048. POTENTIALとPOTEN
3月6日1回目の投稿です
証契の塔で正式に商標登録が完了したと知らせを受けたとき、イリアは「思ったより早かったわね」と軽く驚いた。ヴェルナーがよほど頑張ったのかと思ったが、ツムギの同級生が光の速さで処理したと聞き二度驚いた。
そして、アタッチメントや透輝液を共同名義にしたという話を聞き、さらに意外に思ったが、それもまたツムギらしい。
ツムギは気づいていないかもしれないけれど、この商品は確実に多くの人を巻き込み、軌道に乗ればブームを引き起こす可能性を秘めている。こういう商品を扱えるのは、実に久しぶりでワクワクする。
商標登録はものづくりにおいて大きな一歩ではあるものの、それだけでは十分ではない。どれほど優れた商品でも、売り方を間違えれば埋もれてしまう。市場に出すからには、適切な宣伝と販売ルートを確保しなければならないし、類似品や競争相手の動向も見極める必要がある。
ツムギの発明は確かに素晴らしい。でも、それを世に広め、適正な価値で売ることができるかどうかは、商人である私の腕にかかっている。
「さて、次は市場に出す準備ね。」
イリアはそう呟きながら、工房の扉を軽く叩いた。
ツムギが手を拭きながら迎え入れると、ジンが作業台の横で腕を組み、イリアの訪問を静かに見守る。ぽては「ぽぺぺ!」と楽しげに跳ねながら、いつものようにツムギの肩へよじ登った。
「商標登録は済んだし、次は市場に出す準備をしなきゃね。」
イリアは工房の中央に視線を向け、アタッチメントの試作品が並ぶ作業台を見渡した。
「ただ商品を作るだけじゃダメよ。売るためには、ブランド名をつけて、印象に残るものにしないと。」
ツムギはきょとんとした顔でジンの方を見るが、ジンは「商人の領分だからな」と頷きながら黙っている。
「そ、そうなんですか……?」
「当然よ。市場には似たような商品がたくさんあるでしょう? でも、ブランド名と見た目がしっかりしていれば、それだけで価値が上がるわ。」
ツムギは考え込むようにアタッチメントを見つめる。
「うーん……どんな名前がいいんだろう?」
イリアは腕を組みながら「あなたの名前を生かすのもいいし、ぽてをもじるのも面白いわね」と提案する。
ツムギはぽてを撫でながら、ぽての柔らかい毛並みを指でなぞる。
「私の名前……ぽて……。」
「ぽぺ?」
ぽてはくすぐったそうに小さく跳ねる。
「何か、ふわっと広がる感じがいいよね。」
「ふむ、広がる……可能性があるものだな。」
ジンがぽつりと呟くと、ツムギは「可能性……」と口の中で繰り返した。
そして、ふと閃いたように顔を上げる。
「POTEN……!」
「ほう?」
イリアが興味深げに目を細める。
「ぽての名前をもじりつつ、『Potential(可能性)』の意味も込めたの。」
ツムギは自信なさげに言うが、ジンは「悪くねぇな」と頷いた。
「いいわね、ツムギ。短くて覚えやすいし、意味も素敵よ。」
イリアが満足げにメモを取る。
「よし、じゃあPOTENに決定ね!」
ぽてが「ぽぺぺ!」と嬉しそうに跳ね、ツムギの肩にしがみつく。
「決まったー!」
ツムギが笑顔を見せると、ジンも静かに微笑んだ。
「ブランド名が決まったら、次はパッケージよ。商品をそのまま並べるだけじゃダメ。しっかりとしたケースに入れないと、高級感が出ないわ。」
「えぇっ、ケースも必要なんですか!?」
「もちろんよ。特にアクセサリーは、最初の見た目が重要だからね。」
イリアは考えるように顎に手を当てる。
「何かいい素材はないかしら……?」
その言葉に、ツムギはハッと気づく。
「……あ! ミストスライムウール!」
イリアとジンが同時に視線を向ける。
「ミストスライムウール?」
「前に作った特殊な布なんです。ふわふわしてるけど衝撃を吸収するし、スライムの粘液を使ってるから、包んだものに優しくフィットするんです!」
ツムギはすぐに棚から試作品を取り出し、イリアの手に渡した。イリアは指先で軽く触れながら、その質感を確かめる。たしかに、しっとりとした手触りでありながら、弾力がある。
「……悪くないわね。これなら、繊細なアクセサリーをしっかり保護できる。」
イリアは満足げに頷き、ジンも腕を組みながら感心したように唸る。
「ツムギ、ケースも作るのか?」
「縫製の技術はあるけど、細かいデザインとかは、ホビーナに勤めている幼馴染のナギのほうが上手だと思う……!」
「なら、連絡を取ってみなさい。きっと彼女も興味を持つはずよ。」
イリアの言葉に、ツムギは大きく頷く。すぐに魔導手紙を取り出し、ナギに相談の手紙を書くことにした。
「ぽぺ!(なぎ!)」
ぽては嬉しそうに跳ねながら、ツムギの肩の上で小さくくるくると回る。
「ナギが協力してくれたら、もっと素敵なケースが作れそう!」
ツムギは期待に胸を膨らませながら、魔導手紙を封筒に入れた。
イリアはそれを見守りながら、ゆっくりと微笑む。
「POTENの準備は、着実に進んでいるわね。」
ブランド名、パッケージ、販売戦略――すべてが整えば、いよいよ市場に出る日が来る。
工房の中には、これから始まる新しい挑戦への期待が満ちていた。
本日は22時までにもう一話投稿します!