006. ホットサンドの使い方
窓から差し込む朝の光が、ほんのりと温かな色を帯びて部屋を照らしていた。家の中には、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、カップに注がれたミルクの甘い香りが漂っている。
「おはよ~……」
まだ少し眠そうなツムギが席につくと、すでにジンはいつもの席に座り、新聞をめくっていた。ノアはキッチンで朝食の準備をしている。
「おはよう、ツムギ。ほら、朝ごはんできてるわよ!」
テーブルの上には、色とりどりの野菜が添えられたプレートと、パリッと焼かれたホットサンドが並んでいる。ホットサンドの表面には、綺麗な焼き色がつき、端がぴったりとくっついている。
「ホットサンド、いい感じに焼けてるね」
「でしょ? 今日はね、中にたっぷりチーズを入れてみたの!」
「ぽぺぺ!(あさごはん!)」
待ちきれなかったぽてが、ちょこんとテーブルの端に座り、小さな手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねる。
ぽてのプレートには、小さく切ったパン、細かく刻んだチーズ、つやつやのフルーツが少しずつ盛られている。
ツムギもホットサンドを手に取り、かじると、中からとろりとチーズが溶け出した。
「ん~、おいしい!」
「でしょ? ほら、端のところ、ぴったりくっついてるでしょ? 熱でぎゅっと閉じてあるのよ」
ノアがホットサンドの端を指差しながら、ニコニコと説明する。
「そういえば……」
ツムギはふと手元のホットサンドを見つめながら、何かを考え始めた。
「お母さん、これ、どうやって端をくっつけたの?」
「え? ホットサンドメーカーで挟んで、焼くだけよ?」
「……これって、もしかしてミストスライムウールにも応用できるんじゃない?」
ジンが新聞から顔を上げた。
「ふむ?」
「昨日、お母さんが言ってた“縫わずにくっつける”ってアイデア、ホットサンドみたいに圧着する方法ならできるかもしれない!」
「ええっ!? まさか、ポシェットをホットサンドにするの?」
「いや、そういうことじゃなくて! 生地の端を熱で密着させるの!」
ツムギの言葉に、ノアは「なるほど!」と手を叩いた。
「たしかに! でも、ミストスライムウールってどれくらいの熱でくっつくの?」
「それがまだ分からないんだよね……でも、スライムのジェルが固まる温度をうまく調整すれば、いけるかも!」
「なるほどな」
ジンは顎に手を当て、静かに頷いた。
「お前の作った布、試しに端だけ少し加熱してみればいいかもしれんな」
「うん、試してみる!」
ツムギの目が輝いた。
「ふふ、なんだか面白いことになってきたわね!」
ノアは楽しそうに笑いながら、ホットサンドをもう一口食べた。
朝の光が差し込む中、ツムギたちは食事を終え、家の扉を開けた。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい、頑張ってね!」
ノアがにこにこと手を振る中、ぽてはツムギの肩の上でぴょんぴょんと跳ねながら、工房へと向かう道を進んでいった。
———
朝ごはんを終えたツムギは、ジンと一緒に工房へ向かった。ぽてはツムギの肩の上でふわふわと揺れながら、元気いっぱいに「ぽぺぺ!」と鳴く。
「そんなに楽しみなの?」
「ぽぺ!(たのしみ!)」
ツムギはくすっと笑いながら、工房の扉を開けた。
木の香りが漂う工房には、作業道具が並んでいる。ツムギはさっそくエプロンをつけ、作業台の前に立った。
「さてと、まずは試作の準備をしなくちゃ」
ジンはコーヒーを一口飲みながら、椅子に腰掛けてツムギの様子を眺めていた。
「お前さん、朝からずいぶんやる気だな」
「うん! お母さんのアイデアを聞いて、試してみたくてうずうずしてる!」
ツムギは試作に必要なものを一つずつ挙げていった。
「まずはミストスライムウール本体。これは昨日作ったやつがあるから、それを使おう」
作業用の袋から取り出したミストスライムウールの布を広げる。
「熱を加えるための道具だけど……普通のアイロンじゃだめだよね?」
「そうだな。温度調整が難しいし、焦がす危険もある」
ジンが顎に手を当てながらしばらく考え、棚の奥から何かを取り出した。
「これはどうだ?」
ツムギの前に差し出されたのは、金属製のプレートのようなものだった。
「……これ、なに?」
「鍛冶屋から譲り受けた”温度調整板”だ。元々は細かい金属細工をするために使うものらしいが、加熱具合を細かく調整できる」
「それいいかも……!」
「ああ。まずは軽く試してみるといい」
ジンが温度調整板を軽く叩くと、ほんのりと熱を帯びた感じが伝わってくる。これなら、スライムジェルの融点を調整しながら試せるかもしれない。
ツムギはしばらく温度調整板を見つめながら、ふとある記憶を思い出した。
手に伝わる温かさ、均一に広がる熱……。何かに似ている気がする。
ツムギは転生前、髪を整えるためによくヘアアイロンを使っていた。高温すぎると髪が傷むけど、ちょうどいい温度に調整すれば、きれいにセットできた。
ミストスライムウールも、同じように温度を調整しながら試せば、いい具合に圧着できるかもしれない……!
(ミストスライムウールを温度調整板でいい具合に溶かしたら、木の板で挟んで圧着する。木のプレス板なら、ホットサンドみたいに挟んで圧着できるかもしれない)
「よし! この方法でやってみよう!」
試作の準備が整った。ツムギはエプロンの紐をきゅっと締め直し、作業台の上にミストスライムウールを広げた。ぽてはツムギの肩の上でぴょんぴょん跳ねながら、「ぽぺぺ!」とやる気満々な様子を見せている。
「じゃあ、まずは温度調整板でスライムジェルの反応を見てみよう」
ツムギはジンから借りた温度調整板を慎重にセットし、低温から試してみることにした。木のプレス板も手元に用意し、圧着の準備を整える。
「……よし、やってみよう!」
ツムギは小さく息を吸い込み、ミストスライムウールの端を温度調整板にのせた。少しずつ温めながら様子を見る。
じわじわと熱が伝わり、スライムジェルがわずかに柔らかくなっていく。
「うん、いい感じ……このまま少しだけ圧力をかけてみよう」
ツムギは木のプレス板をゆっくりと乗せ、均等に圧力を加えた。
「……どうなるかな?」
ジンも興味深そうにツムギの手元を見つめ、ぽても「ぽぺっ……!」と息をのんで見守る。
数秒待ち、そっとプレス板を持ち上げると──
「……お?」
ツムギは目を輝かせた。布の端が、しっかりとくっついている。
そっと指先でなぞると、縫い合わせたわけでもないのに、布の境目がなめらかに融合している。軽く引っ張っても、すぐには剥がれそうにない。
「すごい! スライムジェルが熱で溶けて、布同士を圧着してる!」
「ふむ……思ったよりも、うまくいったな」
ジンが顎に手を当てながら、感心したように頷いた。
ツムギは満足げに微笑みながら、もう一度圧着部分を確認した。
……でも、これで完璧ってわけじゃない。
手触りはしっかりしているけれど、力を入れすぎると端の部分が少し剥がれそうになる。何か、もっと安定させる方法が必要かもしれない。
「お父さん、やっぱりペリペリ剥がれてきちゃうよ。これ……もうちょっと接着を上げる方法ってあるかな?」
ジンは考え込むと、作業台の上に置かれた別の素材に目を向けた。
「たとえば、スライムジェルにもう少し弾力を持たせる方法があれば、衝撃を受けても剥がれにくくなるかもしれんな」
「弾力か……」
ツムギは唇をかみながら考えた。
スライムジェルの性質を調整できれば、もっと頑丈にできるかもしれない。
何か、ジェルの粘度を調整する方法はないだろうか?
ジェルといえばゼリーもジェルに近いけど、前にお母さんが作ってたゼリー、普通のゼリーより、ちょっと弾力があったな……。
ノアが作るデザートのゼリーは、普通のゼリーよりもぷるんっとしていて、崩れにくい。たしか、ノアが「少しだけハチミツを加えると、固まり方が違うのよ」と言っていた気がする。
「そうか! スライムジェルの成分に、ハチミツみたいな粘り気を少し加えられたら……!」
ツムギはぱっと顔を上げた。
「お父さん、スライムジェルの粘度を少し変えられるような、ドロっとした液体ってある?」
ジンは少し驚いたようにツムギを見たが、すぐに笑みを浮かべた。
「……面白い発想だな。図鑑で素材を調べてみたらどうだ?」
ツムギの瞳が輝いた。