫌がっているのに迷惑な話だ。
なんだか、実家の家族が重なる。
私が幾ら嫌だと言っても、実家の家族はとあることを強行しようとした。それで私は面倒になって、人と関わるのも嫌だなとそんな気持ちで、此処でひっそり生活していたのだから。
「ねぇ、ロイタが嫌がっているでしょう? 無理強いをするのはよくないわ」
思わず口にしてしまったら、思いっきり睨まれた。……ロイタがそれで嫌そうな顔をしているのに気づいていないのだろうか。
人の気持ちを考えられないタイプなのかもしれない。
「ロイタ様、この人間の雌はなんですか? まさか、こんな脆弱そうな雌に誑かされて王位を――ひっ」
バカだなぁと正直な感想を抱く。
ロイタは何だかんだ私のことを気に入ってはくれているとは思う。少なくとも一緒に過ごすのを苦には思っていないだろう。
なんというか、私と似たタイプで本当に我慢できなければまず関わろうとしないように思えるから。
だからロイタから殺気が漏れる。私も一瞬びくっとしてしまった。こんな風に威圧することが出来るんだともびっくりした。
「ユニエーナに暴言を吐くな。そもそも彼女は弱くない。惚れ惚れしいほどの魔法を使う。それを抜きにしても、料理も美味しくて素晴らしい女だ」
続けられた言葉に固まってしまう。
いや、だってそんな風に褒められるとは思ってなかった。それに何だかそれって、ロイタが私のことを好きなのではないかと勘違いしてしまいそうになる台詞である。
ちょっとドキッとしたのは秘密である。
「ま、魔法? こんな人間が?」
「そもそもこの山で一人で生活が出来ている時点で立派な強者だろう。そんなことも分からないとは愚かな」
「そ、そうなのですね。申し訳ございません。ロイタ様が認めている女性なら素晴らしい方なのでしょう」
「そうだ。それだけじゃなくて可愛らしい」
おおう? 何かよく分からない感じにロイタが舵を切り出してしまった気がする。可愛いって言われた……! 幼いころから顔立ちが整っているとは散々言われていたし、可愛いとも何度も口にされたことはある。だけどなんだか、その中でも一番嬉しいかもしれない。
「……その女性を伴侶にされるつもりですか? それでしたら一度国元へ帰り――」
「それはユニエーナが決めることだ。それにそうなったとしても帰る必要はないだろう。俺が決めることをごちゃごちゃいうな」
……あれ? 聞いている限り、やっぱりロイタは私のこと好きだったりするの? そう考えると心臓が早くなった。
早くその言葉の意味合いを聞きたいのだけれど、この竜人の女性邪魔だなぁ。
ロイタの知り合いだからと話は聞いていたけれど、これ以上は煩いよね? 私はそれよりもロイタと話をしたい。
そう思い立った私は、
「あのね、ちょっとロイタと話したいから帰ってくれる?」
とそう声をかけた。
「え、でも――」
「この家の主である私が帰れって言ってるの。強制送還ね?」
私はそう言って、風の魔法を使って思いっきり彼女を吹き飛ばした。良い飛びっぷり。
それを見て満足した私は、近づいてこないように魔法であたりをさらに強化しておいた。少なくとも本日はこちらによってはこられないようにはした。
「ロイタ、お話しましょ?」
私はそう言ってロイタに笑いかける。
頷いてくれたので、家の中でのんびりとお喋りをすることにした。
「簡潔に聞くけれど、ロイタって私のことが好きなの?」
こんなことを自分から聞くなんて、凄く自意識過剰っぽくて少しだけ躊躇した。でも聞きたいことはちゃんと聞いてしまった方がいい。
「そうだな」
「そ、そうなんだ? 恋愛的な意味で?」
「そうだと言ったら?」
私の言葉を聞いて、驚くべきことにロイタはそう口にする。照れてごまかしたりとかしないのかしら! 竜人は皆こうして、自分の気持ちを素直に口にする方なのかな。私は他の竜人をしらないから分からないけれど。
それにしてもじっと見つめられてこんなことを言われられると、ドキドキするわ。
「……う、嬉しいと思ったわ。単純かもしれないけれど……私はあなたと一緒にいて、好きだなとそう思ったの。だ、だからその……まずは恋人になりましょう!」
私は勢いのままにそう口にした。そしたらロイタはそれはもう嬉しそうな満面の笑みを浮かべたのだった。
そうして私はロイタと恋人になった。
「ロイタ、そっちの準備はどう?」
「滞りなく進んでいる」
さて、恋人になった後の私達が何をしているかと言えば、引っ越しの準備だ。
というのもこのまま此処に居れば先ほどの竜人が煩いからという。竜人は強い者が王位につくので、望んでいなくてもロイタを王様にしようとしているようだ。
ロイタは王様になる気がないし、私も王妃なんて立場は要らない。
ついでに引っ越しの準備をしながら私は自分の事情をロイタに話すことにした。
「私がここで暮らしているのは、面倒な貴族子息に目をつけられていたからなの。元々私は伯爵令嬢だったのだけれど……所謂幼なじみに公爵子息が居て、私はその男がこの世で一番嫌いなのに周りは愛されていて幸せねって、結婚すべきみたいに強制していたの」
思い出しただけで気持ち悪いなと思って仕方がない。
そう、私はとある人族の国で伯爵令嬢として産まれた。そしてその国でも有数の公爵家と親しくしていた。……そこであの男に出会った。
とてつもない執着を持ち、面倒過ぎる気持ちの悪い男に。そこに愛情があれば別だろうが、私はあの男が、私の行動を制限しようとすることが嫌いだった。誰かと親しくするとちょっかいをかけてくることも、私のことを好きだとかほざきながら偉そうに私の意思を全く尊重しないことも……。本当に本当に嫌だった。
「周りは全員、大人しく結婚すべきって言い続けていたの。それが嫌で、人と関わるのも面倒になって此処で暮らしていたのよ」
「……その男殺すか?」
「それは考えたけれど……やっぱり貴族を殺したりしたら大変なことになるのよ。流石に数が少なければ対応することが出来るけれど、国に追われるなんてことになったら嫌だから」
私がそう口にすると、ロイタは不満そうな顔をする。
分かるわ。私も何度殺してやろうかと思ったことか……! あの男の気持ち悪いところは私がどれだけ嫌がっても照れ隠しと思っていたりすることね。それに魔法の腕もすさまじいから排除しようにもなかなか難しいし。
近づかないように脅しつけても「可愛いな」などとふざけたことをほざいてくる男なのだ。どれだけ嫌がり続けていても、あの男の評判は高く、拒絶する私の方がおかしいみたいに思われていた。
愛されているのにどうして、なんて責められる私。その様子を見て悦に浸っているあの男。もう顔も見たくない。
「もしあの男がやってきたらその時は二人でどうにかしましょう。事故死に見せかけて排除することだって出来るもの。それにこれからもう会うこともないはずだわ」
「……そうか。なら、姿を現したらどうにかする」
私の言葉を聞いて、ロイタはそう言った。その言葉を聞いて私は笑うのだった。
それから私とロイタは、引っ越しを決行し、また別の山で暮らし始めた。
面倒な追っ手が寄ってきたら即座に引っ越すを繰り返しながらも、末永く逃亡生活を続けて行ったのであった。
勢いのままに書いた短編です。一気書きしているので矛盾点あったらすみません。
楽しんでもらえたら嬉しいです。




