078. 贈り物の返却とツムギの帰宅
3月19日2回目の投稿です
翌日、ツムギは完成した透輝液の雫の魔導通信アクセサリーを持って、再び証契の塔を訪れた。
受付で名前を伝えると、すぐにエリアスのもとへ案内される。
「エリアスさん、お待たせしました!」
ツムギが元気よく部屋に入ると、エリアスはすでに机に書類を広げながら待っていたようだった。
「……もう完成したのか」
エリアスはそう呟きながら、ツムギの手元の小さな箱に視線を移す。
「はい! 昨日のうちにバルド先生と一緒に仕上げました。透輝液の雫のパーツを取り外して、元々の木の枝にもアタッチメントにつけたので、ペーパーウェイトとしても使えますし、新しく作ったループタイやマントどめにも付け替えられます!」
ツムギが箱の中から、透輝液の雫のついたパーツと、それぞれのアタッチメントを取り出して机に並べる。
エリアスは静かに手を伸ばし、一つ一つ丁寧に確認するように触れた。
「なるほど……こうして付け替えができるのか」
ペーパーウェイトとしての状態から、ループタイのアタッチメントに差し込み、実際に胸元に当ててみる。その動作一つとっても、慎重な様子が伺える。
「それと、軽量化の魔法陣も描いたので、念のため効果を確認していただきたくて……」
ツムギがそう言うと、エリアスはペーパーウェイトの透輝液の部分に指を触れた。
すると——ふわりと光が広がり、手の中の重量がふわっと軽くなる。
「常時効果が発動すると魔力の消費が大きくなるので、持ち主が触れている間だけ軽量化するようにしました。これなら、無駄な魔力を使わずに済みますし、ペーパーウェイトとしての機能を失わずにすみます。」
ツムギの説明に、エリアスは小さく頷くと、再び透輝液の雫を指でなぞった。
「……実に合理的な設計だな」
淡々とした言葉の中に、ほんの少し満足げな響きが混じる。
「ぽぺ!(エリアス きにいった?)」
ぽてがツムギの肩の上で首をかしげると、エリアスは小さく息をついた。
「……もちろん気に入った。それに、こういうものを作る発想自体が、やはり面白いなと思ってな」
エリアスはループタイのアタッチメントを手に取り、指先で軽くなぞる。
言葉は冷静で淡々としているが、その目はじっと透輝液の雫を見つめたまま、微かに光を帯びている。
「ぽぺ!(エリアス 喜んでる!)」
ぽてがツムギの肩の上でふわっと揺れると、エリアスは少し視線をそらしながら静かに息をついた。
「……使い勝手も良さそうだな」
ツムギはエリアスの言葉を聞きながら、こっそりと拳を握り、ガッツポーズをした。
エリアスに透輝液の魔導通信アクセサリーを無事に届け終えたツムギは、再びバルドの工房へと戻った。
「ただいま戻りました!」
工房に入ると、バルド先生は作業台の奥に座り、何やら金属片を磨いていた。
「おお、帰って来たか。ちゃんとエリアスのやつに届けられたんじゃな?」
「はい! すごく興味深いって言ってくれました!」
バルドは「そうか」と満足げに頷く。
ツムギは工房の奥に置かれていた魔導裁縫箱を手に取ると、改めてバルドの方を向いた。
「三日間ありがとうございました。それと、来週にはバルド先生のループタイを作ってきますね! 軽量化の魔法陣も描いて、使いやすいものに仕上げられるよう頑張ります!」
「……ふむ、それは楽しみだな」
バルドは口元をわずかに緩めながら、ツムギの言葉を受け取る。
「じゃあ、今日はこれで失礼します! ありがとうございました!」
「そうか、気をつけて帰れよ。来週も、楽しみにしておるぞ!」
バルドにしっかりと頭を下げたツムギは、魔導裁縫箱を大切に抱えながら、工房を後にした。
*
魔導列車の駅に向かいながら、ツムギはぽてと並んで歩く。
「ぽぺぺ!(いそがしい しゅうまつ だったね!)」
「うん! でもすっごく充実してたよ!」
駅に到着し、魔導列車に乗り込むと、ほっと一息ついた。窓の外に広がる王都の景色を眺めながら、これから作るループタイのデザインを思い浮かべる。
(バルドのループタイ、どんなデザインがいいかな……お父さんにも相談してみようかな?)
しばらくすると、列車がカムニア駅に到着した。
まだ午前中。ツムギは家へ帰らずに工房へと足を向けた。
「ただいまー!」
ツムギが工房の扉を開けると、ふわっと温かい空気が迎えてくれた。
カウンターにはイリアとリナ、そしてハルが座り、奥の作業台ではジンが何かの修理をしている。ツムギの声に、ジンが手を止め、ゆっくりと振り返った。
「おう、おかえり。昨日は帰ってこないってハルから聞いたけど……無事でよかった」
ツムギはにこっと微笑みながら頷いた。王都での修繕の学びは楽しかったけれど、こうして帰ってくるとやはり安心する。
「うん、ごめんね。思ったより遅くなっちゃったけど、すごく楽しかったよ!」
ジンは娘の表情を見て、ふっと肩の力を抜いた。楽しそうに帰ってきたのなら、それでいいか——そんな風に思っているのが伝わってきて、ツムギの胸も少し温かくなる。
そんなツムギに、カウンターのほうからリナの明るい声が飛んできた。
「ツムギ、城下町におったん? 教えてくれたら遊びに行ったのにー!」
リナは少し膨れながらも、興味津々といった様子でツムギを見つめる。
「ごめんごめん! 修繕の授業でバルド先生の工房に泊まり込みだったの!」
その名前を聞いた途端、リナの目が輝いた。
「あのバルドさん?! すごいやん!」
驚くリナに、イリアも静かに頷いた。
「またいい師匠が見つかったわね。あの人は凄い職人よ。確かジンも弟子だったわよね?」
イリアの言葉に、ツムギはハルの様子をうかがった。ハルはぽてを撫でながら、ジンのほうをじっと見ている。
「……あぁ、昔な。バルドさんの工房で一年修行してたよ」
ジンは懐かしそうに微笑んだ。
ツムギは、工房で読んだ技術書のことを思い出す。歴代の弟子たちが書き込んだアドバイスや励ましの言葉に、何度も元気をもらった。あの本が、バルドの教えを受け継いできた証なのだと感じた。
「私ね、工房で歴代のお弟子さんたちが書いた技術書を読んだの。いろんなアドバイスや励ましの言葉が書かれていて、すごく励まされたよ! でも、お父さんの書き込みがどれかまでは分からなかったんだ。バルド先生が『あいつはメモを取るのが苦手だったからな』って言ってたから、見つけられなかったのかな?」
ツムギがそう言うと、ジンは苦笑しながら首を傾げた。
「……あー、まあ、否定はせん」
その一言に、リナとイリアがクスクスと笑う。
「でも、今はツムギに『メモを取れ』って口うるさく言ってるんでしょう?」
ツムギが苦笑すると、ジンは肩をすくめた。
「人はな、自分ができなかったことを次の世代にはさせたくなるもんだ」
イリアが静かに微笑み、ツムギはじんわりと胸が温かくなるのを感じた。
「ジンさん、そういうとこあるよなぁ~」
リナがからかうように言うと、ジンが「おい」と軽く肩をつつく。
でも、その言葉の裏には、きっとツムギへの思いがあるのだろう。そう考えると、ツムギは少しだけ照れくさくなった。
「でも、お父さんがバルド先生の工房で学んだことが、今の仕事にも生きてるんだよね?」
ツムギの問いかけに、ジンは少し考え込み、ゆっくりと頷いた。
「まぁな。修繕の技術ってのは、道具作りにも役に立つ。壊れたものを直せる技術ってのは、大事なもんだ」
「うん……私も、しっかり学んで、ちゃんと自分のものにしていきたい!」
ツムギが力強く言うと、ジンは「それでこそ俺の娘だな」と満足そうに頷いた。
「そういや、泊まり込みってことは、料理も作ってもらったん?」
リナが興味津々に尋ねると、ツムギは目を輝かせながら答えた。
「うん! バルド先生、すごく料理が上手だったの! びっくりした!」
ツムギが思わず声を弾ませると、ジンも懐かしそうに目を細める。
「確かに、バルドさんの料理はうまかったな。修繕に夢中になって徹夜になったあとの朝食オムレツ。あれは、うまかったな!」
その言葉に、ぽてが嬉しそうにぽんぽんとツムギの肩の上で跳ねた。
「ぽぺ!(オムレツ おいしかった!)」
ぽての無邪気な声に、ツムギはくすっと笑う。
やっぱりここが、自分の帰る場所だ——ツムギは改めて、そう思った。王都での修繕の学びはすごく楽しかった。でも、こうして工房に戻ってくると、また違った温かさがある。
楽しげな会話が続く工房の中で、ツムギは「ただいま」と心の中で呟いた。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日は夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。