007. ふかふか素材の実験室 02
ツムギは作業台の端にノートとペンを広げ、スライムジェルの改良に向けて試行錯誤を始めた。まずは工房の本棚から、一冊の分厚い図鑑を引っ張り出す。
表紙には**《魔生物図鑑・基礎編》**と書かれている。ツムギが物心ついたころから愛用している本だ。
「スライムの種類……スライムの種類……」
ページをめくりながら、ツムギはスライムに関する情報を探す。
ミストスライムウールの柔らかさを保ちつつ、接着強度を上げるには、スライムジェルに粘り気(粘度)を加える成分が必要だ。
多分同じスライムが良いだろうとあたりをつけ、探してみる。
(成分が適しているスライムはいるかな……?)
「ぽぺ?」
ぽてがツムギのノートを覗き込み、ふわふわの体をころんっと転がす。ツムギはぽての頭を優しく撫でながら、さらにページをめくった。そして、ある項目で指を止める。
《ドゥームスライム》──沼地に生息するスライム。体液は粘度が高く、乾燥すると硬化する特性を持つ。水分を与えることで再び柔軟性を取り戻す。武具の補強や特殊な接着剤の材料としても利用される。
「……これだ!」
ツムギはノートに《ドゥームスライムの粘液》と大きく書き込み、その性質をメモする。
(このスライムの粘液なら、スライムジェルに粘度を加えられるかもしれない……!)
確信を持ったツムギは、さっそくジンに相談することにした。
「お父さん、ちょっと聞いてもいい?」
「おう、なんだ?」
ジンは作業の手を止め、ツムギの方を向く。
「スライムジェルの粘度を上げたいんだけど、さっき図鑑を見てて、ドゥームスライムの粘液が使えるんじゃないかと思って……工房にストックってある?」
ジンは少し驚いたように目を丸くした後、満足げに頷いた。
「ふむ……なるほどな。確かにドゥームスライムの粘液は、乾燥すると硬くなり、水分を含ませると柔らかくなる性質を持っている。少量なら、スライムジェルに弾力を加えるのに適しているだろう」
「やっぱり!」
ツムギの目が輝く。
ジンは頷くと、作業棚の奥を探り、透明な瓶を取り出した。瓶の中には、淡い紫がかったとろりとした液体が入っている。
「これがドゥームスライムの粘液だ。工房では接着剤の補強材として使うことが多いが、工夫次第で色んな応用ができるはずだ」
ツムギは瓶を両手で受け取り、そっと振ってみる。
「これをスライムジェルに少し混ぜてみよう!」
実験ノートに分量の試行錯誤を記録しながら、ツムギは慎重に作業を進めた。
まずは小皿にスライムジェルを取り分け、そこにドゥームスライムの粘液をほんの数滴垂らす。スプーンでゆっくりとかき混ぜると、ジェルがわずかに粘り気を増していく。
「これをミストスライムウールに塗って、温度調整板で圧着してみるね」
ツムギは慎重にジェルを布の端に塗り、さきほどと同じように低温から温めた。
じわじわと熱が伝わり、ジェルが溶けて布同士が密着していく。ツムギはプレス板をゆっくりと乗せ、均等に圧力をかけた。
「よし、これでどうかな?」
数秒後、プレス板を持ち上げると──
「……お?」
さっきよりもしっかりと布が接着されている。ツムギは指で押してみた。普通のスライムジェルよりも弾力があり、力を加えても端が剥がれにくくなっている。
「いい感じ……でも、もう少し粘度を調整したほうがよさそう」
ツムギはノートに結果を記録しながら、ドゥームスライムの粘液の量を少しずつ増やして試していった。
⸻
1回目:ジェルが柔らかすぎて流れ出してしまう。
2回目:弾力が増したが、時間が経つと硬くなりすぎる。
3回目:適度な粘度と弾力を持ち、しなやかな仕上がりになる。
⸻
「これだ……!」
ツムギは3回目の試作品を指で押し、軽く引っ張ってみた。布の接着面はしっかりとしていて、衝撃を加えても剥がれにくい。それでいて、手触りは柔らかく、動きに合わせてしなやかに伸縮する。
「お父さん、ぽて、見て! これなら強度もあって、しなやかに仕上がるよ!」
ジンはツムギの手元をじっくりと見つめ、満足げに頷いた。
「ふむ、よくやったな。これなら、ポシェットの補強材としても十分に使えそうだ」
「ぽぺぺ!(つむぎすごい!)」
ぽてはぴょんっと飛び跳ね、ツムギの頬にすり寄る。ツムギは笑いながらぽてを撫でた。
ノートには、試行錯誤の過程がびっしりと書き込まれていた。ツムギは改めてそのページを見つめ、胸の中がじんわりと温かくなるのを感じた。
(こうやって、自分で考えて、工夫して、形にしていく……これが、創術屋の仕事なんだ)
ツムギは深く息を吸い込み、ジンの方を向いた。
「お父さん、これを使って、ポシェットの修理を本格的に始めようと思う」
「よし、ならしっかりと仕上げてみせろ」
ジンは軽く笑いながら、ツムギの肩をぽんっと叩いた。
⸻
ミストスライムウールの熱圧着が成功し、ツムギは満足そうに頷いた。思った以上にしっかりと密着し、弾力と強度のバランスも申し分ない。
ただ、本当に実用に耐えうるかどうかは、実際に使ってみなければわからない。ポシェットの補強材として採用する前に、まずは何か別のもので試作して、使い勝手を確かめるべきだろう。
(何を作ろうか――試しに使うなら、手軽で実用的なものがいいかもしれない)
改稿しました。
この改稿は、表現や改行などを変更するもので、物語の流れ自体を変更するものではありません。
ツムギの世界図鑑(この物語の設定を書いている小説です)の中の「ツムギの実験ノート」に実験内容は詳しく書いてあります。
特に読まなくてもストーリーに影響はありませんが、興味があったら覗いてみてください。