092. ものづくりを愛する者たちの集い
4月2日1回目の投稿です
朝の光が工房の窓から差し込み、木の香りとほんのり漂うオイルの匂いが心地よく混ざる。ツムギは作業台の上で道具を整えながら、わくわくした気持ちを抑えきれずにいた。
今日は、エドとバルド先生が工房にやってくる日だ。エドはジンの作るアタッチメントに強い関心を抱き、直接話を聞きたいと熱望していた。ツムギは、先日のバザールでバルドと三人で交わした考察の楽しさを思い出し、自然と口元が綻ぶ。ものづくりを愛する仲間がまた一人増えるかもしれない——そう思うと、胸が弾む。
ジンは作業机に腰をかけ、ツムギの様子をちらりと見ながら、木材の加工を進めている。普段通りの落ち着いた雰囲気だが、どこか楽しげな空気が漂っているのは、師匠だったバルドに久々に会えるからで、気のせいではないだろう。
ぽては専用のクッションからひょこっと顔を出し、そわそわと落ち着かないツムギとジンの様子をじっと見つめながら、エドとバルドの到着を待っていた。
その時——
ツムギのマントどめが淡く光を放つ。
——《ツムギ、エリアスだ。今カムニア町に着いた。エドも一緒だ。もうすぐ工房に向かう》
魔導通信機から届いた声に、ツムギはぱっと顔を上げた。
「エドさんとバルド先生、もうすぐいらっしゃるみたい!」
ぽてが「ぽぺ!(きたー!)」と小さく跳ねる。ジンも微笑みながら頷き、「じゃあ、迎える準備をしておくか」と言いながら、作業机の周りを軽く片付け始めた。
しばらくして、工房の扉を叩く音が響く。
待ちきれずに、ドアの前で待っていたツムギが、勢いよく扉を開けると、そこにはバルドとエドの姿があった。
「お邪魔するぞ、ツムギ、ジン!」
バルドが朗らかに挨拶しながら工房へ入る。ジンもすぐに立ち上がり、微笑みながら応じた。
「バルド先生、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「おう、半年ぶりか? 前に会ったときよりも、なんだかお前、さらに落ち着いた雰囲気になったな」
「ツムギが、大変お世話になっています」
「お前の娘はなかなか見どころがあってな。教え甲斐があるし、最近は週末が待ち遠しいくらいだ」
バルドが照れ隠しにゴホンと咳払いしながら、ジンと軽く言葉を交わす横で、エドは工房の雰囲気に呑まれたように緊張しきっていた。工房の奥にずらりと並んだ道具や素材、そして目の前に立つ ジンという職人の存在感に圧倒され、がちがちに固まっている。
「えっと……は、はじめまして! えっと、その……エド・ヴァルトシュタインと申します!」
挨拶すらぎこちなく、肩がガチガチに上がったままのエドを見て、ツムギは思わずクスッと笑ってしまう。
ジンはそんなエドを見て、ふっと優しく微笑んだ。
「はじめまして、エドさん。継ぎ屋のジンです。ようこそ、うちの工房へ」
その穏やかな声に、エドは一瞬硬直したが、次の瞬間、小さく息を吐いた。張り詰めていた肩の力がわずかに抜け、少しだけ落ち着いたようにみえた。
「この間の、バザールで話していた負荷を分散させる構造の件は、うまくいきましたか?」
ジンが穏やかに尋ねると、エドはビクリと肩を跳ねさせ、慌てて頷いた。
「あ、あの……すごく参考になりました! ただ、まだ私の実力が足りず、完璧に機能してるとは言いがたくて……」
「なるほど。実際に試してみて、どこがうまくいかなかったのか、詳しく聞かせてもらえますか?」
ジンの穏やかな誘導に、エドの緊張が少しずつ和らいでいく。
そこからしばらく、四人は負荷の分散について話し合った。エドはノートや資料を広げ、試した方法や考察を真剣に説明する。それに対し、ジンやバルドが的確な助言を加えながら、内容を深めていく。
ツムギもノートを広げ、エドの話を熱心に聞きながら、時折メモを取り、自分なりの視点で意見を述べた。議論は活発に進み、それぞれの知識と経験が交わるたびに、新たな気づきが生まれていった。
やがて話題は、エドが最も気になっていたアタッチメントの話へと移った。
「アタッチメントの発想は、本当に素晴らしいです。どうやって、あの仕組みを考えついたんですか?」
エドが真剣な眼差しで尋ねると、ジンは少し苦笑しながらツムギに視線を向けた。
「……正直なところ、途中で何度も投げ出したくなったよ。あれの試作をしていた頃は、徹夜続きでフラフラだったからな」
「えっ、そんなに大変だったんですか?」
「そりゃあな。技術的な問題が山積みだったし、試作しては失敗の繰り返しだった。でも——」
ジンはツムギをちらりと見て、少し照れくさそうに笑った。
「ツムギのアイデアだったから、簡単に諦めるわけにはいかなかった。こいつに『できない』なんて言いたくなかったからな」
ツムギは思わず目を丸くした。
「えっ、お父さん、そんなふうに思ってくれてたの?」
「当たり前だろ。娘の頼みだ、なんとしても形にしたかったんだからな」
エドは驚いたように目を見開き、すぐに尊敬の眼差しをツムギへと向けた。
「……つまり、あのアタッチメントのアイデアはツムギさんが……?」
「そうだぞ。ツムギが考えたアイデアだ」
「すごい……! もちろん技術も素晴らしいですが、あの発想力は、僕には到底思いつかないものです!」
エドは感嘆の息を漏らしながら、ツムギをじっと見つめた。
「いや、でも、私はただ『こういうものが欲しいな』って思っただけで……お父さんが形にしてくれたからこそ、実現できたんだよ」
「それでも、発想がなければ生まれなかったものです。ツムギさんの視点があるからこそ、アタッチメントは生まれたんですよ!」
エドの真剣な言葉に、ツムギは少し恥ずかしそうに笑った。
そんなやり取りを見ていたバルドが、ふと思い出したように口を開く。
「おい、エド。お前、アタッチメントの仕様書を見たんだろう? 一番上にツムギの名前が載っていたはずだが……まさか、見なかったのか?」
その言葉に、エドは一瞬固まり——そして、バツが悪そうに視線を逸らした。
「そ、それは……構造の部分に夢中で、ジンさんの名前しか目に入っていなかったというか……」
その正直すぎる答えに、ツムギとジンは思わず吹き出し、バルドも肩を揺らして笑う。
「ぽぺぺ!(さすが、エド!)」
ぽても一緒になって笑い、工房の空気は一気に和やかになった。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。