056. 贈り物大作戦決行 02
3月9日2回目の投稿です
幾日かたった後、ツムギは魔導列車に乗り、エリアスとイリアに贈り物を届けることにした。
魔導カードを改札の魔法陣にかざすと、ふわりと温かい魔力の風がツムギの指先を包み込む。独特の感触にいつもながら驚き、ぽてを抱えて乗車口へ向かった。
扉が開くと、ツムギはさっそく窓際の席に腰を下ろす。ぽては膝の上で丸くなり、車内の心地よい静けさに満足げに小さく揺れた。
「二人とも気に入ってくれるといいなぁ……」
列車がゆるやかに加速し、地上を離れる。森の上空を抜け、丘陵地帯を滑るように進む車窓の外には、光と影が織りなす美しい風景が広がっていた。
小一時間ほど乗ると、遠くに城下町の駅が見えてきた。白い建物が並ぶ街並みが、魔導列車の軌道を反射してきらめいている。
「もうすぐ到着かぁ……」
ツムギはそっと包みを抱きしめた。
城下町の駅を降りると、そこには賑やかな喧騒が広がっていた。
石畳の道を行き交う人々、華やかなバザールの露店、果物や香草の甘い香りが混ざる空気。耳をすませば、楽器の音がかすかに聞こえ、市場を歩く人々の笑い声が重なっていく。
「賑やかだね、ぽて」
「ぽぺぇ……♪」
ぽてはツムギの腕の中で心地よさそうに揺れながら、露店の並ぶ通りを見回していた。色とりどりの布が並ぶ店先、焼きたてのパンが並ぶ屋台、魔法道具を扱う職人の露店。どこを見ても活気に満ちていて、つい足を止めたくなる。
けれど、今日の目的は別だ。
証契の塔へ行き、エリアスに会うのだ。
塔に着くと、ツムギは大きな扉の前で深呼吸をし、そっとノックをした。
「創術屋のツムギです。エリアスさんにお渡ししたいものがあって……」
受付の女性が微笑み、帳簿にさらりと記入する。
「エリアス様ですね。少々お待ちください」
塔の奥へと続く廊下を通り、彼女は軽やかに足を進めていった。ツムギは少しの緊張とワクワクを胸に、エリアスが来るのを待つ。
しばらくすると、規則正しい足音が響き、すらりとした長身、深い青に近い黒の髪、端正な顔立ちを持つ青年——エリアスが姿を現した。
「来てくれてありがとう。こちらへ」
そう言って、ツムギを塔の奥の部屋へと案内する。エリアスの案内で、ツムギは証契の塔の奥の部屋へと入った。
整然とした書棚、書類が積まれた机、無駄のない配置。相変わらず、エリアスらしい部屋だなぁ……と感心しつつ、ツムギはそっと包みを差し出した。
「これ、エリアスさんに渡したくて……!」
そう言って包みを開こうとした、その瞬間——
バサッ!
「わわっ!?」
手が滑って包みがするりと落ち、床に転がる。
「ぽぺっ!?」
慌てて拾おうとしたツムギだったが、ぽても同時に飛び出し、ふわふわの体で包みを追いかける。
コロコロ……ぽふっ
「ぽぺぇ……♪」
ぽてがまるで転がる雪玉のように、包みと一緒に床を滑っていった。
ツムギは急いで追いかけようとするが——
「……っ!」
滑り込もうとした足元がもつれ、ガタンッ! と机の端にぶつかる。
「いたた……」
その一連の流れを、エリアスは (……いつもながら慌ただしいな) と思いながら、静かに見ていた。
ため息ひとつ。
「ツムギ、落ち着け」
「はいっ!」
姿勢を正しながら、ツムギは胸を張る。
「えーと、これは、エリアスさんに使ってもらいたくて作りました!」
ぽては「ぽぺー♪」と誇らしげにツムギを見上げている。どうやら、自分が転がりながら包みを守ったつもりらしい。
エリアスはそんな様子をじっと見つめ——
「……君は、本当に面白いな」
そう呟いた。
ツムギが「?」と首をかしげるが、エリアスはそれ以上何も言わず、受け取った包みを開いた。
古い木の枝に透輝液を垂らし、透明なガラスのような質感の中に、苔や魔力草が閉じ込められている。
光を当てると、透輝液がわずかに煌めき、まるで小さな森を閉じ込めたような幻想的な仕上がりになっていた。
エリアスは、静かに指先を滑らせる。
「……これは?」
「エリアスさん、いつも書類がいっぱいだといっていたから、ペーパーウェイトを作ったんです!」
ツムギは得意げに説明する。
「ただの重しじゃつまらないから、小さなテラリウムみたいにしてみました! 透輝液の中に苔と魔力草を閉じ込めて、光に当たるとほのかに輝くんです!」
エリアスは無言のまま、光の角度を変えながら眺める。確かに、机のランプの光を受けた透輝液の中で、封じ込めた植物がかすかに煌めいていた。
「……悪くない」
ぽつりと、それだけ呟く。
ツムギはホッとしながら、もう一つのこだわりを指差す。
「ここ、見てください! 木の部分に、エリアスさんのイニシャルを刻んでます!」
エリアスが目を凝らすと、そこには控えめに「E.V.」の文字が刻まれていた。
「……シンプルだな」
「むっ……! 私だって、落ち着いたデザインも作れるんですよ!」
ツムギが少し頬を膨らませると、エリアスはふっと微かに口角を上げた。
「意外だな」
言葉とは裏腹に、その指先はじっくりとテーブルウェイトの表面を確かめている。
すると——
ふわっと、透輝液の中が淡く光った。
「あっ、そうそう! これ、ちょっと面白い仕掛けがあって……!」
ツムギは思い出したように説明を続ける。
「封入する素材に謎の召喚石を入れたんです。今のところ召喚術には使えないみたいなんですけど、ほんの一瞬だけ魔力を受けると光るんですよ! だから、ワンポイントにしてみました!」
……そう言ってから、ツムギはしまったと思った。
謎の召喚石を入れた、などとわざわざ言うべきではなかったのでは——?
慌ててフォローを試みる。
「え、えっと! 謎の召喚石って言っても、私とぽてとハルくん、それからナギとお揃いなんです!だから、何かあっても怖くないですよ!」
「……お揃いだから怖くないとは」
エリアスは冷静に指摘するが、その目はわずかに笑っていた。
(あれ……? もしかして、お揃いってところを喜んでる?)
ツムギはそう思うことにした。
エリアスは無言でペーパーウェイトを見つめる。
透輝液の雫の中に封じ込められた小さな魔石が、淡く、儚げに光る。まるで、小さな星が閉じ込められたかのように——。
そして、静かに目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「……いいな」
それは、エリアスなりの最大の賛辞だった。
ツムギはぱぁっと笑顔になり、ぽてをぎゅっと抱きしめる。
「ぽぺぇ♪」
嬉しそうに揺れるぽてを見ながら、ツムギはほっと息をついた。
「えへへっ、よかったぁ!」
「ぽぺぇ♪」
ぽても嬉しそうに揺れながら、ペーパーウェイトをじーっと見つめている。
「……ぽて、それはエリアスさんのだよ?」
「ぽぺぇ……?」
「貸す気はないぞ」
エリアスは淡々と言いながら、ぽてをひょいっと持ち上げ、ツムギの腕の中へ戻した。
「ぽぺぇぇぇ……」
未練たっぷりなぽてを見て、ツムギは思わず笑ってしまう。
「ぽても気に入ったみたいですね!」
エリアスは「まったく」と呆れながらも、どこか微かに口元が緩んでいた。
こうして、ツムギの贈り物はエリアスの手に渡った。エリアスのデスクの上には、新しい景色が生まれ、透輝液の雫が静かに光を受けて揺れていた——。
エリアスとの雑談は、彼らしい淡々としたものだった。
ツムギは自分の仕事のことを話し、エリアスはそれに対して簡潔な意見を述べる。ぽては相変わらずエリアスのデスクの上を興味津々で眺め、何度か「ぽぺっ」と鳴いたが、エリアスはその度に無言でぽてをツムギの腕に戻していた。
「そろそろ、お仕事の邪魔しちゃいけないので……行きますね!」
「そうしてくれ」
「……ちょっとくらい惜しがってくれてもいいのに」
ツムギがむくれると、エリアスはわずかに口角を上げる。
「では、次はもう少し静かに来ることだな」
「うっ……がんばります!」
そう言ってツムギはぽてを抱き直し、証契の塔を後にした。
本日は22時までに3回目の更新をします。
昨日の後書きに反応をくださり、ありがとうございます!読んでくれている方が本当にいるんだ…!と嬉しくなると同時に、どこか夢のような気持ちです。
これからも更新を続けていきますので、飽きるまででも、気が向いたときでも、ゆるりとお付き合いいただけたら嬉しいです。