その根本を覆えしていいのなら悪女にでもなりましょう
「君との婚約を破棄させてもらう」
学園主催のパーティーの会場の真ん中で、この国の王太子であるブラムウェルは横に黒髪の乙女を携えて、堂々とこのワタクシこと、公爵家の愛娘ヴァネッサへと言い放った。
「畏まりました。お受けいたしますわ」
その発言に呆れながらもワタクシが素直に受け入れれば、ブラムウェルは胸を張り堂々と言葉を続けてくる。
「お前でも流石に身の程を知っていたか。そう!この彼女こそ神に愛された乙女アイカ。この召喚されし聖女こそがこの俺の隣に相応しい!」
「ごめんなさい。ヴァネッサ様。わたし、一生懸命頑張りますので……どうか、この愛をお許しください」
その健気にも胸の前で手を握りしめて目に涙を浮かべワタクシを見てくる彼女は、未だ召喚された時に着ていた『制服』を身につけて、王子へとそっと寄り添うのはか弱い娘のアピールか。それにしては最後のしてやったりとばかりの表情が隠しきれていなかったのは貴族としてはまだまだだと思う。
「アイカ、そなたが異国より召喚されるほどの聖女の素質は皆も知るところ。元よりヴァネッサとは違うのだ。謝る必要はない」
無碍にされてるのは婚約者であったこちらの方だというのに、来客達の同情の目は何故かアイカに降り注ぎ、ワタクシには聖女を無碍に扱ったとの侮蔑の視線が向けられる。
「ではあらためて、この場で正式に婚約破棄ということで宜しいかしら?」
「そうだと言っているだろう!」
確認の為に聞いた言葉にまでも苛立ったように返されては、愛とは言えぬまでも幼き頃より共に過ごしたことでの情すらも薄まってしまう。
そんな様子を見ては王族にしては色素の濃い茶色の髪がコンプレックスだという彼に対し、ワタクシは自慢の金の巻き髪を一度後ろに流してからもう一度「かしこまりました」と微笑むと、それを合図のように控えさせていた我が家の執事が婚約破棄の書類を出して王太子の元へと行くと、その準備に驚いたように2人は視線を交わすが頷いて即サインをしてくれた。
「ごめんなさい。わたし、違う世界から来て、ただこの与えられた神のご加護でこの国を魔物から守る聖女の力と、自分の生まれた日本の知識しかなくて……、今までこの国の規則とか決まりとなわからないからヴァネッサ様から厳しくご指導頂いたのに、それが辛くて……!」
そんな涙を浮かべて訴える様子に、またもこちらを見ている人々が騒つくのは仕方のないこと。
この国の人とは違った可愛らしく幼なげなその瞳に、この辺りでは見ない黒髪は『ニホンジン』特有のもの。それは確かに愛玩したくなる気持ちもわかるし、その上で違う世界の知識と聖女の力があるとするならばそれはどちらを悪として、どちらにつけばいいかなど明白。
「アイカ、貴女は『女子高生』だったのよね」
「は、はい!」
「そちらの国でも沢山勉強されてたのかしら?」
「頑張ってました!成績は……真ん中くらいでしたけど」
ワタクシの質問にアイカはエヘッと少し照れくさそうに笑うと、ブラムウェルがその肩を抱く。
「アイカはそれでいい。勉学以外にも役立てることは沢山あるだろう。それに大衆に向けて『石鹸』を作り、衛生面とやらも向上させたのは充分に褒賞に値する」
「これからもわたし、聖女のお仕事頑張ります。この国には魔物とか絶対入れませんっ!」
自分が愛を受けるのは当然だと、この婚約者のいる王太子との略奪愛だのとドロドロとした現実を見ずに、ただ愛を全うする。そんな聖女のセオリー。
「とはいえ、そうは問屋は卸さないのですわ」
「え?問屋?」
ワタクシの呟きに聞き慣れた言葉でもあったようにアイカがこちらを見た時には、ワタクシの背後にはいつの間にか隣国の王子セルガード様が立たれていた。
「では、ヴァネッサ様を我が妃としてお迎え願っても宜しいでしょうか?」
「……ヴァネッサ、お前ッ」
自分の事を棚に上げ、まるでこちらが浮気でもしていたとばかりに視線を送るブラムウェル王太子に呆れれば、セルガード様はその浅葱色の髪を優しく左右へと揺らし、その蜂蜜色の瞳を細めて話してくださる。
「あぁ、誤解しないで頂きたい。今まではこちらからの一方的な告げられぬ好意のみ。ヴァネッサ様とは会話を交わしたことすらブラムウェル様とご一緒の時だけでした。ただ、その聡明さと美しさに当てられてしまっていた、そんな一人の愚かな男が今ここぞとばかりにチャンスを狙って声を掛けただけなのです」
「……本当か?」
「えぇ本当ですわ。ご信用いただけないのでしたら、誰に聞いても調べて頂いても構いません」
お会いした時になんとなくその好意に気がついてはいたが、王太子の婚約者であったワタクシは何も見ぬふりをしていたし、だからこそ叩いたところで出る埃など無いのだからと堂々と言っても、ブラムウェルは気に入らないとでも言う顔で、
「どうだかな。まぁ調べぬともいい。既に婚約破棄をした女だ」
そんな捨て台詞とともにそれ以上追求する気配はなくなる。
「ではそのお申し出、謹んでお受けいたしますわ」
「本当ですか!?」
予想だにしていなかったであろうワタクシの即の回答に、美丈夫と有名なセルガード様が破顔とはこの事とばかりになんとも嬉しそうに笑ってくだされば、ついワタクシの表情までも綻んでしまう。
「えぇ、それに……、ブラムウェル様の国は最近『鉄』を発掘しているとか」
「えぇ、もう御耳に入られているとは流石ですね。まだ使い道は試行錯誤しておりますが」
「そうでございますか」
「何の話だ!」
会話がわからないのだろう。噛みつくばかりに会話に入ってくるブラムウェルと、「テツ?」と少し驚いたように呟くアイカに、ワタクシは彼らの望み通りに悪女の笑みを浮かべてあげる。
「 『地球』 での知識、誰が貴女一人のものだと?」
その言葉に最初に目を見開いたのはアイカ。
「チキュウ……? 何を言っている。お前はこの国で生まれ育った事は明白!!」
まだこの言葉の重みを知らぬブラムウェルが声を荒げる。
「『転移』じゃなく、『転生』。アイカならこの意味がわかるわね」
そう告げるワタクシは悪女の笑みが止まらない。
「まっ、待って下さい……ヴァネッサ様!貴女、どこから……!?」
彼女が来たと言っていた『日本』ではなく『地球』と表現したことで、慌てたように歩み寄ってきたアイカの耳元で、
「ワタクシのその記憶はアイカよりも大人の『社会人』。ふふっお恥ずかしい話、その頃のワタクシは一般就職からの自動車の下請けからの叩き上げで最後は本社のエンジニア。その会社の名前は……」
呟いたその社名に彼女の血の気が引いたのは流石に女子高生でも……いや、社会人経験のある彼女にはわかったのだろう。
この国では若く見えるその姿とはいえ、同じ国に住んだ記憶のある者なら見分けもつく。
彼女はもうとっくに『成人』していることに。
「ねぇ、本当はおいくつなの?でも学生服もお似合いでしてよ」
ワタクシの言葉に更に血の気が引くその姿を見ればこれ以上追い詰める必要はないかと背を向けてセルガード様へと向かう。
「まっ待って下さい!!ヴァネッサ様!!」
「あら、でももう時すでに遅しですわ」
状況は掴めきれていない様子だが、ワタクシを優しく手を広げて受け入れてくれるセルガードの胸へと収まる。
「ご機嫌よう。次会う時は、どうか怒らせてないで頂きたいわ」
「はい!!!勿論です!!この度は大変申し訳ありませんでした!」
アイカが深々と頭を下げる、そんな急変にブラムウェルが「聖女になにをさせる!」と騒ぎ立てるのを、アイカは慌ててその口を塞ぐ。
「まさかあの女に魔物でもけしかけられるとでも言うのか!?そんなものアイカの聖女の力で守護出来るだろう!?」
「魔物なら出来ます!!でも、鉄の玉はムリムリムリムリ!!消されます!!」
「消される!?ならば魔法か!?それならうちの国にも……」
「そんなレベルの話じゃないんだってばっ!!」
まだことの重大さの分かってないブラムウェルの口をアイカは必死に塞ぐと、ワタクシと目が合う。
「未来の王太子妃同士、友好を続けられるかは貴女の頑張り次第でしてよ」
クスリと笑って告げれば、アイカはコクコクと何度も頷いてくれる。
「さぁ、セルガード様。貴方様はワタクシを幸せにして下さりますか?」
「勿論だとも。ヴァネッサが来てくれるなら私は幸せで100馬力でも出せそうだ」
「ふふふっ、ならばワタクシは100万馬力でもお作りしますわ」
「ははっ、それは心強いな」
そう嬉しそうに微笑んでワタクシだけを見つめてくれる瞳の心地良さに今くらいは酔いしれても良いだろうと、その差し出された手を取り、
「この世界の根本を覆えすことが怖くて手を出せずに居たけど、もういいわね」
呟いた声は誰にも聞こえず、しかしそんなワタクシに溢れんばかりの愛しさを込めた瞳を向けてくれる彼の肩へと寄り添った。
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