086.バルドとの週末
3月27日1回目の投稿です
朝の空気が心地よく澄んでいた。週末が来るのを心待ちにしていたツムギは、魔導裁縫箱をしっかりと抱え、もう片方の手には丁寧に包んだループタイを大切に持っていた。
「ぽぺ!(しゅっぱーつ!)」
ぽてが弾むように跳ねながら、ツムギの肩にふわりと乗る。今日はバルド先生のもとへ行く日。万縫箱を修繕するのも楽しみだったが、それ以上に——バルド先生のために作ったループタイを渡せるのが嬉しかった。
「バルド先生、どんな顔するかな?」
ツムギは期待に胸を膨らませながら、足を早める。魔導駅から工房のある城下町へと続く道を進むたびに、心が弾むのを感じた。
朝の光が瓦屋根を照らし、行き交う人々の声が活気を帯びる。市場の匂いや馬車の音が混ざる中、バルドの工房がある一角へと足を向けると、少しひんやりとした金属の香りが鼻をくすぐった。
「ぽぺ!(ついた!)」
ぽてがぴょんっと飛び跳ねる。ツムギは息を整え、ワクワクしながら、ツムギは工房の扉をノックした——。
ツムギが扉をノックすると、工房の奥からごそごそと何かが動く音がした。
しばらくして、ガチャリと扉が開き、そこにはバルドの姿があった。
「……待っていたぞ、ツムギ!」
普段は落ち着いた様子のバルドが、嬉しそうに微笑んでいる。ツムギも嬉しくなり、にこっと微笑んだ。
「バルド先生、おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
ツムギが元気よく挨拶すると、バルドは満足げに頷きつつ、ちらりとツムギの手元に目をやる。
「うむ、よく来たな。疲れただろう。まずは、一息つけ。」
そう言ってバルドが手招きすると、ツムギとぽては興味津々に工房の中へと足を踏み入れた。
作業台の奥にある机の上には、湯気の立つティーポットと、きれいに並べられた小さなケーキの皿が置かれている。
「……わぁ!」
ツムギの目が輝く。
「これは、先生が……?」
「む、わしが作ったわけではないぞ。馴染みの店から取り寄せたのだが……まぁ、その……甘いものを食べると、作業が捗るというしな……」
バルドは少し照れくさそうに言いながら、椅子を引いた。
きっと、バルドはツムギが喜ぶと思い、朝から準備してくれていたのだろう。
ケーキそのものも大好きだけれど、それ以上に、自分のことを思ってくれていたのが嬉しくて、胸がじんわりと温かくなる。
ツムギが嬉しそうに席につくと、ぽても「ぽぺ!(たべる!)」と勢いよく飛び跳ねる。
ほのかに甘い香りが漂う中、ツムギはバルドと向かい合いながら、ケーキを前にほっと一息つくのだった——。
ティータイムの最中、ツムギはそっと持参した小さな包みを取り出した。ぽても興味津々にツムギの肩の上でふわふわと揺れている。
「バルド先生、ループタイできあがりましたよ!」
そう言って、ツムギは包みを開き、ループタイを差し出した。
深みのある黒鉄色に、わずかに赤みを帯びた光沢を持つ魔導金属の装飾。中央にはハズレ召喚石と透輝液を使った美しい仕上がりのパーツが収められている。重厚感がありつつも、どこか温かみのあるデザイン。そしてパーツの裏には軽量化の魔法陣が描いてある。
バルドは目を見開いたまま、じっとループタイを見つめる。そして、しばらく言葉を失っていたが——
しっかりとした手でループタイを受け取り、まるで貴重な宝物を扱うかのように大切に撫でる。その指先がそっと触れた瞬間——
ループタイが淡く輝き、そよ風がバルド先生の周囲を優しく撫でた。
「……おお……!!」
バルド先生の顔が、一気に少年のような輝きを帯びる。
「これは……起動したのか!?」
ツムギは満面の笑みで頷く。
「はい!ちゃんと先生の魔力に反応しました!」
「ふむ……ふむふむ……!」
バルド先生はウキウキとした様子で何度もループタイを撫で、少し首元に当ててみたり、光の反射を確かめるように角度を変えたりしている。ぽては「ぽぺ……!(バルド すごく うれしそう)」とくすくす笑いながらツムギの肩で弾んでいた。
「さて、ではこれを正式に登録するぞ!」
ツムギが自分のマントどめとぽてのマントどめを取り出し、バルド先生のループタイとそっと触れさせる。
——ぽぅっ。
優しい光が広がり、魔導通信機が新たな仲間を迎え入れた。
「おお……これで、ツムギやぽてと通信ができるわけだな!」
「そうです!試しに、先生からメッセージを送ってみてください!」
バルド先生は神妙な面持ちでループタイに触れ、少し咳払いをする。
「……ツムギ、聞こえるか?」
——《ツムギ、聞こえるか?》
ツムギのマントどめが淡く光り、バルド先生の声がはっきりと響いた。
「ほう……これは便利だ……!!」
バルドは腕を組み、しばし満足そうに頷く。
「ふむ……これは、ジンやノアも登録しておきたいな!」
「ぽぺ!(みんな つながる!)」
ぽてもぴょんぴょんと跳ね、ツムギもわくわくした表情で頷いた。
「今度ジンの工房に遊びに行くとしよう!」
「えっ、ほんとですか!?」
ツムギの目が嬉しそうに輝く。
「おう!もともとジンの様子も見に行きたかったし、ツムギの成長を、ジンと酒でも飲みながら話したいしな!」
バルドは、ジンとの思い出を思い出したのか、嬉しそうにループタイを撫でた。
「ふふっ、先生、すごく嬉しそうですね」
「当たり前だろう!!これは、わしにとって生涯の宝だ!」
バルド先生はそう宣言すると、じっとツムギを見つめ、少し照れくさそうに微笑んだ。
「……ツムギ、本当にありがとうな」
その言葉に、ツムギはちょっぴり照れながら微笑んだ。
「こちらこそ! これで、わからないことがあったらいつでも先生に聞けますね!」
「……まぁ、そうだな」
「先生、夜中に『バルド先生!どうしても今聞きたいことが!』とか通信したら、ちゃんと起きてくれます?」
「わしは夜はしっかり休む主義だ!昼間にせんか、昼間に!!」
「え〜、先生の反応、リアルタイムで見たいのに……」
「ぽぺ!(ぜったい ねぼける!)」
ぽてが悪戯っぽく笑うと、バルド先生は苦笑しながら「お前たちは本当に……」と頭をかいた。
けれど、その表情はどこまでも穏やかで——
ツムギのプレゼントは、間違いなくバルド先生の心に深く刻まれたのだった。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日は夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。