071. 魔導裁縫箱の修繕開始
3月16日1回目の投稿です
(ごめんなさい。寝ぼけていて、投稿時間を間違えました……)
ツムギは気持ちを引き締め、魔導裁縫箱の修繕に取り掛かった。まずは 分解・清掃・部品点検 からだ。
蓋を開けると、内部には細かな魔導回路や歯車が複雑に組み込まれていた。長年の放置による汚れや錆びが目立ち、魔力の流れを阻害しているのが一目でわかる。
「まずは、各部品の状態を確認して、清掃と点検ですね!」
ツムギは手際よく作業を進め始めた。
お父さんの工房 《継ぎ屋》 での経験が活きており、分解作業はスムーズだった。
ぽても「ぽぺっ!(ここ! つぎ!)」とツムギの作業を見ながら、適切なタイミングで小さな部品を押さえたり、道具を渡したりする。
バルドは腕を組み、その様子をじっと観察していたが、やがて感心したように呟いた。
「ほぉ……ツムギ、お前は分解・清掃・点検の作業に慣れているな。仕事も丁寧で文句のつけようがない。」
「ありがとうございます! お父さんが、修理の基本は 分解と点検をしっかりやること だって、何度も教えてくれたんです!」
ツムギは真剣な表情で作業を進めながら、細かい部分の状態をチェックし、 おかしい箇所は手元のノートにしっかりと記録 していく。
「ふむ……なるほど、しっかりメモも取るのか。」
バルドが感心したように目を細める。
すると、ぽてが「ぽぺっ!(ツムギ いつも メモ!)」と誇らしげに言いながら、ツムギの肩の上でふわふわ揺れた。
「お父さんに口うるさく言われてたんです。」
ツムギは苦笑しながら、点検の続きを進める。
すると、バルドが懐かしそうに笑いながら、ぽつりと語り始めた。
「……ジンは昔はメモなんぞ取らんやつだったがな。若い頃は、『頭で覚えればいい』などと豪語していた。」
「えっ、お父さんが?」
ツムギは意外そうに目を見開く。
「そうとも。だがな、あやつ、薬液の調合を何度も間違えて、最適な配合を忘れてしまっては、その度に絶望しておったよ。」
バルドはくくっと小さく笑い、ぽても「ぽぺぇ!(それは たいへん!)」と楽しそうに揺れる。
「最初はな、失敗しても『大丈夫だ、すぐに思い出す』なんて強がっておったから、ほうっておいたのだが、半年くらいだったか、ついに観念してな。それからというもの、『メモは職人の命だ』 などと言い出して、逆にうるさいくらいになった。」
「なるほど……だから、お父さんはあんなにメモを取るように言うんですね!」
ツムギは納得しながら笑った。
「ぽぺっ!(ジン、メモ魔!)」
ぽてがぴょんと跳ねながら言うと、バルドも目尻を下げて笑った。
「ふむ、お前の相棒……いや、ぽてというのだったな。こやつ、なかなかよく観察しておるな。」
「ぽぺ♪(えっへん!)」
得意げに胸(?)を張るぽてに、バルドはふっと微笑み、ぽての頭をそっと撫でた。
「ぽぺ……!?(な、なでられた!?)」
ぽてがびっくりしたように一瞬固まる。バルドがこんな風に触れるとは思わなかったらしい。
ツムギがくすくすと笑うと、バルドは少し照れくさそうに咳払いをしてから、ぽてを指で軽くつついた。
「こやつもなかなか面白いやつだ。……ぽて、だな。」
それまで「こやつ」と呼んでいたバルドが、初めて名前を呼んだ。
「ぽぺぇぇぇ!?(バルド 呼んでくれた!!)」
ぽてはふわふわと飛び跳ねながら喜びを表現する。ツムギも、そのやりとりが微笑ましくて、ふっと笑みをこぼした。
「点検も一通り終わったので、次は魔力の流れを再調整しますか?」
バルドが静かに頷き、次の作業に取り掛かる準備を始める。
ツムギも目を輝かせながら、いよいよ本格的な修理作業に向けて、気持ちを引き締めた。
「さて、次は魔力の流れを整える作業だ。」
バルドは淡々とした口調で言いながら、机の上の魔導裁縫箱に手をかざす。
「魔導具というものは、ただ直せばいいというものではない。魔力の流れが滞っていては、どんなに優れた作りでも、ただの箱だ。」
ツムギは真剣な表情で頷きながら、手元のノートを構えた。
「まずは見ていろ。」
バルドは片手を箱に添え、わずかに魔力を送り込む。すると、箱の表面にうっすらと魔力回路が浮かび上がり、ところどころ光が途切れているのが見えた。
「ほう……やはり長年放置されていたせいで、魔力の流れが悪くなっているな。」
バルドはごく自然な動作で、一部の詰まりを取り除くように魔力を押し込み、流れを整える。すると、そこだけがわずかに光を増し、安定したように脈動を始めた。
「この要領で、他の箇所も調整するのだ。」
「はい!」
ツムギは勢いよく返事をし、慎重に箱へと手をかざす。
——が、思うようにいかない。
(えぇ……? さっきバルド先生はあんなに簡単そうに……)
ツムギは試行錯誤を繰り返すが、どうしても魔力が詰まったまま、うまく流れてくれない。
「くっ……もう一回!」
何度も挑戦するが、逆に回路の抵抗が強くなり、詰まりがひどくなってしまう。
バルドが静かに口を開いた。
「焦るな。初めてで一度でできるものではない。」
「……でも、もう少しでできそうな気がするんです!」
ツムギは諦めずに箱へと向き直る。
「夜も遅い。無理をせず、明日またやればいい。」
「いえ……このまま最後までやります!」
ツムギはきっぱりと答えた。
バルドは少し目を細めたが、それ以上は何も言わずにツムギを見守る。
——それから、ツムギは何度も挑戦した。
一度失敗するたびに、どこが間違っていたのかをノートに書き込み、次の試行へと活かす。
ぽても心配しつつ、ツムギの補助をしながら、小さな調整を手伝っていた。
「……ぽて、ありがとうね」
「ぽぺ!(ツムギがんばる!)」
そして、何度目かの挑戦の後——
「……!」
魔導裁縫箱が淡く光を放ち、魔力の流れがスムーズに巡り始めた。
「……できた……?」
ツムギがそっと手を離すと、箱が静かに脈動するように光を保っていた。
バルドが近づいて確認し、満足げに頷く。
「魔力の流れは安定したな。手間取ったが、根気よく取り組んだのは悪くない。」
「ぽぺぺ!(ツムギ すごい!)」
ぽてもツムギの肩の上でぴょんぴょん跳ねる。
ツムギはほっとしたが、どっと疲れが押し寄せ、ぐらっと体が揺れた。
「……おっと、大丈夫か?」
バルドが素早く支える。ツムギは苦笑しながら、額の汗を拭った。
「……ちょっと、頑張りすぎました……」
バルドはしばらくツムギを観察し、やがて棚の奥から小瓶を取り出した。中には淡い青色の液体が揺れている。
「飲め。」
「……え? これって……」
ツムギが瓶を受け取り、ラベルを確認すると——《魔力回復ポーション》と書かれていた。
「えぇっ!? これ、すごく高いやつじゃ……!」
ツムギは思わず固まる。
(これがあれば、ヴィンテージのボタンとか、珍しい魔糸の束とか、いっぱい買えるのに……!)
バルドはそんなツムギをじっと見つめると、静かに言った。
「お前の魔力はまだ不安定だ。無理をすれば、翌日にも響く。」
「……!」
「職人にとって最も大事なのは、常に万全の状態で作業に臨むことだ。」
ツムギはバルドの言葉を噛みしめながら、小瓶をそっと見つめた。
「……そういうものなんですね」
「そういうものだ。」
ツムギは観念したようにポーションの蓋を開け、一気に喉へ流し込んだ。すっと体に染み込むような感覚が広がり、魔力が回復していくのがわかる。
「……すごい、楽になりました!」
「だから、最初から飲めと言ったのだ。」
バルドは淡々と言いながらも、どこか微笑ましげな表情を浮かべる。
ツムギはちょっと申し訳なさそうに笑ったが、ふとバルドが思い出したように呟いた。
「……そういえばジンも、昔はお前のように魔力切れで倒れかけていたな。」
「えっ、お父さんも?」
「魔力回路の調整が苦手でな。そのくせ、メモを取らんだろう?毎回『あれ? どうやったっけ?』と頭を抱えて何度もやり直すから魔力が足りなくなってな。」
「ぷっ……」
ツムギは吹き出す。
「だから、苦い経験を経て『メモは大事だ!』と主張するようになったのだ。そうだ。失敗を積み重ねることも、成長には必要なのだ。」
バルドは淡々とした口調ながらも、どこか懐かしそうに呟いた。
「お前も、根気強く努力するところは悪くない。それは職人にとって、何よりの才能だ。」
「……はい! ありがとうございます!」
ツムギは嬉しそうに笑顔で答えた。
こうして、ツムギの初めての魔力調整作業は、ようやく終わりを迎えたのだった——。
長い一日が終わり、ツムギは工房の弟子部屋のベッドに身を沈めた。心地よい疲れが体に広がり、まぶたが重くなる。
「ぽぺぺ……(つかれたねぇ……)」
ぽても隣でふわふわ揺れながら、小さくあくびをする。
「うん、でも……すごく充実してたよ」
ツムギはベッドの枕元に置いたマントどめにそっと手を伸ばした。そこには、ぽてとハルとおそろいのマントどめが輝いている。
最近毎日の日課になっているハルくんへのメッセージを送ることにした。
ツムギは目を閉じ、ハルの姿を思い浮かべながら、そっとマントどめに触れた。
ぽぅ……と、淡く石が光を帯びる。
——《ハルくん、こんばんは。ツムギだよ》
小さく息を吸って、今日の出来事を振り返る。
——《バルド先生の授業、すごく楽しかったよ! でも、魔力の調整が思ったより難しくて、たくさん失敗しちゃった……》
ぽてが「ぽぺ?」と顔を上げるが、ツムギは照れくさそうに微笑んで続ける。
——《でもね、バルド先生もぽても励ましてくれて、最後まで頑張れたんだ。やっぱり、ものづくりって楽しいね!》
少し間を置いて、ふと思い出したように付け加える。
——《……ハルくんは元気? ちゃんとご飯食べてる? それと、危ない拾い物……じゃなくて、冒険はしてないよね?》
——《ぽぺぺ!(ぜったい してる!)》
ぽてがすかさず突っ込むように小さく鳴いた。
ツムギはくすっと笑いながら、最後に優しく言葉を紡ぐ。
——《また帰ったら、一緒におやつ食べようね》
メッセージを送り終えると、マントどめの光がすっと消える。
ツムギはほっと息をつき、ぽてをぎゅっと抱きしめた。
「ぽて、おやすみ」
「ぽぺぺ……(おやすみぃ……)」
ぽてはツムギの腕の中でまるくなり、すぐに小さな寝息を立て始めた。
ツムギもまぶたを閉じる。今日もまた、新しい学びがあった。明日もきっと、もっと成長できる。
そんな期待を胸に抱きながら——ツムギは静かに眠りについた。
その頃——
ツムギのメッセージを受け取ったハルは、自分のマントどめを見つめながら、小さく微笑んでいた。
「……もちろん! おやつ、楽しみにしてる!」
そう呟いたあと、少し考え込むよう口に手を当て、ふっと息を吸い、そっとマントどめに触れる。
ぽぅ……と、淡い光が灯る。
——《ツムギお姉ちゃん、こんばんは! こっちは元気だよ! 今日も拾い物たくさん見つけた! もちろん、安全なところだけね!》
ぽての「ぽぺぺ!(ぜったい あやしい!)」という声が聞こえそうな気がするが、ハルは気にせず続ける。
——《ツムギお姉ちゃんも頑張ってるね! 失敗しても最後までやれたなら、それってすごいことだよ! きっと、バルド先生もぽても、すごいって思ってるよ!》
少し間をおいて、小さく笑いながら付け加える。
——《帰ってきたら、おやついっぱい食べようね! ……それと、僕が見つけたものも見てほしい!》
メッセージを送り終えると、ハルは満足そうにマントどめの光が消えるのを見届けた。
——《ツムギお姉ちゃん、おやすみ》
そう呟いて、安心したように目を閉じる。
ツムギと繋がっている安心感が、ハルの胸をふわっと温かくした。
そして、静かな夜が更けていくのだった——。
今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。
夜(22時〜23時)にも更新予定です。 また遊びに来てもらえたら嬉しいです。