067. ハルの決意とハズレ召喚石
3月14日1回目の投稿です
楽しい予定があると、仕事は捗るものだ。
バルドへの弟子入りが決まってからというもの、ツムギは毎日朝から気合い十分だった。
イリアに納品するアイテムの仕上げに取り掛かりつつ、ジンの手伝いもこなしていく。
ぽても作業台の隅で、ツムギが仕上げたパーツをじっと観察しながら、「ぽぺ!(きれい!)」と楽しげに揺れている。
ジンはそんな二人を横目にしながら、心の中で苦笑した。
(……仕事量が手に負えなくなってきたから、仲間を探しに行ったはずだよな?)
視線の先では、ツムギが次々と完成品を並べ、創術の細かい調整を施している。
(それなのに、さらに仕事を増やして帰ってくるとはな……)
呆れ半分、感心半分。
しかし、楽しそうにものづくりをするツムギを見ていると、何も言えなくなる。
ぽてが、そんなジンの様子を察したのか、ふわふわと転がりながら「ぽぺぺ!(ツムギ しあわせ!)」と誇らしげに鳴いた。
「だよな、ぽて」
ジンは苦笑しつつ、作業台の上に置かれた木材の加工に手を戻す。
今日も工房は、穏やかで心地よい時間が流れていた。
そんな心地よい空気の中——
「ぽてー! お土産だよー!」
元気な声とともに、工房の扉が勢いよく開かれた。
扉の前に立っていたのは、すっかり工房に馴染んでしまった少年——ハルだった。
ポシェットを直し、透輝液を一緒に作ってから、ハルはよく工房に遊びに来るようになった。もうほとんど、この工房の一員のように馴染んでいる。
ツムギが顔を上げると、ハルは大事そうに包みを抱えていた。
「今日はね、ぽてにお土産を持ってきたんだ! ぽてって魔力が強い食べ物が好きでしょ? だから、ぽてが喜びそうなものを探してみたんだ!」
ハルはにっこり笑いながら、包みを差し出した。
ツムギがそっと包みを開くと、中には淡く輝く果実が数粒入っていた。
「これ、魔力果の実だよ! 探してたら、ちょうどいいのを見つけたんだ」
「ぽぺぇぇぇ!!(たべもの!!)」
ぽてがびょんっと跳ね上がり、全身をぷるぷる震わせながら輝く果実を見つめる。
「わぁ、すごい! こんなのどこで見つけたの?」
「森の外れでね、木の根元に落ちてたんだ。ちょっと魔力が強い場所だから、普通の人はあんまり近づかないみたいだけど……」
「ぽぺっ! ぽぺっ!(はやく! たべる!)」
ぽては待ちきれない様子で、じたばたとツムギの肩の上で動き回る。
「もう、ぽてったら!」
ツムギが苦笑しながら一粒を手に取ると、ぽては勢いよくぱくっと口(?)に入れた。
すると——
「ぽぺぇぇぇ……!(しあわせぇ……)」
ぽてはふわっと丸くなり、全身からほのかに魔力の波が広がるように輝いた。
ツムギとハルは、その様子に思わず顔を見合わせ、吹き出した。
「……なんか、すごく幸せそう」
「うん、今までで1番喜んでるね。持ってきた甲斐があったなぁ」
ハルは笑いながら満足そうに微笑んだ。
「ぽぺっ!(ハル さいこう!)」
ぽては嬉しそうにハルにぴょんっと飛びつき、もふもふとすり寄る。
「わわっ!? くすぐったいよ、ぽて!」
「ふふ、ぽて、ちゃんとお礼できたね」
ツムギは微笑みながら、残りの果実を包みに戻した。
「ぽて、せっかくだからゆっくり味わいながら食べなきゃね?」
「ぽぺぇ……(がまん……できるかな……?)」
名残惜しそうに輝く果実を見つめながらも、ぽてはふわふわと幸せそうに揺れていた。
ハルの優しさが詰まった贈り物に、工房はいつも以上に温かな空気に包まれていた。
ツムギがぽてを抱えたハルに微笑みながら、ぽても満足げに魔力果を味わっていたそのとき——
「ツムギお姉ちゃん。」
ハルが、突然真剣な顔になった。
ツムギが「ん?」と顔を上げると、ハルは少し迷うように口を噤んだ後、意を決したように言葉を紡ぐ。
「話したいことがあるんだ。」
ツムギとジンは自然と手を止め、ハルの方を見た。
「透輝液を共同名義にしてくれたおかげで……びっくりするくらいのお金が、ロイヤリティとして毎月受け取れるようになったんだ。」
ハルは、少し照れたように笑いながら続ける。
「今ね、お母さんの目の薬……お金を気にせず買えるようになったんだよ。」
「……!」
ツムギはそんな事を言われるとは思わず、驚きのあまり、言葉が出なかった。ハルが持っていた晶樹液を透輝液にした技術を、共同名義にしたのは確かにツムギの提案だった。でもそれが、ハルくんの役に立っていたなんて。
ハルは、少しだけ視線を落とし、静かに続けた。
「お父さんがいた頃と同じくらい……いや、それ以上の生活ができてるんだ。」
ツムギは、一瞬ハルの瞳を見つめた。そこには、懐かしさと、少しの寂しさ、それでも前を向く強い意志があった。
ハルの父親は、冒険者だった。
行方不明になった仲間を救うために旅立ち、それから三年、消息を絶ったままだ。
「ハルくん……」
ツムギが何かを言おうとした瞬間、ハルは真っ直ぐツムギを見つめて——
「全部、ツムギお姉ちゃんのおかげだよ。本当にありがとう。」
はっきりと、そう言った。
「今は何も返せるものがないけど……いつか必ず恩は返すから!」
ツムギの胸が、じんわりと温かくなった。ハルくんのお母さんの話はガルスさんから聞いていて、何かしてあげられる事はないかとは思っていたが、中々問題は難しく、いつも気になっていたのだ。それが少しでも解決していたと思うととても嬉しい。
「そんなことないよ。」
ツムギはハルの頭をそっと撫でた。
「いつも助けてもらってるのは私の方だし、透輝液だって、一緒に作ったものでしょ?」
「でも……」
ハルが何か言いかけると、ジンがゆっくりと口を開いた。
「ハル。お前が今、ツムギに返せるものは、別にお金じゃなくてもいいんだぞ?」
ハルはジンを見上げる。
「大事なのは、お前が自分の道をしっかり歩くことだ。そうすれば、それがいずれ、ツムギへの恩返しにもなるさ。」
「……うん。」
ハルは少し考えるように俯いたあと、決意したように顔を上げた。そして、ふっと息を吸い、まっすぐな瞳でツムギを見た。
「それでね。僕、10歳になったし……冒険者になることにしたんだ。」
「……!」
ツムギとジンが目を見開く。
「まだ、遠くには行けないし、できることも少ないけど……拾い物なら、僕にもできるし。」
ハルの表情には、不安や迷いは一切なかった。
ただ、まっすぐな自信と、決意だけが宿っていた。
「珍しいものを見つけたら、ツムギお姉ちゃんのところに持ってくるね!」
ツムギは、ハルの成長を眩しげに見つめた。
幼さの残る顔つきの中に、冒険者としての誇りを宿し始めた少年の姿がある。
ハルの姉を自称するツムギとしてはやはり心配ではあったが、それでも応援したい。そう思った。
「うん! 楽しみにしてるね。冒険の話も、たくさん聞かせてね!」
ツムギが笑顔で答えると、ハルもいつもの無邪気な笑顔に戻り——
「うん! もちろん!」
と、元気よく頷いた。
「ぽてにも、たくさんお土産持ってくるからねー!」
そう言いながら、ぽてをぎゅっと抱きしめる。
ぽては「ぽぺぇ〜♪」と気持ちよさそうに丸くなり、ハルの腕に身を預けた。
そのとき——
カチンッ
ぽてのマント留めと、ハルのマント留めが軽くぶつかった。
ぶわっ——
涼やかな風が、工房の中を駆け巡る。
ツムギは一瞬、ハルの風魔法かと思ったが——次の瞬間、ハルとぽての胸元に揺れる琥珀色の石(ハズレ召喚石)が淡く輝き始めた。
「な、なにが起こったの!?」
ハルも、ぽても、ジンも——そしてツムギも、その光景を呆然と見つめる。
そして——
淡く光ったぽてのマント留めから——
——《な、なにが起こったの?》
——声がした。
「…………え?」
その場にいた全員が、一瞬、時が止まったかのように動きを止める。
ぽても、ふわふわと震えながら、驚きで全身を強張らせている。
「ぽ、ぽて……今、しゃべった……!?」
ツムギが信じられないようにぽてを見つめる。
しかし、ぽては——
「ぽ、ぽぺぇぇぇぇ!?(ちがう!! ぽてじゃない!!)」
と、パニックになりながら、ぶるぶると震えていた。ハルも、青ざめた顔でマント留めを見つめる。
「えっ、じゃあ……これ、いったい……?」
ハルがそっとまだ淡く輝いているマントどめを触りながら言うと、今度は輝きがおさまりかけたぽてのマントどめが、またふわりと光を帯びる。
「えっ、じゃあ……これ、いったい……?」
今度は、ぽてのマント留めから、まったく同じ言葉が返ってきた。
「ぽぺぇぇぇぇ!?(ぽて しゃべってない! こわい!)」
ぽてがぶるぶると震えながら、ツムギの肩にしがみつく。
「今、確かに聞こえたよね……?」
ツムギは目を見開きながら、ぽてのマント留めをそっと触れた。
ジンが腕を組み、真剣な表情で口を開く。
「まさかこれは……魔導結晶通信か?!」
「えええっ!? 魔導結晶通信って、あの……貴族や王族が使ってる、高級な通信手段の!?」
ツムギの驚きに、ジンはゆっくりと頷く。
「そうだ。特定の魔導結晶を持つ者同士が音声を伝えられる仕組みだ。盗聴防止の魔法も施されていて、極めて高度な技術が使われている。だが、そんなものが……こんな形で?」
ジンはぽてのマント留めをじっと見つめ、考え込む。
「お、おかしいよ! そんな高級なもの、作った覚えはないし……」
ツムギは混乱しながら、自分のマント留めをじっと見つめた。
「それに、魔導結晶通信って、普通に作れるものじゃないでしょ!? たまたま偶然できちゃいました〜なんてレベルの話じゃないよ!」
「ぽぺっ!?(ツムギ つくった!?)」
ぽてがさらにびくびくしながら、ツムギの顔を覗き込む。
「わ、私じゃないよ!! ……だと思う! たぶん!!」
ツムギが半ば叫ぶように言うと、ハルが慎重に言葉を選びながら提案する。
「……とりあえず、試してみない?」
「試す?」
「うん。これが本当に魔導結晶通信なら、どういう仕組みで動いてるのか確かめないと。」
ツムギはハッとした。
(確かに……! これは職人として、実験してみるべきだ!)
「そうだね、やってみよう!」
最後まで読んでくださりありがとうございました。
本日は22時〜23時の間にもう一度投稿します。