表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/148

004. ふかふか素材の実験室 01

 次の日、ツムギは作業台の上にポシェットをそっと置いた。

 ハルの“宝物”を守るための、ふかふかポケットをつくること――

 それが今日のミッションだ。


 「……ふかふかで、でも大事なものをちゃんと守れる生地かぁ」


 ツムギは悩んでいた。

 ふわふわしてるだけじゃ足りない。

 硬すぎたら、やわらかい羽や花びらは守れない。


 独り言をつぶやきながら、ツムギは考え込む。

 ふわふわしてるだけじゃダメだし、逆に硬すぎると柔らかいものが傷ついてしまう。


「……お父さんなら、何か知ってるかも?」


 ツムギは工房の奥を覗き込んだ。

 ジンは作業台の前で木材を削っており、細かい木屑が静かに舞っている。


「お父さん、ちょっと相談があるんだけど……」


 ジンは手を止め、振り返る。


「おう、どうした?」


 ツムギはノートを抱えながら、説明を始めた。


「ハルくんのポシェットに、壊れやすいものを守るポケットを作りたくて……できるだけふわふわで、でも衝撃を和らげられる生地ってないかな?」


 ジンは顎に手を当て、少し考える。


「……ふわふわなら、ミストウールがあるな。霧羊毛とも呼ばれるやつで、軽くて柔らかく、空気をたっぷり含んでる」


 ツムギはメモを取りながら、首をかしげる。


「でも、それだとふわふわすぎて、守る力が弱い気がするんだけど……」


 ジンはくすっと笑い、手元の工具を置いた。


「だったら、スライムのジェルを使ってみたらどうだ?」


「スライムのジェル?」


「スライムは、衝撃を受けるとそのエネルギーを分散させる特性がある。

 スライムそのままだと扱いづらいが、適量を混ぜれば、しなやかさを保ちつつ弾力もつけられるかもしれないな」


 ツムギは目を輝かせた。


(衝撃吸収……!そういえば、異世界に来る前に見たことあるな……)


 前世の記憶がふと頭をよぎる。

 確か、衝撃を吸収するシートみたいなものがあったはず。

 強い力がかかると一時的に硬くなるけど、普段は柔らかい──まさに今、必要なものだ。

 ……スライムのジェルをミストウールに染み込ませれば、衝撃を吸収するふかふかの布になるかも!

 ツムギは興奮しながらメモを取り、父を見上げた。


「お父さん、スライムのジェルって、どこで手に入る?」


 ジンは腕を組み、少し考えた後、工房の奥の棚を指さす。


「確か、前に少しだけ仕入れてたのがあるはずだ。試しに使ってみるか?」


 ツムギは頷きながら、道具を揃え始めた。


「うん!試作してみる!」


 ジンはそんなツムギを見て、微笑む。


「なるほどな……ツムギ、お前、本当に創術屋そうじゅつやになるつもりなんだな。

 昔のお前なら、『ふわふわの生地が欲しい』って言って、それで終わってた。

 でも最近は、どうすればより良くできるかを考えてる」


 ツムギは、少し照れくさそうに微笑んだ。


「……ハルくんが喜んでくれるにはどうしたらいいかなって、考えてただけだよ」


 ジンは満足そうに頷き、手元の木片に戻る。


「なら、試してみるといい。失敗しても、それが次に繋がるからな」


 ツムギは「うん!」と元気よく返事をし、作業台に向かう。


 ツムギは袖をまくり、作業台の上に材料を広げた。

 ジンが棚から取り出してくれたスライムジェルは、小さな瓶に入っていて、とろんとした透明な液体がゆっくりと揺れている。


「これがスライムジェルか……思ったよりプルプルしてるなぁ」


 瓶のふたを開けると、ほんのり甘いような、不思議な匂いがした。

 ツムギは指先で少し触ってみる。

 指を押し込むとゆっくり沈み、離すと元の形に戻る。

 この弾力が衝撃吸収のカギになりそうだ。


「ふふ、これをうまく布に馴染ませられれば……」


 ツムギは、もう一つの材料であるミストウールを手に取った。

 霧のようにふわふわの羊毛で、空気をたっぷり含んでいる。

 柔らかく温かみのある手触りが心地よい。


「さて……まずは、このスライムジェルをミストウールに染み込ませてみようかな」


 ツムギは、いつもの実験ノートとペンを手に取り、実験を開始した。


 試しに、少しずつジェルを垂らしながら、ウールを揉み込んでみる。

 ジェルが羊毛に絡みつくと、ゆっくりと浸透していく。


「おお……なんか、いい感じかも?」


 ツムギは期待しながら、軽く布を握りしめてみた。

 すると──


 びちゃっ……!


 ジェルが染み込みすぎて、指の間からぽたぽたと滴り落ちる。

 羊毛はびしょびしょになり、まとまりがなくなってしまった。


 ツムギは、指に絡みつくジェルを見つめながら、小さく息をついた。


 「……うまくいかないなぁ……」


 ハルの期待が頭をよぎる。

 ツムギの胸の奥に、小さな不安が波紋のように広がった。


 (私、ちゃんと“形”にできるかな)


 ──“ただ直す”だけじゃなく、“ハルの願いを守る”って、思ってたよりずっとむずかしい。


 (でも……やってみたい。創術屋として)


 ツムギは思わず肩を落とす。

 スライムジェルの量が多すぎたのか、布全体がベタベタしてしまい、クッションどころかただの濡れた布になってしまった。


「うーん……ジェルの量を減らせばいいのかな?」


 今度はほんの少しだけジェルを垂らし、優しく揉み込んでみる。

 しかし、染み込みが足りないのか、布の表面にジェルが固まってしまい、ところどころ硬くなりすぎる部分ができてしまった。


 ミストウールのふわふわ感を残しつつ、スライムジェルを均等に馴染ませるにはどうすればいいのか?

 ツムギは手元の濡れたウールを見つめながら、小さく息をついた。


「試作、一回目は失敗かぁ……」


 ふと顔を上げると、ジンが少し離れた作業台で腕を組んでこちらを見ていた。


「お前さん、失敗したな?」


 ツムギは苦笑しながら、濡れた布を広げる。

 ジンはくすっと笑いながら歩み寄ると、ツムギの作業台を覗き込む。


「さて、どうする?」


 ツムギは悩みながら、もう一度スライムジェルとミストウールを見比べた。


──試作は、まだ始まったばかりだ。


 ツムギは、作業台の上に広げた濡れたミストウールをじっと見つめた。

 スライムジェルを染み込ませすぎるとベタベタになり、少なすぎると均等に馴染まずに硬くなってしまう。


「うーん……スライムジェルの量を調整するだけじゃ、うまくいかないなぁ」


 頬に指を当て、じっくり考える。


(ミストウールのふわふわ感を残したまま、スライムジェルを均等に馴染ませるには……)


 考えを巡らせながら、ふと前世の記憶がよぎる。


(確か……液体を湿らせたいときって、直接かけるんじゃなくて、霧吹きで均等にするとか……)


 ツムギはハッとした。


「そうか! スライムジェルをそのまま布に染み込ませるんじゃなくて、もっと均等に広げる方法を考えればいいんだ!」


 ツムギは工房の棚を探し、小さなガラス瓶と細い金属管を取り出した。

 これは、布用の染料を調合するときに使う霧吹き道具だ。

 染料で穴が詰まらぬように、すこし大きめの穴が空いている。


「これでスライムジェルを細かく霧状にできれば……」


 ツムギは小さな瓶にスライムジェルを少しだけ入れ、水でほんの少し薄めてみた。

 そして、金属管を差し込み、軽く押してみる。


 シュッ、と霧が布に舞った。

 ふわっとした手触りと、ぷにっとした感触が、指先に心地よく伝わってくる。


 「……これなら、いけるかも!」


 ぽても、うれしそうにふわふわと揺れた。


 ツムギは試作布を胸に抱きながら、にっこりと微笑んだ。


 「ハルくんのポシェット、きっと今までよりずっと丈夫で、

ずっと“特別”なものにするんだ」


 ──そう思ったそのとき。

 工房の窓の外で、風が一段と強き木の枝の揺れる音がした。


 「……風、強そうだね」


 ツムギの声に、ぽてが小さく鳴いた。


 「ぽぺ」


 (……鋭利なものにも強い生地探さなくちゃ!)


 ツムギはぽてを見て、小さく笑った。

 次の挑戦は、すぐそこにある。

今日も最後まで読んでくれてありがとうございます。

ツムギの世界図鑑(この物語の設定を書いている小説です)の中の「ツムギの実験ノート」に本日の実験の詳細を載せています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ