052. POTENベーシックライン
3月8日1回目の投稿です
工房の空気が、次の展開への期待と興奮でふわりと色づく。
イリアはテーブルの上に一枚の紙を広げ、手早くペンを走らせた。
「さて、高級ラインは予想以上の反響だったわね。」
イリアは満足そうに微笑む。「これでPOTENのブランド価値はしっかりと確立された。となれば、そろそろ次の段階に移るべき頃よ。」
ジンは腕を組みながら「ベーシックラインか」と呟いた。
ツムギも息をのむ。以前話し合った計画ではあったが、こうして実際に動き出すとなると、胸の高鳴りを抑えられない。
「ええ、そろそろ売り出すわよ。」イリアは軽やかに宣言する。「透輝液を使ったパーツやアタッチメントを、より多くの人に手に取ってもらう時が来たわ。」
ツムギは小さく頷きながら、手元のアクセサリーを見つめた。POTENの名前がついたアイテムは、特別な顧客向けに少量生産する。それとは別に、大量生産可能なベーシックラインを展開し、広く普及させる。この二本立ての戦略が、ブランド全体のバランスを取る鍵になるのだ。
「今回は、知り合いの工房と提携して、大量生産できるよう調整してあるわ。」イリアは紙をめくりながら説明を続ける。「販売ルートは、一般の商店やバザール。ターゲットは幅広い層。価格帯も抑えめに設定するわ。」
「POTENの名は?」ジンが尋ねると、イリアは迷いなく答えた。
「つけないわ。」
ツムギは驚いて顔を上げた。「えっ?」
「POTENの名を持つものは、あなたが直接作るものだけ。そう決めたでしょう?」
イリアは微笑みながら言う。「これはあくまで、アタッチメントや透輝液の利便性を広めるためのラインよ。ブランドの価値を維持するためには、手に入るものと、手に入らないものを明確にすることが大切なの。」
「なるほどな。」ジンは納得したように頷く。「POTENの名前を特別なものにするためには、広げすぎるのも考えものってわけか。」
「そういうこと。」イリアは優雅に肩をすくめる。「それに、最初の高級ラインが話題になった今なら、『この技術を気軽に試せる』というベーシックラインは、より多くの人に手に取ってもらえるわ。」
ツムギはそっと透輝液のパーツを手に取る。たしかに、透輝液やアタッチメントは誰もが使える形になってこそ、本当の価値を持つ。
「これなら、私の作った技術が、もっと多くの人の役に立つかもしれない……!」
ツムギが小さく感嘆の声を漏らすと、イリアは少し考えるように視線を落とし、次の言葉を続けた。
「ただし、透輝液がツムギのものだと証明するために、『透輝液正規品』としての刻印を入れるべきね。」
「えっ、そんなこともできるの?」
「ええ。小さな刻印を入れて、正規品とそうでないものを区別するの。こうしておけば、万が一模倣品が出たとしても、一目で本物と偽物の違いがわかるわ。」
「……そっか!」ツムギは目を輝かせる。「透輝液の品質を守るためにも、それは大事かも!」
「それに、刻印があることで、工房や商人たちにも『本物』という証拠を示せる。信用を築くためには、そういう細かい部分が重要なのよ。」
ツムギは改めて透輝液の可能性を実感しながら、小さく頷いた。イリアの考えは本当に的確で、先を見据えている。
「さぁ、次はこれをどうやって市場に広めるか――具体的な販売戦略を詰めていくわよ。」
新たなステップに向けて、工房の空気はさらに活気づいていった。
イリアは透輝液の入ったアタッチメントを手に取り、静かに指先で回しながら言葉を続ける。
「POTENの高級ラインは、今のところ順調ね。だけど、これは限られた人のための特別なもの。ベーシックラインは、もっと多くの人に広めることが目的よ。」
ツムギは真剣な表情で頷く。「うん……でも、具体的にどうやって?」
「いくつか方法は考えられるわ。」イリアは手際よくメモを取り出し、指を一本立てる。「まず、小売店に卸して広く流通させるのが一つ。」
「なるほど……。」
「次に、私のアクセサリー店でカジュアルなアイテムとして取り扱う。既存のお客様の中には、手頃な価格のアイテムを求める人も多いから、確実に売れるわ。」
ツムギはイリアの言葉に驚きつつも、その計画の緻密さに感心する。
「そして最後に……」イリアは少し意味ありげに間を置き、ツムギを見つめる。「ここから先は、私に任せてもらってもいいかしら?」
「え?」ツムギは思わず目を瞬かせる。
「ちょうどベーシックラインの管理を任せようと思っている子がいるの。商売の勘は鋭く、流通の知識もある。こういう仕事にはぴったりの子よ。」
「……へぇ……!」
ツムギは驚きつつも興味を惹かれたようにイリアを見つめる。
「あなたと年も近いから、きっと話しやすいはず。近いうちに紹介するわ。」
「どんな人なんだろう……。」ツムギは少しドキドキしながら呟く。
「ぽぺ!(たのしみ!)」ぽてがふわふわと跳ねながら、期待に満ちた声を上げる。
ジンは腕を組みながら、そんな二人の様子を微笑ましそうに見守っていた。
「まぁ、どんなやつかは会ってみねぇとな。」
「うん!」ツムギはこくりと頷き、新しい出会いへの期待を膨らませる。
こうして、POTENブランドのベーシックラインも本格的に動き出きだした。
少し遅くなってしまいましたが、投稿します。
明日は10時までと22時までに2度投稿予定です。