084. 魔物料理の謎と小さな決意
3月25日一回目の投稿です。
「そろそろ帰るか」
ジンが伸びをしながら言うと、ツムギも軽く頷いた。
工房を後にし、夕焼けの中を歩く。オレンジ色の陽が影を長く伸ばし、ジンとツムギの背中を包み込んでいた。
「今日は、いろいろ作ったなぁ……」
ぽてがツムギの肩にちょこんと乗り、「ぽぺ!(がんばった!)」と誇らしげに鳴く。ツムギはクスッと笑いながら、工房での出来事を思い返した。
家の扉を開けると、ツムギは明るい声で言った。
「ただいまー!」
「おかえりなさーい! ちょうどご飯ができたわよー!」
ノアの朗らかな声が響く。食卓には、見たことのない料理が並べられていた。
「……お母さん、これってもしかして」
「ふふ、自信作の口長鳥の煮込み料理よ!」
ノアは得意げに笑う。ジンとツムギは一瞬、目を見合わせて固まった。
口長鳥 は、その名の通りくちばしが長く、肉質は引き締まっているものの、野性味の強い独特の臭みがあることで知られていた。
(まずい……これは、当たりか? それとも……)
ツムギは恐る恐る箸を伸ばし、慎重に一切れを口に運ぶ。
途端に、ほんのり甘い香草の香りと、じっくり煮込まれた肉の柔らかさが広がった。噛むほどに旨味が溶け出し、クセの強いはずの風味が驚くほどまろやかに仕上がっている。
「……うまい」
「えっ、普通に美味しい!」
思わずジンと顔を見合わせる。
ノアは「でしょー?」と満足げに微笑みながら、スープをすくって口に運んだ。
ツムギは改めてお皿を覗き込む。
煮汁は濃厚ながらも透き通るような仕上がりで、香草の色合いが優しく広がっている。
肉の繊維はほろりと崩れ、スープと絶妙に絡み合っていた。
(……もしかして、お父さんの創術のおかげ?)
鍋の底には焦げ付きひとつなく、味の染み込み方も驚くほど均一だ。
ジンの創術が、食材の持ち味を最大限に引き出し、魔物特有のクセを抑えてくれたのだろう。
ツムギは箸を進めながら、ひとり創術の奥深さを改めて実感していた。
食事を終え、デザートの時間。ツムギは小さな箱を取り出した。
「お母さん、これ……魔導通信機にしてみたよ」
ノアが箱を開けると、中にはぽてをイメージしたネックレスが入っていた。
透輝液にフェンネルコットンの繊維を封じ込め、淡いミルキーゴールドの優しい光をたたえている。ふんわりとした印象で、どこかぽてに似た温かみのあるデザインだった。
「わぁ、かわいい! ぽてっぽいね!」
「ぽぺ!(ぽてっぽい!)」
ノアがネックレスを手に取ると、やはり淡く輝き、発動の気配を見せる。
「やっぱり……」
ツムギは、そっとジンのループタイと、自分とぽてのマントどめに触れさせた。すると、ふわっとした涼やかな風が吹き、かすかに魔力が通じ、ノアのネックレスと繋がる。
「これで通信できるようになったよ。」
「わぁ、すごいわね。これでツムギといつでも連絡が取れるのね……あら?これ、魔法陣も描いてない?」
ノアがネックレスをじっと眺める。ツムギはハッとし、「あ、そうだった!」と鞄の中から魔導裁縫箱を取り出した。
「魔導裁縫箱先生に軽量化の魔法陣を教えてもらったの」
「えっ、物凄く錆びていた、あの裁縫箱?……修繕できたの!? すごいじゃない!」
ノアは目を丸くしてツムギを褒める。ツムギは少し照れながら、「バルド先生のおかげだよ」と頬をかく。
「まぁまぁ、ツムギの頑張りもあったからこそでしょう?」
ノアは優しく微笑みながら、魔導裁縫箱に目を向けた。
「ツムギをよろしくお願いしますね」
すると、魔導裁縫箱先生の蓋に、ふわりと柔らかな文字が浮かび上がっ涼やかな風が、
『任せなさい。ツムギが立派な創術屋になるまで、しっかり面倒をみてあげるよ』
魔導裁縫箱の蓋に、ふわりと文字が浮かび上がる。
「……えっ」
ノアが目を丸くし、思わずジンの方を振り向いた。
「ねえ、これ、会話できるの?」
ジンは失笑しながら肩をすくめる。
「どうやら、相結したみたいなんだよな……」
「そっかぁ、ぽてみたいなものね!」
ノアはすぐに納得し、ぽての頭をなでながら微笑む。驚くほどのポジティブさに、ジンも思わず苦笑した。
「それで、魔導裁縫箱先生? ご飯は食べられるんですか?」
『食べる必要はありませんし、食べられませんよ』
「そっかぁ、残念ね。せっかくなら、ご一緒できたら楽しいのに」
ノアは惜しそうに呟くが、すぐにまた新たな疑問を思いついたようだ。
「私も使わせてもらえるのかしら?」
『ツムギがいないと、私はただの魔導裁縫箱ですが……普通の裁縫道具としてなら問題ありませんよ』
ノアは満足したように笑い、魔導裁縫箱先生を優しく撫でた。
「じゃあ、お母さんも今度お裁縫するときに使わせて頂こうかな」
「うん! 大事に使ってね」
ツムギがそう言うと、ノアは嬉しそうに頷いた。
そんなやり取りをしているうちに、ジンが通信機を手に取り、ノアに見本を見せる。
——《ツムギ、聞こえるか?》
——《聞こえるよ、お父さん》
ノアが興味津々で通信機を受け取り、ワクワクしながら試す。
——《ぽてー! ぽても聞こえる?》
——《ぽぺ!(きこえるー!)》
だんだんと場が盛り上がり、工房でのデジャブにツムギは苦笑いしながら立ち上がった。
「えっと……そろそろお風呂入ってくるね」
——《ツムギ、いってらっしゃーい!》
——《ぽぺ!(ぽてもいくー!)》
「いやいや、ぽてはここで楽しんでていいから」
ツムギはぽてをそっと肩から降ろし、ノアとジンにぽてを任せて部屋を出る。
背後ではまだ通信機のやりとりを楽しむ二人の声が響いていた。
ツムギが風呂へと向かった後、ジンはしばらく通信機を弄んでいたが、ふとノアに目を向けた。
「……ツムギ、もう風呂に行ったか?」
「うん、ぽてもおとなしくここにいるし、ゆっくり入ってるんじゃない?」
ノアが微笑みながら答えると、ジンは少しだけ表情を引き締めた。
「なあ、ノア……ツムギの創術、ちょっと異常な気がしないか?」
「異常?」
ノアが小首を傾げると、ジンは手元の通信機をじっと見つめた。
「今回の魔導通信もそうだが……創術で生み出したアイテムの影響範囲が、明らかに常識の範疇を超えている。魔導通信の技術なんて、もっと高度な魔法技術が必要なはずなのに、ツムギはそれを自然と作り出した」
「たしかに……」
ノアも少し考え込むように口元に手を添えた。ぽてが小さく瞬きをしながら、ツムギのマントどめをちょんちょんと突っつく。
「でも、ツムギって昔からそんな感じだったでしょ? ものづくりが大好きで、どんなものでも新しいアイデアをどんどん生み出しちゃう。だから、すごいことをしちゃってるって本人が気づいてないのかもしれないね」
「……だが、それで危ない目に合わないか心配でな」
ジンの眉がわずかに寄る。
「創術は便利な技術だが、それだけじゃない。魔力を扱う以上、誰かの目に留まれば、良くも悪くも注目される。バルドさんもツムギの才能を認めてくれているが、だからこそ心配しているようだった」
ノアは静かにジンの言葉を聞いていたが、やがて小さく息をつくと、優しく微笑んだ。
「……何かあったら、私たちが守ってあげられるようにすればいいんじゃない?」
「ノア……」
「ツムギの創術がすごいものなら、私たちも少しでも理解して、助けられるようになればいいんじゃないかな。ねえ、ジン。私たちも、創術の勉強を少しずつでも一緒にしてみる?」
「……お前が?」
ジンが驚いたように目を丸くすると、ノアはくすっと笑った。
「そうそう! 私、創術は使えないけど、勉強する事ならできるわ。ツムギの役に立ちたいし、何より知ることで、ツムギのことをもっとわかってあげられると思うの」
ジンはしばらくノアを見つめていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。
「……お前らしいな」
「でしょ?」
ノアはぽてを抱き上げながら、優しく撫でる。
「それに、ツムギが何を作っても、どんなことになっても、大丈夫。私たちはずっと家族なんだから」
「……ああ、そうだな」
ジンも静かに頷いた。
ツムギがどんな未来へ進もうと、彼らは彼女を支え続けると決めていた——。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日は夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。