072. ジンの昔話と魔法陣
3月16日2回目の投稿です
朝日が差し込む工房の食卓。バルド先生が手際よく用意した朝食が並ぶ。
「ほうれん草の炒め物に、焼きたてのパンとスープ。栄養バランスも完璧ですね……!」
ツムギは感動しながらスプーンを手に取る。
「弟子たちの世話をしていたからな。料理くらいはできるようにならんと、まともにやっていけんかったんだ」
バルド先生は淡々と言うが、その手つきはまるで熟練の料理人のようだった。
ぽてはスープの香りをくんくん嗅ぎながら、「ぽぺぺ!(いいにおい!)」と目を輝かせる。
「でも、バルド先生がここまで料理上手だとは思いませんでした。歴代のお弟子さんたちも、きっと幸せだったでしょうね」
ツムギがにこっと微笑むと、バルド先生は少し懐かしそうに目を細めた。
「……まあ、ヤツらはヤツらで手間のかかる奴ばかりだったがな」
「ふふっ、お父さんもですか?」
「言わずもがなだ」
バルド先生はスープをひと口すすり、ふっと鼻で笑う。
「ジンはな、頑丈な魔導具を作るのにこだわりすぎて、逆に重すぎて持ち上がらんものを作ったことがある」
「えっ……それ、意味あるんですか?」
ツムギがぽかんとすると、バルド先生は呆れたように肩をすくめた。
「当の本人は『体を鍛えれば問題ない!』とか言っとったが、そもそも使えんかったら意味がないだろうが」
「ぽぺぺ!(そのとおり!)」
ぽてもぷくーっと膨らみながら共感する。
「そういう失敗は、しょっちゅうだったな。例えば——」
バルド先生は思い出したように言葉を続ける。
「複雑な細工をしすぎて、自分でも仕組みが分からなくなり、一度全部解体したこともあった」
「……それ、お父さんめちゃくちゃ落ち込みませんでした?」
ツムギが苦笑すると、バルド先生はくくっと笑う。
「案の定、頭を抱えておったよ。『俺は何を作ろうとしてたんだ……』とな」
「ぽぺぇ……(それはつらい……)」
「だがな、それでも最後まで諦めずに修正し続けた。自分の失敗を受け入れて、次に活かそうとする姿勢は、なかなか立派だったよ」
ツムギは、改めて父のことを思い浮かべた。
(確かに、お父さんは『失敗は次への糧だ』ってよく言ってたなぁ……)
「さあ、そろそろ始めるぞ」
バルド先生が立ち上がり、工房の奥へと向かう。ツムギも気を引き締めて、後に続いた。
工房の奥の作業机に、ツムギのノートが広げられ、そのページには、魔導裁縫箱に必要な魔法陣の試作が描かれている。
ツムギは真剣な表情で、ペンを握りながら、慎重に線を引いていった。
「ふむ……よし、これでどうかな」
一度ペンを置き、バルド先生にノートを差し出す。
バルド先生はノートを覗き込み、腕を組みながらじっくりと観察した。
「……全体の構成は悪くない。だが、ここが甘い」
彼はペンを持ち、魔法陣の一部分をすっと指し示した。
「魔力の流れを整えるための基点がずれている。これでは均等に魔力を循環させることができん」
「あっ、本当だ……」
ツムギはバルド先生の指摘を聞き、ノートをじっと見つめる。
確かに、その部分の線がわずかに曲がっているせいで、魔力の流れが偏りそうだった。
「それと、ここの魔力制御の紋様。お前はこれで安定すると考えたのか?」
バルド先生が次に指摘したのは、中央に描いた制御のための紋様だった。
「えっと……前に学院で習った基本形をベースにしたんですけど……」
ツムギは少し自信なさげに言う。
バルド先生はふむ、と頷いたあと、サッと別の形の紋様を描いた。
「この方がより魔力を安定させる。お前の書いたものだと、魔力の制御にムダが生じるんだ」
「なるほど……!」
ツムギはバルド先生の描いた紋様を見比べながら、改めて自分の魔法陣の未熟さを痛感した。
魔法陣については今まで取り組む機会がほとんどなかったので、とても勉強になる。
「よし、もう一度描き直します!」
彼女は気合を入れ直し、新しいページにペンを走らせた。
しかし——
「線がぶれている。もっと正確に描け」
「ここの間隔が狭すぎる。均等にしろ」
「魔法陣の外周部分、もう少し太く描くといい。細すぎると魔力が安定せん」
何度も何度も、細かい指摘が飛ぶ。
そのたびにツムギはペンを持ち直し、修正していく。
(くぅぅ……魔法陣って、こんなにシビアなんだ……!)
集中して描き続けること数十分。
「……よし、これならいいだろう」
バルド先生が頷いた。
ツムギが描いた魔法陣は、最初よりも格段に洗練され、魔力の流れが均等になるよう調整されていた。
「やった……!」
ツムギは思わず、ぽてと顔を見合わせる。
「ぽぺぺ!(すごい!)」
「ふふっ、バルド先生のおかげだね」
「そんなことはないぞ。確かにお前はまだ未熟ではあるが、失敗しても挑戦し続ける、しぶとさがあるからな」
バルド先生はそう言いながら、わずかに口元をほころばせていた。
「よし、では次はいよいよ、実際に魔法陣を刻む作業に入るぞ」
ツムギはぐっと気を引き締め、魔導裁縫箱へと向き直る。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
明日はお昼(12時〜13時)と夜(22時〜23時)に更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。