065. 依頼書提出とエリアス
3月13日1回目の投稿です
職人ギルドに戻ると、先ほどと変わらぬ活気が広がっていた。ツムギは受付の女性を見つけると、まっすぐカウンターへ向かう。
「あの、依頼受注書を提出しに来ました!」
ツムギが書類を差し出すと、受付の女性は微笑みながら受け取り、内容を確認する。
「お疲れさまです。バルドさんのところで修繕のお手伝いですね。問題ありません、それではこちらに記録して……はい、受理しました。これで正式に契約成立となります」
「ありがとうございます!」
ツムギがホッと息をつくと、ぽてがちょこんとカウンターに乗り、「ぽぺ!(がんばった!)」と満足げに揺れる。
「ふふ、ぽてちゃんもお疲れさま」
受付の女性が微笑んでぽての頭を撫でると、ぽては「ぽぺぇ~♪(なでられた♪)」と嬉しそうに丸くなった。
「さて、もう一度職人さんの紹介ファイルを見てみようかな……」
ツムギはカウンターの横にあるファイル棚に向かい、ゆっくりと書類をめくり始めた。
(バルドさんのところで学びながら、他にも協力してくれる職人さんがいたら心強いし……)
そんなことを考えていると、ふと近くのカウンターで、見覚えのある白銀の髪が揺れるのが目に入った。
「……エリアスさん?」
ツムギが顔を上げると、カウンターの向こうにいたのは 証契士見習いのエリアス・ヴァンデール だった。彼はギルド職員と淡々と書類をやり取りしながら、相変わらず落ち着いた雰囲気を纏っている。
「エリアスさん!」
ツムギが手を振ると、彼はちらりとこちらを見たあと、手続きを終えて静かに歩み寄ってきた。
「ツムギ。偶然だな」
「エリアスさんこそ、何の用事ですか?」
「透輝液の利益配分の書類を提出しに来たところだ」
エリアスは淡々と答えながら、手元の書類を軽く持ち上げる。ツムギは「えっ!」と驚いた。
「それって、私の……お手数をおかけしてすみません。本当にいつもありがとうございます。」
「君の透輝液を利用している職人たちの利益配分の調整だ。最近、透輝液を使った加工技術が広がってきているからな」
「えええっ!? そんなに使われてるんですか?」
ツムギが目を丸くすると、エリアスは小さく頷く。
「鍛冶職人や宝飾細工師、魔道具職人まで、透輝液の用途は幅広い。特に光属性の魔導具に適した素材として評価が高まっている」
「すごい……!」
ツムギは胸がいっぱいになる。自分が開発した透輝液が、こんなにもたくさんの職人の手に渡り、新しいものづくりに活かされているなんて――。
「ぽぺぺ!(すごい!)」
ぽても嬉しそうに跳ねる。
エリアスはそんなツムギの様子を静かに見つめ、ふっと口を開いた。
「当然の結果だ」
「え?」
「君の透輝液が実用的で価値のあるものだから、職人たちが使っている。それだけのことだ」
エリアスは冷静に言いながらも、どこかそれを誇りに思っているような雰囲気があった。
ツムギは少し照れくさくなりながら、「えへへ……」と笑う。
「じゃあ、職人さんたちから何か声が上がってたりしますか? 使ってみた感想とか、もっとこうしてほしいとか……」
ツムギの問いに、エリアスは少し考え込むように顎に手を当てた。
「いくつか報告は受けている。例えば、透輝液の硬化速度についてだ」
「硬化速度?」
「そうだ。光属性の光で素早く硬化する性質は便利だが、用途によってはもう少し調整できるとありがたいという声がある。特に装飾細工師の間では、硬化速度をもう少し遅らせて精密な細工をしたいという意見が多い」
「なるほど……!」
ツムギは真剣な表情で頷いた。
(確かに……透輝液は光を当てるとすぐに固まるけど、用途によってはじっくり成形したい人もいるかもしれない……)
「それ、すっごく参考になります! 硬化速度は当てる光の属性で調整できるから、今度それをまとめて公開しますね……!」
「君なら、そう言うと思った」
エリアスは静かに笑う。
「透輝液の改良についても、まとまったら報告してくれ。職人たちの要望に応じて光源の色を調整するなら、新たな登録が必要になる可能性もある」
「は、はい! そうですね!」
ツムギは気合いを入れ直すように頷いた。
(技術はどんどん進化するんだ……! 使ってくれる人がいるからこそ、改良していく意味があるんだ!)
「エリアスさん、ありがとうございます!」
「当然のことをしたまでだ」
エリアスは淡々と答えるが、どこか少しだけ満足げな表情をしているようにも見えた。
「それで、お前は何をしにギルドへ?」
エリアスがふと問いかけると、ツムギは「そうだ!」と思い出したように顔を輝かせる。
「実はすごいことがあったんです! さっき職人ギルドで依頼を見つけて、それで――」
ツムギが嬉しそうに身振りを交えながら、バルドの依頼を受けたことを話し始めた。
「魔導具の修繕の仕事なんですけど、ただの修理じゃなくて、学びながら手伝えるっていう内容で……! しかも、すごく丁寧に技術を教えてくださるみたいで、修繕の技術が学べるんですよ!」
「ふむ……」
エリアスはツムギの興奮気味な話を聞きながら、(相変わらず単純だな)と思いつつも、楽しそうに語る様子に「悪くないな」と感じていた。
「それで、今ちょうど受注書を提出してきたところなんです!」
ツムギが誇らしげに言うと、エリアスは少し考えるように目を細めた。
「その受注書、見せてみろ」
「え?」
「念のために内容を確認する」
「は、はい、ありがとうございます……」
ツムギは少し戸惑いながらも、カバンから受注書を取り出し、エリアスに手渡した。きっと私が不利な契約になっていないか、心配してくれているのだろう。いつもエリアスは言葉数が少なく、少しぶっきらぼうではあるが、本当に優しいのだ。
エリアスは書類を受け取ると、冷静な表情のまま、すっと視線を落とす。そして、一通り内容に目を通した瞬間――わずかに目を見開いた。
(……これは)
契約内容は極めてツムギに有利だった。
通常、職人の弟子入りや技術習得を伴う契約では、報酬が低めに設定されることが多い。しかし、この受注書ではツムギが手伝った修繕の報酬がしっかりと支払われるだけでなく、通常高額になるはずの技術指導料が「技術指導を含む」と明記され報酬の一部とすでになっている。さらに、修繕を通じてツムギが独自の創術を活かす場合、その技術の権利もツムギ本人に帰属すると記されていた。
(普通なら、弟子の立場ではこうはならない……依頼人は?)
エリアスは書類の依頼主欄に目を向け――その名を確認すると、驚きと納得が入り混じった表情を浮かべた。
バルド・ガリウス
(なるほど……)
エリアスは一瞬、考え込むように指先で書類をなぞる。そして、静かに息をつきながらツムギへ視線を戻した。
「ツムギ、お前にとって、この依頼はとてもいい出会いになる。バルド・ガリウス……彼は、かつて王宮で魔導具を作っていた職人だ。宮廷魔導具師として名を馳せ、その技術は今もなお一流と評価されている」
「えっ……宮廷魔導具師!?」
ツムギは思わず声を上げた。エリアスはゆっくりと頷く。
「彼が直接技術を教える機会は、そう簡単に得られるものではない。彼の技術を学べるというのは、お前にとって大きな財産になるだろう」
「す、すごい……!」
ツムギは驚きと興奮が入り混じったように胸を押さえた。
「バルドさん、すごく職人気質な方だったけど、教えるのもすごく親切な方で……そんなすごい方に教えてもらえるなんて……!」
「そうだな。お前の創術にとっても、良い経験になるはずだ」
エリアスは冷静に言いながらも、ツムギの嬉しそうな表情を見て、(やはり楽しそうな方がいい)と内心で思っていた。
「ぽぺぺ!(すごい であい!)」
ぽてもツムギの肩の上で楽しそうに跳ねる。ツムギは改めて受注書を手にし、ぎゅっと握りしめた。
「なんだか、もっと頑張ろうって思えてきました……!」
エリアスはその言葉を聞き、ふっと微かに口角を上げる。
「そう思うなら、しっかり学んでこい」
ツムギは大きく頷いた。期待に胸を膨らませながら、ツムギは再び受注書を大事にしまった。
「エリアスさん、本当にありがとうございました!」
改めて頭を下げると、エリアスは「当然のことをしたまでだ」といつものように淡々と答えた。
「それにしても、最近ツムギはずいぶん忙しそうだな」
「えへへ……実は、いろいろあって……」
ツムギは嬉しそうに笑いながら、最近の出来事を簡単に話す。ぽてがぽぺぺっと合いの手を入れながら、ツムギが創術の仕事に夢中になっている様子を伝えると、エリアスは「まあ、君らしいな」と小さく微笑んだ。
「エリアスさんは? 最近はどんな感じですか?」
「変わらない。師の仕事を手伝いながら、契約の仕組みについて勉強している」
「エリアスさん、いつも忙しそうですよね……お体には気をつけてくださいね!」
「君に言われるとはな」
エリアスはわずかに口角を上げながら、ツムギの肩で揺れるぽてに目をやる。
「ぽぺ! (エリアスも しっかり たべる!)」
「……心配されるとは思わなかったな」
エリアスが淡々と返すと、ツムギは笑いながらぽてを抱き上げた。
「ぽても、エリアスさんがちゃんと食べてるか気になるみたいです」
「余計なお世話だ」
エリアスは呆れたように言いつつも、どこか満更でもなさそうだった。
その後、ツムギとエリアスはしばらく雑談を交わしながらギルドの入り口へ向かい、外へ出た。
「実は、今日ここに来たのは職人さんを探すためだったんです」
「職人を?」
エリアスが少し眉を上げる。ツムギは歩きながら、考えていたことを素直に話し始めた。
「今までは、自分の手でできる範囲で作ってきました。でも、最近、それが限界になってきたんです。透輝液やアタッチメントもどんどん広がっていますが、全部を私ひとりで作るのは、もう追いつかなくて……」
ツムギは少し足を止めて、空を見上げる。
「だから、ただの協力者じゃなくて、同じ目線でものづくりをしてくれる仲間を探したくて」
エリアスは黙ってツムギを見つめた後、ふっと目を細めた。
「……そうか」
それだけ言うと、彼は少し思案するように視線を遠くへ向ける。
「ブランドもできたことだし、そろそろ“工房”という枠を超えてもいい頃合いかもしれないな」
「えっ?」
ツムギは驚いたようにエリアスを見る。
「今の商業制度では、職人の多くは工房や商会に属している。しかし、お前のように複数の技術を組み合わせて新しいものを生み出す者にとって、それだけでは限界があるだろう」
エリアスは静かに続ける。
「工房を拡大する手もあるが、それでは職人という枠からは抜け出せない。むしろ、これからのものづくりの形を考えるなら、“創舎“を立ち上げるという選択肢がある」
「創舎……?」
ツムギは聞き慣れない言葉に首をかしげる。
「工房が“職人個人の技術”を基盤とした場であるのに対し、創舎は“志を共にする者たちが集い、技術と発想を共有する場”だ。単なる作り手の集まりではなく、より自由に、新しい価値を生み出す組織の形とも言える」
「……そんな仕組みが?」
「まだ始まったばかりで、確立されているわけではない。しかし、今の工房や商会の枠組みだけでは、お前のやろうとしていることは収まりきらなくなる。そう遠くない未来、お前の技術や発想を軸にした“創舎”を作る必要が出てくるだろう」
ツムギはその言葉を聞いて、少し考え込んだ。
(工房や商会の枠を超える……? 私が?)
今まで考えたこともなかった。でも、確かに、最近やりたいことが増えてきて、ひとりで抱えきれなくなっているのも事実だ。
「……まだピンとこないですけど」
ツムギはぽつりと呟きながら、エリアスを見上げた。
「でも、もしそういう未来があるなら、考えてみてもいいかもしれません」
エリアスは静かに頷いた。
「いずれ考えなければならない時が来るだろう。お前が成長すればするほど、な」
「……はい!」
ツムギは力強く頷くと、再び歩き出した。
最後まで読んで下さりありがとうございます!
本日は22時から23時の間にもう一度投稿します