041. イリアの評価
遅くなりました。3月3日1回目の投稿です
数日前、ツムギはイリアに向けて、アクセサリーが完成したことを知らせる魔導郵便を送っていた。あれから仕上げの細かな調整や検品を進め、ついに納品の準備が整った。
そして迎えた今朝。
ツムギは作業台いっぱいに並べたアクセサリーを、一つひとつ丁寧に確認していた。透輝液のパーツの仕上がりは問題なし。アタッチメントの装着感も良好。指輪のサイズ調整もスムーズにできる。
「うん、大丈夫そう!」
満足げに頷いたその時――
コンコン、と扉が叩かれた。その直後、静かに開かれ——
落ち着いた足取りでイリアが姿を見せた。
深いワインレッドの髪を後ろでまとめた彼女は、ディープグリーンの瞳で工房を見渡し、並べられたアクセサリーに視線を留める。
「予定通り仕上がったようね。」
淡々とした口調ながら、その言葉には、ツムギの仕事をしっかり見極めようとする真剣さが滲んでいた。
「イリアさん、お待ちしてました!」
ツムギは笑顔で迎えながら、完成したアクセサリーを並べたテーブルへと手を向ける。
「これが今回の納品分です。透輝液のパーツを活かして、いろんな種類のアクセサリーを作りました。指輪にイヤリング、ネックレス、それから万年筆の装飾やヘアアクセサリー、ブローチも……」
イリアは静かに座り、まず手近にあった指輪をひとつ手に取る。
透輝液の透明な輝きを確かめるように光にかざし、次にそっとアタッチメント部分に指を添えた。慎重に、そして的確に装飾を取り外し、別のものと付け替えてみる。
「……なるほどね。」
彼女の細い指が、滑らかにアタッチメントを開閉する。金具の噛み合わせがしっかりしていることを確認すると、静かに目を細めた。
「これは……すごいわね。」
滅多に感情を表に出さない彼女が、思わず漏らした言葉だった。
ツムギは少し驚きつつも、イリアの反応を興味津々で見つめる。
「前にあなたが言っていた、付け替えができるアクセサリーのアイデアは聞いていたけれど……実物を手にすると、その価値がよくわかるわ。」
指輪だけでなく、イヤリング、ネックレス、マントどめも手に取りながら、次々と試していく。アタッチメントは簡単に付け替えられ、それでいてしっかり固定される絶妙な仕組み。
「お客様が気軽に装飾を楽しめるし、一度買った人が追加のパーツを求めてまた店に来るわね。」
彼女の目が商売人としての鋭い光を帯びる。
「市場に出せば、間違いなく話題になるわよ。」
ツムギは少し照れながら、それでも嬉しそうに微笑んだ。すると、イリアの表情が急に真剣なものに変わる。
「これ、きちんと商標登録しておいた方がいいわよ。」
「えっ?」
ツムギは思わずイリアを見つめた。
「アタッチメントの仕組みは他にはない。つまり、これはあなたの発明よ。利益をしっかり管理しないと、いずれ誰かに真似されるわ。」
「……!」
ツムギは自分の手元のアクセサリーを見つめる。確かに、アタッチメントはジンと一緒に試行錯誤して作り上げた仕組みだ。
「透輝液も同じよ。まだ試作段階かもしれないけど、この素材は宝石のように美しく、それでいて割れない。市場に出せば、間違いなく価値のあるものになるわ。今のうちにしっかりと商標登録して、あなたの技術として守るべきね。」
ツムギは驚いたようにぽかんとする。
「そんなに……?」
ぽても「ぽてぃ……(すごいことになってきた)」と小さく呟いた。
「ええ、それだけの価値があるということよ。」
イリアは静かに微笑んだ。
イリアの言葉にツムギが驚いていると、工房の奥からジンが姿を現した。
「なるほどなぁ……確かに、その手の話ならヴェルナーさんに相談してみねぇとな。」
手拭いで軽く額の汗を拭いながら、ジンは深く頷く。彼はすでに大体の話を聞いていたようで、ツムギの発明が本格的に商売として価値を持つことを理解したらしい。
イリアはそんなジンを一瞥すると、ふと口角を上げた。
「ところであなた、腕が上がったんじゃない?」
「ん?」
ジンは少し眉を上げる。
「このエンブレムを指輪にするなんて、正直びっくりしたわ。加工の仕方を変えたのね?」
「ああ、いろいろ試したが、結局、一度細長い長方形にしてから曲げるのが一番しっくりきたんだよ。これならサイズ調整もしやすいし、素材の強度も保てる。」
そう言いながら、ジンは完成した指輪を指で弾いて見せる。小さな金属の音が響き、透輝液の装飾が光を受けて優しく輝いた。
「ふぅん……なるほどね。」
イリアは改めて指輪を手に取り、じっくりと眺める。すると、テーブルの隅でぽてがころりと転がりながら、ぽつりと呟いた。
「ぽてぃ~(ジン、ツムギのためにたくさん徹夜してた!)」
ジンは一瞬固まり、ツムギが「えっ?」と驚いた表情で父を見た。イリアは、ふふっと小さく笑う。
「そう……そういうところは変わらないのね。」
「……別に、たまたま作業に熱中してただけだ。」
ジンは少しバツが悪そうに咳払いをするが、ツムギはその言葉を聞いて、胸がじんわりと温かくなった。
(お父さん、私のために頑張ってくれてたんだ……)
そんなツムギの様子を察したのか、イリアは何も言わずにそっと紅茶のカップを手に取った。
おもむろに一口飲み、静かにカップを置くと、ディープグリーンの瞳がツムギを見据える。
「じゃあ、ここからは商売の話をするわね。」
場の雰囲気がすっと引き締まる。
ツムギも姿勢を正し、ジンも腕を組んで話を聞く体勢に入る。ぽては小さくころんと転がり、興味深そうにじっとイリアを見上げた。
本格的な商売の話が、今始まる――。
本日は22時までにもう一話更新予定です。
シリーズに入っている、ツムギの世界図鑑の中にツムギの発明品についての説明エピソードを公開しました。




