003. ツムギとハルのポシェット計画
ツムギはノートを開き、ポシェットをじっと見つめた。
これは、創術屋として受ける初めての“本気の依頼”だ。
「うーん、例えば……今のポシェットで困ってることとか、もっとこうだったらいいのになーって思うことってある?」
ハルは少し考えてから、答えた。
「……すぐに穴が空いちゃうから、丈夫だといいな」
ツムギは頷きながら、ノートに「穴が空きやすい」とメモを取る。
「そっか。どうして穴が空いちゃったの?」
ハルは少しバツが悪そうにポシェットを見つめた。
「……ぼく、いろんなもの拾うのが好きで……木の実とか、きれいな葉っぱとか、面白い形の石とか……この前、森で見つけた木の枝がちょっとトゲトゲしてて、それをポシェットに入れたら、穴が空いちゃったんだ」
ツムギはくすっと笑いながらメモを取る。
「なるほどね。ハルくんの宝物だね」
ハルはちょっと照れたように頷いた。
ツムギはポシェットを見つめ、慎重に穴の位置を確認した。確かに、布が引っ張られて裂けたような跡がある。
「そっか……じゃあ、そういう尖ったものとかを入れる専用のポケット……硬めの布でできた小さなポケットを作るの。そうすれば、穴が空かなくなるかも」
ハルの目が少し輝いた。
「それ、とってもいいアイデアだよ!」
ツムギはにっこりと笑って、ペンでノートに小さなポケットのイラストを描き込んだ。
「他にも、何か入れたいものはある?」
ハルはしばらく考えてから、小さな声で言った。
「森で見つけた、ふわふわの羽とか……すぐに崩れちゃう、透明な花とかを入れるポケットも欲しいな」
ツムギは「壊れやすいものを守る」とメモを取りながら、考え込んだ。
「よし、じゃあ、やわらかいもの専用のふかふかのポケットを作ろう!」
ハルの表情がぱぁーっと明るくなる。
「それ、すごくいい!」
ツムギはノートに「硬いもの用のポケット」「やわらかいもの用のポケット」と書き込み、それぞれのアイデアをスケッチした。
「他には?」
ハルはしばらく考え、ポシェットを見つめながら、ポツリと言った。
「……雨の日に濡れちゃうから、中身が濡れなくなるといいな」
ツムギはノートに「防水の工夫」とメモを取る。
「なるほどね。じゃあ、布の表面に水を弾く加工をしてみるのはどうかな?」
「そんなことできるの?」
「うん。たとえば、ロウを染み込ませたり、特別なオイルを使ったり……それに、風紡草を使えば、雨を防ぐ工夫もできるかもしれない。きっとやり方はいろいろあると思う」
ハルの目が期待に輝いた。
「……ツムギさん、すごいね」
ツムギは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう。でもね、ハルくんが色々教えてくれたから、それにあわせて直すだけなんだよ」
ハルは嬉しそうに、ポシェットをぎゅっと抱きしめた。
ぽてがふわりと跳ね、ツムギのノートを覗き込む。
「ぽぺぺ!」
「ぽてもワクワクしてるみたい」
ツムギはノートを閉じ、ハルに向かって優しく微笑んだ。
「じゃあ、ハルくんのポシェットは──拾ったものを守る、特別なポシェットにしよう!」
ツムギがそう宣言すると、ハルはパッと顔を輝かせ、力強く頷いた。
「うん!!ありがとう!」
ツムギはノートを閉じ、風紡草とポシェットを丁寧に作業台の上に置いた。
ツムギはハルを見つめながら、少し申し訳なさそうに言葉を続ける。
「修理にはちょっと時間がかかるんだ。細かい作業もあるし、風紡草をどう使うかも考えたいから……大体、一週間くらいかな」
ハルは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐにポシェットを見つめ、小さく頷いた。
「……一週間……そっか」
ポシェットを手放すのが少し寂しそうにも見える。ずっと大切にしてきたものだから、きっと手元にないのは心細いのかもしれない。
ツムギは優しく微笑みながら言った。
「大丈夫、ちゃんと直すから。それに、ただの修理じゃなくて、もっとハルくんにぴったりのポシェットにするからね」
「……うん」
ハルは少しだけ考えた後、ツムギをまっすぐ見つめ、小さく笑った。
「ツムギさんなら、きっとすごいポシェットになりそうだね!」
ツムギはくすっと笑いながら、「もちろん!」と胸を張る。
ジンはそんな二人のやりとりを見守りながら、落ち着いた声で言った。
「じゃあ、完成したら取りに来てもらうことになるな。どこに住んでる?」
「えっと……市場通りの近く。パン屋さんの横の家」
「市場通りか、なるほどな。完成したら知らせに行ってもいいし、時間ができたら様子を見に来てもいいぞ」
ハルは少し迷ったが、ポシェットをじっと見つめてから、「完成するまで待つ!」と力強く答えた。
「よし、じゃあ楽しみにしててね!」
ツムギがポシェットを抱え直すと、ハルは名残惜しそうにそれを見つめた。
「……よろしくお願いします」
「任せて!」
ツムギは笑顔で応えたが、その心の奥に、ふと緊張が走った。
(私、本当に“ちゃんと”直せるかな……)
ハルの笑顔を裏切りたくない。
ただの修理じゃなくて、“ハルの願い”を形にしたい。
──けれど、ツムギにとってそれは、今までにない挑戦だった。
「さて……ここからが本番だね、ぽて」
「ぽぺ!」
──ただの修理ではない。
ツムギが“創術屋”として歩き出す、その最初の一歩。
目の前のポシェットは、まだ静かにツムギを試していた。