073. 魔法陣の修繕と魔導裁縫箱先生
3月17日1回目の投稿です
バルドは、ツムギの描いた魔法陣のノートを一瞥すると、静かに頷いた。
「よし、では実際に魔法陣を修復するぞ。まずはわしが見本を見せる」
そう言って、彼は魔導裁縫箱の蓋をそっと開き、その内側に刻まれた魔法陣のかすれた部分へと指を滑らせた。
「魔力を均等に流しながら、欠けた部分を補う。慎重に、だ」
バルドが魔力を込めると、かすれていた線が徐々に明るく輝き出し、まるでゆっくりと糸を縫い直すように、途切れていた紋様が滑らかに繋がっていった。
ツムギはその手元を、息を呑みながら見つめる。
(すごい……!)
バルドの手つきは一切の無駄がなく、魔法陣の流れを読みながら、最小限の力で修復を進めているのが分かる。
しばらくして、バルド先生は手を止めた。
「ここまでだ。あとはお前がやってみろ」
ツムギは緊張しながらもうなずき、魔導裁縫箱の蓋に指を添えた。
(よし……!)
バルドのやり方を思い出しながら、慎重に魔力を流し込んでいく。
しかし——
「……っ!」
思ったよりも魔力の制御が難しく、細かい線を繋げるつもりが、魔力がにじんでしまい線が太くなりすぎてしまう。
「違う、魔力をもっと均等に流せ。焦るな」
バルドの声にツムギはハッとして、もう一度やり直そうとするが、なかなか上手くいかない。
「ぐぅ……」
何度か挑戦するものの、どうしても線が乱れてしまう。
「難しすぎる……」
「当たり前だ。お前はまだ、基礎が足りていない」
バルドは腕を組みながら、ツムギをじっと見つめた。
「……よし、これをやる」
そう言って、バルドは工房の本棚から一冊の古びた本を取り出し、ツムギに差し出した。
「これは?」
「魔法陣の基礎練習用の書だ。書かれた魔法陣を魔力でなぞることで、均等な流れの感覚を身につけることができる」
ツムギはパラパラとページをめくると、さまざまな魔法陣が描かれており、その横には「魔力を流す練習」や「線を揃える練習」の指示が書かれていた。
「すごい……! こんな本があるんですね!」
「基礎ができなければ応用はできん。まずはこれで魔力の制御を鍛えることだ」
バルドはそう言うと、ツムギの肩をぽんと叩いた。
「焦るな。お前はまだ若い。毎日基礎を積み重ねれば、自然と上達する」
「はい! これから毎日、基礎練習を続けます!」
ツムギは本をぎゅっと抱きしめ、やる気に満ちた表情で宣言した。
「ぽぺ!(つむぎ、がんばる!)」
ぽてもぴょんと跳ねて応援する。
そして——
ツムギは魔力で描くのにつまずくたびに、基礎練習本を開いて練習し、慣れてきたら本番に挑戦する——それを繰り返しながら、何度も何度も魔導裁縫箱の修復に挑んだ。
バルドに指導してもらいながら、慎重に、少しずつ線を修復していく。
何度も失敗したが、ツムギは諦めなかった。
(もう少し……あと少し……!)
そしてついに——
「できた……!」
魔導裁縫箱の魔法陣が、元の形に戻った。
ツムギは自分の手を見つめ、信じられないような気持ちで呟いた。
「本当に……できたんだ……!」
バルドも、ゆっくりと頷いた。
「うむ。よくやった」
「ぽぺぺ!(つむぎ、すごい!)」
ぽても大喜びで跳ね回る。
その瞬間、魔導裁縫箱の蓋が、ぽぅっと淡く光り始めた。
「……え?」
ツムギが驚いて見つめる中、光の粒がゆっくりと舞い上がり、魔導裁縫箱の蓋の表面に、なにかが浮かび上がる。
文字だった。
『手入れしてくれて ありがとう。これからよろしく』
「……!!」
ツムギとバルド、ぽては、言葉が出ないほど驚いた。
ツムギは恐る恐る、魔導裁縫箱の蓋に触れた。
すべすべとした感触のまま、しかしそこに確かに、意思を持つ何かが存在している気がする。
「バルド先生……これ……」
ツムギが戸惑いながらバルドを見上げると、バルドは目を細め、深く頷いた。
「……どうやら、ただの魔導裁縫箱ではなくなったようだな」
ツムギは喉を鳴らしながら、魔導裁縫箱をそっと撫でた。
「ぽぺぺ……(な、なんか……ふしぎ……)」
ぽても驚いたように、ツムギの肩の上で揺れている。ツムギは小さく微笑みながら、優しく魔導裁縫箱に語りかけた。
「こちらこそ、よろしくね」
魔導裁縫箱の蓋が、ふわりと小さく光を放った。
それはまるで、新たな絆が生まれたことを祝福するかのようだった——
「……なんと……これは……!」
バルドが勢いよく立ち上がった。
まるで子供が新しいおもちゃを見つけたかのように、目を輝かせながら魔導裁縫箱を覗き込む。
箱の蓋を開けたり閉めたり、角度を変えたり、側面を叩いたりと、あらゆる角度から調べ始めた。
「ぽぺぺ……!(バルド先生興奮しすぎ……)」
ぽてはツムギの肩の上で、ぽかんとしたままバルドの動きを目で追う。
「すごいぞ……ツムギ、これは本当にただの魔導裁縫箱だったのか?」
「は、はい。バザールで譲ってもらった時は、完全に動かなくなっていて……」
「ふむ……修繕を経て、こんな風に進化するとは……!」
バルド先生は興奮を抑えきれない様子で、しばらく魔導裁縫箱を触っていたが——
「……なあ、ツムギ」
急に真剣な顔をして箱の前に座り直した。
「わしも使ってみたい」
「えっ?」
「いや、こんな貴重な魔導具、使わずにはいられん。ちょっとだけ貸してみろ」
ツムギは驚きながらも、バルドがそんなに興味を持っているなら……と、魔導裁縫箱を差し出した。
バルドはゴホンと咳払いをし、落ち着いた様子で箱に向かって声をかける。
「……これから、よろしく頼むぞ」
——シーン……
蓋には何の変化も起こらなかった。
「……」
バルドがもう一度ゴホンと咳払いする。
「おい、聞こえているか? 返事くらいせんか?」
——シーン……
「……バルド先生、もしかして……?」
ツムギが恐る恐る口を開くと、ぽてがふわっと跳ねて、
「ぽぺ!(ツムギ ためしてみて!)」
「え、えっと……先生、ちょっといいですか?」
ツムギがそっと魔導裁縫箱に触れ、優しく声をかける。
「先生、これからよろしくお願いしますね」
すると——
『……ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ』
すっと蓋に文字が浮かび上がる。
「……おお……」
バルドは言葉を失い、しばらく沈黙の後、バルド先生は腕を組み、静かに呟いた。
「……つまり、これはツムギ専用……ということか……?」
「ぽぺ……(ざんねん)」
「ふむ……まあ、これはこれで面白い。やはりお前には、普通とは違う力があるようだな」
バルドは、ガックリと肩を落としながらも、自分を納得させるように頷きながら、名残惜しそうに魔導裁縫箱から手を離したが、ふと何かを思い出したようにツムギを見つめる。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
本日も夜(22時〜23時)に更新予定です。




