047. 工房での雑談
3月5日3回目の投稿です
ハルはしばらく書類を見つめたまま、ぎゅっとポシェットを握りしめていた。
(ぼくなんかが、こんな大事なものの契約をしてもいいのかな……。)
でも、ツムギお姉ちゃんは「ハルくんがいたからこそ」と言ってくれた。
証契士のエリアスさんも、「功績を正しく残すための契約だ」と言ってくれた。
――だったら。
「……わかった!」
ハルは小さく息を吸い込み、しっかりと頷いた。
その顔には、最初の戸惑いとは違う、はっきりとした決意が宿っていた。
エリアスがペンを差し出す。
「ここに、君の名前を書いてくれ。」
ハルはペンを受け取り、書類の端に記された自分の名前の欄を見つめる。
(……よし!)
ペン先を震えさせながらも、一文字ずつ慎重に、自分の名前を書き記した。
少しぎこちない文字だったけれど、そこには確かな意志が込められている。
「ぽてぃ!(しょーめい!)」
ぽてが嬉しそうに飛び跳ね、ハルの肩の上でくるくると回る。
「えへへ、ありがと、ぽて。」
ハルは少し照れくさそうに笑った。
エリアスはその様子を見つめながら、心の中で密かに思う。
(……面白い子だな。)
最初は不安そうだったのに、ツムギの言葉で一気に表情が変わった。
この素直さと真っ直ぐさは、彼の強さなのかもしれない。
「いいサインだ。」
エリアスはそう言いながら、ハルの書いた名前を確認し、契約書の表面に手をかざす。
「それでは、正式に契約を成立させる。」
彼の指先からほのかに青白い魔力が灯り、契約書の上に魔導刻印が施される。
魔法の光が紙の表面をゆっくりと滑り、契約が正式に登録されたことを示す印が刻まれていく。
「これで、透輝液は正式に君たちの発明として証明された。」
エリアスが穏やかに告げる。
「……すごい……。」
ハルは契約書を見つめながら、小さく呟いた。
ただの紙だったものが、今、正式な証明となったのだ。
彼の名前も、ツムギお姉ちゃんの名前も、そこにはっきりと刻まれている。
「これで、一緒に作ったものがずっと残るね!」
ツムギが嬉しそうに笑いながら、ハルの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「うん……!」
ハルも小さく笑って、力強く頷いた。
ぽては「ぽてぃー!」と元気いっぱいに跳ね回る。
エリアスは静かに契約書を閉じながら、満足げに頷いた。
「これで、正式な手続きはすべて完了した。おめでとう。君たちの発明は、今日から正式に『残るもの』になったよ。」
ハルはその言葉を聞いて、じんわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。
(ぼくが作ったわけじゃないけど……ぼくの名前が、ここに残るんだ。)
それは、彼にとって初めての経験だった。
自分が何かに貢献し、それが形として残るということ。
ツムギお姉ちゃんと一緒に作ったものが、これから先、誰かの役に立つかもしれない。
それが、なんだかとても誇らしく思えた。
「……ありがとう、ツムギお姉ちゃん。証契士さん。」
ハルは深く頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう、ハルくん!」
ツムギが明るく微笑む。
エリアスも「証契士さん、か」と小さく笑いながら、「エリアスでいいよ」と軽く肩をすくめた。
契約が無事に終わり、ツムギはほっと一息つきながらお茶の準備を始めた。
「せっかくだから、お茶にしよう! 今日は特別だから、焼き菓子もあるよ!」
「ぽてぃ!(おちゃたいむ!)」
ぽては嬉しそうに跳ねながら、テーブルの上の湯呑みにちょこんと座る。
ハルも少し緊張が解けたのか、素直に「いただきます」と言って湯呑みを手に取った。
エリアスも書類を整理し終え、軽くため息をつきながら椅子にもたれる。
「さて……。せっかく集まったことだし、何か面白い話でもしようか?」
「お、いいじゃねぇか。ちょうど仕事モードが抜けるタイミングだしな。」
ジンも腕を組みながら微笑ましく頷く。
「じゃあ、ツムギお姉ちゃんの学院時代の話とかどう?」
ハルが興味津々に身を乗り出した。
「うぐっ……!? え、えっと、それは……!」
ツムギがあたふたする中、エリアスがゆったりと笑みを浮かべながら話し始めた。
「学院時代のツムギは、とにかく『ものづくりへの情熱』がすごかった。」
「えぇ……。」
ジンが苦笑いしながら湯呑みを置く。
「たとえば、授業の課題で『簡単な機構を作る』というものがあった時、本来なら歯車ひとつで済むものを、ツムギは異常なまでに改良して、最終的に『動く人形』を作り上げていたな。」
「そ、それは……だって、動いたら楽しいかなって思って……!」
ツムギがもじもじしながら言い訳するが、エリアスは「ふむ」と肩をすくめる。
「まぁ、教授陣は驚きを通り越して呆れていたけどね。結局、『課題の範疇を超えているから不可』という謎の理由で減点されたし。」
「なんで!? せっかくすごいの作ったのに!」
ハルが驚いたように叫ぶと、ジンも「ほんとになんでだ?」と眉をひそめる。
「どうやら、他の生徒の意欲を削ぐから、とのことだったらしい。まぁ、ツムギはお構いなしに次の作品を作っていたけど。」
「えぇぇ……。」
ツムギは顔を真っ赤にしながら俯く。
「その時期の私は生徒会の副会長として、学院の秩序を守る側だった。」
エリアスがさらりと言うと、ジンが「お前、生徒会だったのか?」と驚いたように眉を上げる。
「ええ。生徒会長は優秀な高貴族の子息だったが、実務のほとんどは私が担当していたからね。」
「すげぇな……。」
「いや、本当にすごかったよ!」
ツムギが勢いよく顔を上げる。
「生徒会の仕事だけでも大変なのに、さらに学業トップで、証契士の勉強までしてたの! しかも、エリアスさんが本気を出した時は、先生よりも怖いって噂があったんだから!」
「それは聞いたことある!」
ハルが目を輝かせながら頷く。
「えっ、ハルくん知ってるの?」
「うん、学院出身の人が街にいるんだけど、その人が『生徒会のエリアス副会長は、書類を一枚出し忘れただけで貴族の子息だろうが容赦なく叱った』って言ってた!」
「うわぁぁぁ……!」
ツムギは、エリアスがクールな顔で淡々と叱っている様子を想像して、思わず身震いした。
「ふむ、それは当然のことだよ。」
エリアスは軽く肩をすくめる。
「私は、生徒会としての仕事を全うしただけだ。」
「いやぁ……でも、先生より怖いって言われるのは、どうなんだろう……。」
「エリアスさん、優しいけど、怒らせたら怖そう……。」
ハルが小さく呟くと、ジンが「まぁ、普段から厳しそうな雰囲気はあるよな」と笑う。
「さて、そんな私の話よりも、ハルくんの最近の『冒険』とやらの話も聞きたいな。」
エリアスが興味深そうにハルに視線を向けると、ハルは「えっ!」と驚きつつも、少し誇らしげに胸を張った。
「えっとね、この前、リュカたちと一緒に、森で『冒険』をしたんだ!」
「ほう、どんなことを?」
「えっと……ただの拾い物探しなんだけど……!」
ハルは照れくさそうに笑いながらも、ポシェットの中から小さな石を取り出した。
「これ、なんかね、夜になるとほんのり光るんだ!」
「ほう……?」
エリアスが興味深そうにその石を手に取り、光にかざして観察する。
「確かに、不思議な質感だな。」
「これ、夜になると青白く光るんだよ! ぼくたち、これを見つけた時、すっごく盛り上がって……!」
ハルはその時の様子を楽しそうに語る。
「リュカが『これはきっと魔法石だ!』って言い出して、セラが『違うわよ、ただの蛍石じゃない?』って言って……」
「うんうん。」
「結局、よくわかんないからツムギお姉ちゃんに見てもらおうってことになって、持って帰ってきたんだ!」
「なるほど……。」
ツムギはその石を受け取り、じっくりと観察する。
「これは……たぶん、光霊石かも?」
「光霊石?」
「うん、光を蓄えて、暗くなると発光する性質を持ってる鉱石。魔法石ほどの力はないけど、ランプの代わりに使われたりするよ!」
「えええ! すごい!」
ハルが目を輝かせる。
「リュカたちに教えてあげたら、すごく喜ぶかも!」
「ふふ、それなら、何かに加工してあげようか?」
「ほんと!?」
ツムギが頷くと、ハルは嬉しそうに飛び跳ねた。
「……いやぁ、子どもたちの冒険ってのは、いいもんだな。」
ジンが湯呑みを片手に、微笑ましげに言った。
エリアスも、それに頷く。
「確かに、こういう話を聞くのは悪くない。」
楽しいお茶の時間は、笑いと興味深い話であっという間に過ぎていった――。
今日はきちんと投稿できておらずごめんなさい。
明日も10時までと22時までに2度投稿します!
そして下書きの辻褄があっていない方の文章を載せてしまっていましたのでなおさせていただきました。
重ね重ね申し訳ありません。