061. ツムギの悩みとジンのアドバイス
3月11日1回目の投稿です
工房の中は、心地よい木の香りと、道具が擦れる音が響いていた。朝の光が窓から差し込み、作業台の上の道具を柔らかく照らしている。
ツムギは手元の材料を見つめながら、作業を進める手をふと止めた。考え事をしているうちに、指先の動きが止まってしまっていた。
ぽてはそんなツムギの様子をじっと見つめ、肩の上で「ぽぺ?」と首をかしげる。ツムギが工房で作業をしながら、こんな風に考え込むのは珍しい。ぽてなりに心配しているようだった。
「……対等に意見を言い合える職人、かぁ……」
ぽつりと呟くと、ぽてが小さく揺れる。
「ぽてぃ……(ツムギ ちょっと お悩み中)」
ツムギは、ぽての毛を指先で軽く撫でながら、もう一度考え込んだ。
誰かと一緒に作ることが必要だと分かっていても、なかなか踏み出せない。今までは一人で作ってきた。お父さん――ジンと同じ工房で働いてはいるけれど、やっぱりツムギのものづくりは、自分だけの感覚で進めてきた部分が大きい。
(でも、このままじゃいずれ限界が来る……前世でも、作ったものが次々に売れて嬉しかったけど、気づけば仕事と製作に追われて寝不足になって、ボロボロになっちゃったもんな……はぁ、あの時は本当に余裕がなくて、作ることすら嫌になったっけ。もうあんなふうに追い詰められるのはごめんだな……)
分かっているけれど、どうしたらいいのか分からない。
そんな風に考えを巡らせていると、隣の作業台から低く響く声が聞こえた。
「ツムギ、どうした?」
木材を削る手を止め、ジンがツムギの方を見やる。彼はいつも通り穏やかな表情だったが、その瞳には確かな気遣いが滲んでいた。
「ん……ちょっと考え事……」
ツムギがぼんやりと答えると、ジンは軽く顎を上げる。
「仕事のことか?」
ツムギは少し迷ったあと、「うん」と頷いた。
「POTENのコレクションケースを作るのに、私だけじゃ手が回らなくて……でも、職人さんに頼むって言っても、誰に頼めばいいのか分からなくて……」
言葉にしながら、改めて自分の悩みを整理していく。ぽてもツムギの肩の上で、小さく揺れながら耳を傾けていた。
ジンはしばらく黙ってツムギの言葉を聞いていたが、やがて口を開いた。
「職人ってのはな、技術だけが全てじゃない」
「え?」
「考え方や価値観、どんな想いで作るかってのも大事だ」
ツムギは、じっとジンの言葉を聞く。
「お前が一緒に作りたいと思える相手を探すのが、一番じゃないか?」
ツムギはハッとしたように目を瞬かせる。
「……一緒に作りたい、かぁ……」
「それにな、視点が違う人間がいれば、新しい発想も生まれる」
ジンは作業台の上に手を置きながら、穏やかに続ける。
「ツムギ、お前はものづくりが好きだろう? でも、一人の考えだけじゃ、見えないものもある」
「……」
「だからこそ、自分とは違う視点を持った職人と組むことで、新しいものが生まれるかもしれない。そういう相手を探すっていうのも、面白いもんだぞ?」
ツムギはじっと考え込む。
(私と違う視点を持った人……)
「ぽぺぺ……(ツムギ だれと つくる?)」
ぽてがふわっと揺れながら、興味深そうに呟く。
ツムギはぽての頭を軽く撫でると、ゆっくりと口を開いた。
「……そっか。確かに、私一人で考えてばかりじゃなくて、違う視点を持った人と一緒に作ることで、新しい発見があるかもしれない……」
「そういうことだ」
ジンは微笑むと、再び手元の作業に戻る。
「まぁ、焦らずにじっくり探せばいい。お前が信頼できる相手が見つかるといいな」
ツムギは静かにその言葉を噛み締めた。
(……そうだね。焦らず、でもちゃんと探してみよう)
一緒に作れる相手、自分と違う視点を持っていて、それでも大切なものを共有できる人。
――そんな職人が、きっとどこかにいるはず。
ツムギは深く息を吸い込むと、改めて作業に向き合うために、道具を手に取った。
すると、ジンがふと思い出したように付け加える。
「そういうことなら、職人ギルドに行ってみたらどうだ?」
「職人ギルド……?」
「職人の紹介もしてるし、仕事を探してる腕のいい職人がいるかもしれない。もしかしたら、ツムギに合う人が見つかるかもしれないぞ」
ツムギは目を丸くしながら、なるほど、と考えた。
(確かに、職人さんを探すなら、そういう場所に行って色んな人をみるのもありかも……)
ぽても「ぽぺ!」と小さく跳ねた。
「確かに、それはいいかも。行ってみようかな」
「焦らずにな。お前が納得できる相手を見つけるのが、一番大事だからな」
ジンはそう言って、また静かに作業に戻った。
ツムギはその言葉を胸に、次の行動を決める。
(……まずは職人ギルドに行ってみよう)
新たな一歩を踏み出す決意をしながら、ツムギは作業台に向かい、今日の仕事を再開した。
次の日、ツムギは早速職人ギルドへ行ってみることにした。
「お父さん、ちょっと行ってくるね!」
作業台に向かっていたジンが顔を上げ、ツムギに穏やかに頷く。
「おう、焦らずにな。じっくり見てこいよ」
ツムギは頷き、肩に乗ったぽてを軽く撫でる。
ぽてが小さく跳ねるのを感じながら、ツムギは工房の扉を開け、元気よく外へと飛び出した。
本日はこの後22時までにもう一話投稿予定です。
第一章、もう少しで書き終えられそうです!夢中で書き殴っているので、気づけば100話近くになっているのですが、章ごとにしっかり区切りをつけて、物語がスッキリ進むようにしていくつもりです。未完で終わることはないので、どうぞ安心して読んでくださいね!