088. バルドの手料理
3月29日1回目の投稿です
修繕を終えた万縫箱を静かに閉じると、バルドは腕を組んで満足げに頷いた。そして、次の瞬間——
「さあ、ツムギ! 今日はお前のために腕によりをかけて作った料理があるぞ!」
先ほどまでの厳しい師匠の顔はどこへやら、バルドは孫を可愛がるおじいちゃんのような表情に戻っていた。
「えっ、先生がわざわざ料理を作ってくださったんですか!?」
ツムギは驚きつつも、食欲をそそる美味しそうな香りに気づき、目を輝かせる。工房の奥のテーブルには、バルドが用意した豪華な料理が並んでいた。
「ぽぺぺ!(ごちそう!)」
ぽてもふわっと跳ねながら、すでに食べる気満々だ。
「この日のためにな、数日前から食材を集め、丁寧に仕込んでおいたのだ。」
バルドは得意げに胸を張る。その言葉を聞き、ツムギの胸がじんわりと温かくなった。
(先生、私が来るのをそんなに楽しみにしてくれてたんだ……)
「さあ、遠慮せずに食べろ!」
「いただきます!」
ツムギは早速スプーンを手に取り、目の前の料理を口に運んだ。——美味しい!バルドの料理は想像以上に手が込んでいて、味付けも絶妙だった。
「先生、すっごく美味しいです!味付けが絶妙すぎて、毎日食べたいくらいです!」
「ふむ、当然だ。職人の仕事は料理と同じ。手間を惜しまず、丁寧に仕上げることが大事だからな。」
バルドは満足げに頷きながら、ツムギの様子を見守る。その隣でぽても夢中になって小さな料理をつついていた。
しばらくの間、食事を楽しんでいたバルドだったが、ふとツムギを見つめ、目を細めた。
「しかし、お前は本当に成長したな。まさか、お前が魔石に魔力を込められるようになるとは思わなかった。最初に魔力を流そうとした時の、おぼつかない手つきを思い出すと、感慨深いものがあるぞ」
バルドはふっと笑い、ツムギを誇らしげに見つめる。
「わしはな、職人としての技術を教えることはできるが、最後にそれを形にするのはお前自身だ。お前が努力し続けたからこそ、ここまでできるようになったんだぞ」
ツムギの胸がじんわりと温かくなった。嬉しくて、思わずスプーンを握る手に力が入る。
「ぽぺ!(すごいぞー!)」
ぽてもツムギの肩の上でぴょんと跳ね、精一杯の応援をする。ツムギは少し照れくさそうに笑いながら、ふとバルドを見上げた。
「先生、私……次は魔法陣をもっと使いこなせるようになりたいです!」
ツムギは真剣な眼差しでバルドを見つめ、はっきりと告げた。
「先生の魔法陣って、すごく繊細で綺麗で、ただの図形じゃなくて生きてるみたいなんです! 私も、あんな風に描けるようになりたいです!」
バルドは少し驚いたように目を瞬かせた後——にやりと笑った。
「ほう……良い心がけだな。それなら、ぜひやろう」
ツムギの表情がぱっと明るくなる。
「わしはそれが得意分野だからな。お前の魔法陣の精度を上げる手助けは、存分にできるぞ。それに……」
バルドはちらりと、ツムギのそばに置かれた魔導裁縫箱を見やる。
「しゃべる魔導裁縫箱の研究も進めたいしな」
「ぽぺ!(それ きになる!)」
「ふふっ、それも楽しみです!」
ツムギは期待に胸を膨らませた。こうして、次の授業の方向性が決まり、新たな学びへの道が開かれたのだった。
食事を終え、満足そうに微笑むバルドを見て、ツムギは心の中でそっと感謝を伝えた。
(先生、ありがとうございます——これからも、もっともっと成長したいです!)
夕食を終え、食後の温かいお茶を口にしながら、ツムギはそっと息をついた。美味しい食事の余韻と心地よい満腹感が広がる中、ぽてはすでに椅子の上でまるくなり、気持ちよさそうにふわふわと揺れている。
温かく心のこもった料理に、つい気が緩み、ツムギはカップを両手で包みながら、心の中でずっと考えていた悩みを、ぽつりと話しはじめた。
「……実は、最近、仕事が一人ではこなせないくらいになってきてるんです」
バルドがカップを置き、ツムギをじっと見つめる。
「ほう、仕事が増えたか」
「はい。嬉しいことなんですけど……透輝液のパーツは毎月一定量納品することになっているし、修繕の依頼や、試作の相談もどんどん増えてきて……正直、一人では手が回らなくなってきました」
ツムギは少し申し訳なさそうに笑いながら、カップの中を覗き込んだ。
「それで、お父さんにも相談してみたんです。そしたら、『自分のやりたいことをはっきりさせて、それを一緒に作りたいと思える人とやるのが一番だ』って……」
バルドは静かに頷き、腕を組む。
「ジンらしい助言だな。つまり、お前は、共に歩む仲間を探そうとしている、ということか?」
「……はい。最初は、もっと単純に『手伝ってくれる人がいたらいいな』って思ってたんです。でも、考えてみると、ただ仕事を分担するだけじゃなくて、私と違う視点を持っている人と一緒にやっていけたら、もっと面白いものが作れるんじゃないかって思ったんです」
ツムギの言葉に、バルドの目がわずかに細められる。
「ふむ……それは、良い考えだな。職人というのは、どうしても自分の技術や価値観にこだわりがちだ。違う視点を持つ者と組むことで、新しい発想が生まれることも多い」
ツムギは少しほっとしたように笑い、バルドの言葉に背中を押された気持ちになる。
「でも、一緒にやるなら、やっぱり信頼できる人じゃないと難しいと思うんです。だから、誰と一緒にやるのか、どういう形でやるのかをちゃんと考えなきゃって……」
バルドは満足そうに頷き、カップを手に取る。
「ほう、よく考えているな。で、具体的にはどうするつもりだ?」
ツムギはカップを置き、少しだけ緊張しながら続けた。
「エリアスさんから……『創舎』を作るのはどうかって提案されたんです」
その言葉を聞いた瞬間、バルドの目がわずかに光る。
「創舎、か……お前がそこに目をつけたか」
ツムギは少し驚いて、バルドを見上げる。
「先生、創舎のことを知ってるんですか?」
「詳しくは知らんのだが、創舎というのは、まだ新しい仕組みで、職人たちの間でも少しずつ広まっている形だそうだな。工房と違い、特定の職種に縛られず、仲間と共に新しい価値を生み出す組織……志を共にする者たちが集まり、新たなものを作る場所だと聞いた」
ツムギは深く頷いた。
「はい、私もそれを聞いて、すごくいいなって思ったんです」
バルドは腕を組み、じっくりと考え込むように目を細めた。
「だがな、ツムギ。創舎は、一人では作れん。何より大事なのは、共に歩む『信頼できる仲間』を集めることだ」
ツムギはその言葉を聞き、真剣な表情で頷いた。
バルドはふっと表情を和らげる。
「お前には、もうそういう仲間がいるだろう? わしやジン、イリアはお前のためならなんでも協力するつもりでいる。あとは、お前自身が『誰と一緒にやりたいか』を決めることだ」
ツムギはバルドの言葉を噛みしめるように、静かにうなずいた。
ツムギは、小さく息をついて続けた。
「私は、できれば、身近な人たちと一緒に創舎を作れたらいいなって思ってるんです。ナギやエリアスさん、ハルくん、リナさん……それに、今はまだ出会ってないけれど、きっと私と一緒に何かを作るのが楽しいって思ってくれる人がいるんじゃないかなって」
バルドはその言葉に、ゆっくりと頷く。
「うむ、それが一番理想的だな。信頼できる仲間と共に、共通の目標を持って歩む……それができれば、強い組織になる」
ツムギは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます、バルド先生。まだ具体的な形にはなってないですけど、少しずつ、進めてみようと思います」
バルドは満足げにうなずき、カップを傾ける。
「よし、それなら丁度いい。修繕の仕事も一区切りついたし、明日はバザールの日だ。お前に合いそうな職人がいるかもしれんし、何か新しい発想が生まれるかもしれん」
ツムギの目がぱっと輝く。
「やっぱり職人というのは、作ったものを沢山見たほうがいい。百聞は一見に如かず、だぞ」
ツムギはわくわくした様子で頷く。
「……楽しみです! どんな職人さんがいるのか、どんなものが売られてるのか、すごく気になります!」
バルドは満足げに頷いた。
「よし、なら決まりだ。明日はバザールへ行くぞ!」
ツムギの前では威厳たっぷりに宣言したバルドだったが——実のところ、ツムギよりもはるかにワクワクしていた。
いや、師匠として弟子を導く立場として、職人として市場を見ることの重要性を教えるという建前はある。あるのだが——
(ツムギと一緒にバザールに行ける! しかも職人巡りができる!! これは……これは最高の機会ではないか!!)
普段は無愛想な顔をしているバルドだったが、心の中ではすでに明日の計画を練り始めていた。どの職人の店を回るか、どの店の飯がうまいか、どんな素材をツムギに見せるか——考えれば考えるほど、期待が膨らむばかりである。
そんなバルドの様子を、ぽてはじっと見つめた。
「ぽぺ……(うわぁ……)」
師匠然とした態度を保とうとしているのはわかる。 しかし、どう見てもバルドの口元が緩んでいるし、目尻もほんの少し下がっている。明らかにウキウキしている。
(これ……どう見ても、ツムギより先生のほうが楽しみにしてるやつ……)
ぽては「ま、まぁ楽しそうで何より……?」と心の中で呟きながら、バルドの様子に気づかないふりをして、そっとツムギの肩に寄り添った。
——どうやら、明日のバザールは思った以上に賑やかになりそうだ。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日は夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。