089. いざ、バザールへ
3月30日1回目の投稿です
朝食を終えたツムギとバルドは、早速バザールへ向かうため、工房を後にした。
「ぽぺ!(しゅっぱーつ!)」
ぽてはいつも以上にノリノリで、ツムギの肩の上で弾むように跳ねながら、意気揚々と宣言する。
「今日は色んな職人さんがいるんですよね? どんなものが見られるのか、すごく楽しみです!」
「うむ、バザールには様々な工房の職人が集まる。特に職人エリアは、商人の出店とは違い、職人たちが直接作品を持ち寄る場所だ。実力を試す場でもあるし、新たな顧客を獲得する機会にもなる」
バルドはそう言いながら、足を進める。
城下町のバザールは、街の中央広場を中心に広がっており、朝早くから人々が行き交い、活気に満ちていた。すでに商人たちは露店を開き、様々な商品を並べて客を呼び込んでいる。食べ物の香ばしい匂いや、華やかな布地が翻る店先を横目に、ツムギとバルドは職人エリアへと向かう。
「今日はしっかり目を凝らして、職人のアイテムを参考にしたり、自分にとって必要な技術を持つ者を見極めるんだぞ」
「はい!」
ツムギはワクワクしながら頷いた。
そうして二人と一匹が職人エリアへと足を踏み入れると——
そこには、工芸品や魔導具、金属細工、木工製品など、職人たちが丹精込めて作った品々がずらりと並んでいた。どの店も個性があり、工房ごとに得意な技術が違うのが一目でわかる。
ツムギは興奮しながら、周囲を見渡す。
職人エリアには、さまざまな工房の職人たちが自慢の品を並べていた。魔導具の細工師、木工職人、金属加工の達人、さらにはガラス工芸や織物の専門家まで、多種多様な技術が一堂に集まっている。
「ほう、これはなかなか良い仕事だな」
バルドが足を止めたのは、ある金属細工の店。そこには繊細な装飾が施された小さな歯車や、機械仕掛けの小物が並べられていた。
「細かい金属加工が得意な職人のようだな。歯車の組み合わせを見てみろ、ひとつひとつの精度が高い。こういう職人は、魔導具の機構部分を作るのが得意だ」
ツムギは興味深そうに手を伸ばし、小さな歯車をそっと持ち上げた。
「すごい……! こういう精密な加工技術があれば、アタッチメントの金具部分ももっと改良できそうですね!」
「うむ。お前の技術と組み合わせれば、新しい仕組みが生まれるかもしれん」
ツムギは真剣な表情で歯車を観察しながら、創術との相性を考えていた。
その隣には、木工細工の店があった。
「この木材……何か魔力を通しやすい気がします」
ツムギが木彫りの装飾品を手に取りながらつぶやくと、店主がにこやかに説明してくれた。
「これは精霊樹の枝を使ってるんだ。普通の木よりも魔力が馴染みやすく、魔導具の素材としても重宝されるよ」
「へぇ……! こんな木材もあるんですね!」
バルドも興味深そうに手に取りながら、ひとつ頷く。
「こういう素材を知ることも大事だぞ。お前の創術は、さまざまな素材と組み合わせることで、新たな可能性を生み出せる」
「はい……!」
ツムギは目を輝かせながら、それぞれの職人たちの技術に触れ、学びを深めていった。
その時、バルドがふと足を止め、ある一角に目を向けた。
ツムギもバルドの視線を追い、そこに目を向ける。
——そこには、一人の青年がいた。
彼は職人エリアの端に小さな作業台を構え、黙々と手元の作業に集中していた。並べられているのは、精密に作られた機械仕掛けの小物や、細かい金属の加工品。
けれど、その店は他の店ほど賑わっているわけではなく、どちらかといえばひっそりとした雰囲気だった。
バルドは頷き、ツムギと一緒に青年の店へと向かった。
そこには、一人の青年が机に向かい、細かい部品を組み立てながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。
指先は器用に動き、目は真剣そのもの。しかし、その没頭ぶりがあまりにも強すぎるせいか、周囲の人々はなんとなく距離を取っているようだった。興味はあっても、妙に張り詰めた雰囲気に気圧され、声をかける勇気が出ないのだろう。
「……いや、待てよ。ここの噛み合わせが甘いのは素材の硬度のせいか? いや、でもそうすると全体のバランスが崩れるし……うーん、どうしたもんかな……?」
ツムギとバルドは、その様子をしばし眺める。青年は完全に作業に没頭し、周囲のことなどまるで気にしていない。
「なるほどな……ああいうタイプか」
バルドが腕を組みながら小さく唸る。ツムギも興味津々に青年の手元を覗き込んだ。
「……んー、やっぱり噛み合わせがズレる……摩擦係数を調整するべきか……でもその場合、全体の負荷が……」
「それなら、軸の角度を少し変えたらどうですか?」
「ん? いや、でも軸の角度を変えると負荷が——いや待てよ、それなら——」
青年は当然のように応じ、再び部品を手に取る。しかし、ふと手を止めた。
「……って、え?」
青年はゆっくり顔を上げる。そこには、当たり前のように机の横に立ち、真剣に作業を覗き込んでいるツムギとバルドの姿があった。
「……誰だ!?!?」
青年は飛び上がるようにして椅子から立ち上がり、慌てふためく。
「いや、そっちが先に話し始めたんだろう」
バルドが当然のように答え、ツムギも「さっきの話、すごく面白くて!」と、にこっと微笑んだ。
「え、えっ……!? 俺、声に出してた……?」
「ばっちり!」
「すごくはっきり!」
「ぽぺ!(すごいボリュームだった!)」
青年は顔を真っ赤にし、机の上の布をばさっとかぶせた。
「うわあああっ、やっちまったぁぁぁ!!」
布をばさっと頭にかぶせたエドだったが、バルドが軽く咳払いをしながら言った。
「まあ、そんなに気にすることでもないだろう。それより、せっかく面白いことを考えていたんだ。話を続けようじゃないか」
「えっ……あ、いや、その……」
エドは気まずそうに顔を赤らめながら、ちらりとツムギを見る。ツムギはにこっと微笑み、優しく手を差し出した。
「私はツムギです。こっちはバルド先生。この子はぽて。ごめんなさい、突然話しかけちゃって。でも、すごく面白いことを考えてたから、つい!」
「ぽぺ!(よろしく!)」
エドはしばしぽかんとした後、ごそごそと布を外し、少し戸惑いながらもツムギの手を握った。
「エ、エドだ……エド・ヴァルトシュタイン……。まあ、その……話しかけられるのは慣れてないけど……別に、嫌じゃない……」
ツムギがにっこり笑うと、エドの顔がますます赤くなった。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日は夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。