042. 納品とイリアの戦略
3月3日2回目の投稿です
イリアは手元の帳簿を軽く叩きながら、淡々と言った。
「まずは、納品分の支払いからするわね。」
そう言いながら、帳簿を開き、さらりと計算をまとめていく。その姿はいつもの冷静沈着な商人の顔だ。
ツムギは思わず姿勢を正し、ジンも腕を組んで聞く体勢に入る。
ぽてもころんと転がり、興味深そうにじっとイリアを見上げた。
イリアは落ち着いた様子で、帳簿をめくる。
「今回の納品分は、アクセサリーにするパーツとアタッチメントを合わせて合計300点。
材料費などを考慮して、支払い額は350万ルクになるわ。」
その瞬間、ツムギの手がピタリと止まった。
「……え?」
ジンも小さく咳払いをしながら、目を見開く。
「350……万!?」
ツムギは目を白黒させながら、イリアを見つめる。
桁を聞き間違えたんじゃないかとすら思った。
「そんな……こんなにいただけません!」
慌てて手を振るツムギだったが、イリアは冷静に、わずかに微笑みながら言った。
「これは商品に対する正当な評価よ。
それに、ここから販売した分の30%の金額を上乗せで支払うわ。」
「……!」
ツムギは言葉を失う。
ぽても「ぽてぃ……(すごいことになってきた……)」と呟くように小さく揺れた。
「大体、アタッチメント一つで3万ルク、パーツ一つで5万ルクくらいの値付けができるわね。」
「えぇぇ……!?」
ツムギは驚きすぎて、ジンの方を見る。
ジンもまた、唖然としつつも冷静に状況を整理している様子だった。
「……そんな高値で売れるもんなのか?」
「ええ、間違いなく売れるわ。」
イリアは帳簿を見ながら、さらに続けた。
「それに、属性がついているようなアクセサリーなら、もっと高くできるかもしれないわね。」
「もっと高く……?」
ツムギは呆然としながら、完成したアクセサリーたちを見つめる。
自分の作ったものが、そんなに価値があるなんて――。
しかし、イリアは涼しい顔でさらに言葉を続けた。
「今回の透輝液のパーツは、ヴィンテージのアイテムを使って作られたものよね。」
イリアはさらりと言った。
「つまり、世界にひとつしかないアクセサリーになるわ。」
「……!」
ツムギは息をのんだ。
「一つとして同じものがないから、コレクター向けの商品としても価値が高いわ。
しかも、『今買わなければ二度と手に入らない』という理由がある。
お客様にとっては、買う決断を後押しする強力な要素になるのよ。」
「なるほどな……」
ジンも納得したように頷く。
「だから高値がつくんですね……」
ツムギは戸惑いながらも、イリアの説明に納得せざるを得なかった。
「もちろん、今後はもう少し価格帯を抑えた、大量生産できるシリーズを作ってもいいかもしれないわね。」
「大量生産……?」
イリアは静かに紅茶を一口飲みながら、さらりと言う。
「まずは、王都の城下町にある私の宝飾店で、大々的に売り出すわ。
もし評判が良ければ……専門店を出そうかしら。」
「せ、専門店!?」
ツムギは驚愕して、思わず身を乗り出す。
ぽてもツムギの肩でびくっと揺れた。
「そ、そんなのありえないですよ!」
「ありえない?」イリアは微かに微笑む。「私は必ずそうなると思っているわ。」
その自信に満ちた言葉に、ツムギはぐっと言葉を詰まらせる。
ジンも静かに頷きながら、しっかりとツムギを見た。
「……まぁ、こいつがここまで言うってことは、本当にそれくらいの価値があるんだろうな。」
ツムギは、イリアの言葉の重さを感じながら、そっと拳を握った。
(私のものづくりが、そんな風に評価されるなんて……)
イリアのディープグリーンの瞳がツムギをまっすぐに見つめる。
「さて、ここからは今後の話をするわね。」
ツムギはごくりと喉を鳴らし、ジンも腕を組み直した。
ぽても興味津々といった様子で、ころんと転がりながらイリアを見つめる。
「まず、アタッチメントと透輝液の商標登録を済ませたら、
次の段階として、大量生産の方は、私に任せてくれないかしら?」
「大量生産……?」
ツムギが小さく呟くと、ぽてが「ぽてぃ?」と首を傾げる。
「ええ。知り合いの工房に頼めば、一定の品質を保ちつつ、安定して生産ができるわ。
もちろん、その場合もあなたの技術を使うことになるから、ロイヤリティとして売上の30%はあなたに支払うわ。」
「30%……!」
ツムギは驚きのあまり、目を見開く。
ぽても「ぽてぃ……(すごい金額……)」と小さく呟く。
「それに加えて、特別なアクセサリーとして、
毎月20個、あなたとジンで作ったパーツとアタッチメントを納品してほしいの。
これは大量生産品とは別の高級ラインとして扱うつもりよ。」
ツムギとジンが作ったアクセサリー。
つまり、手作業でしか作れない、特別な一点物ということになる。
「こちらは、売れた金額の70%をあなたたちに支払うわ。」
「えっ……70%も!?」
ツムギが驚くと、隣で話を聞いていたジンが思わず声を上げた。
「ちょっと待て。いくらなんでも、貰いすぎじゃねえか?」
イリアはそんなジンを涼しげな表情で見つめ、さらりと言った。
「これは投資よ。」
「投資……?」
「発明者が作ったものが欲しいという人は、必ずいるわ。特別なアクセサリーとして、これは間違いなく奪い合いになる。だからこそ、その価値をしっかり反映させるべきなのよ。」
ジンは腕を組んだまま、難しい顔をしながらも納得したように頷いた。
「……まぁ、確かに。オレたちの手で作る数は限られてるからな。そうなると、価値は自然と上がるってことか。」
「その通りよ。」
イリアは静かに微笑むと、ツムギを見た。
「この条件で良ければ、正式に利益契約を結びましょう。」
ツムギは改めて、イリアの提案を噛みしめた。
大量生産の方はイリアに任せ、自分たちは特別なアクセサリーを作る。
そして、どちらにもロイヤリティが発生し、しっかりと利益が保証される。
ぽてがツムギの肩の上で、そわそわと揺れた。
「ぽてぃ……(こんなすごい話、大丈夫かな?)」
ツムギは、小さく息を整えると、しっかりと頷いた。
「……お願いします。契約を結びます!」
「ええ、決まりね。」
イリアは満足そうに頷き、
静かに、しかし確実に新たな商売の展開が始まった――。
明日もまずは朝の10時までに一話投稿します