038. 新素材と試作開始
3月2日1回目の投稿です
翌日、工房の机の上には昨日作った型――弾型液で作られた円形のモールドが並んでいた。
まずは型がしっかり固まっていることを確認し、問題がないと判断すると、ツムギは息を整えながら、慎重に透輝液を流し込む。透明な液体は型の中にゆっくりと広がり、光を受けて美しく輝いた。
(さて……ちゃんと固まるかな?)
ツムギは属性発光器を手に取り、光属性の光を当てる。透輝液の表面がほのかに輝き、次第に硬化が進んでいく。
1分ほど待ち、そっと指先で触れる。
(……うん、しっかり固まってる!)
慎重に型を傾けながら、中の透輝液を外してみる。
「……!」
思わず息をのむほど、スルリと気持ちよく型から外れた。しかも、表面は驚くほど滑らかで、透明感も抜群だった。
ツムギは型を手に取ったまま、思わず小さくガッツポーズをする。
完全に前世のシリコンと同じ感覚で使え、有害なガスが出ない分、むしろ前世よりも使いやすいかもしれない。
ずっと心の中で「レジンもどき」と呼んでいたこの液体。やっと理想の仕上がりになったことに、ツムギは心の底から喜びを感じた。
「ぽぺぺ!(つるつる! すごい!)」
ぽても興奮気味にぴょんぴょん跳ねる。
ちょうどその時、ジンが工房の奥から顔を出した。
「おお、いい感じにできたみたいだな」
ツムギは手にした液体の固まりを見せながら、満面の笑みを浮かべた。
「うん! しっかり固まるし、型からもスルッと外れる! これなら、どんな形でも作れそう!」
ジンは頷きながら、手に取ってじっくりと観察する。
「なめらかで透明感も抜群だし、すごく綺麗だな。落としても割れないしガラスよりも軽い。これは面白い素材になりそうだ」
ツムギはほっと息をつくと、ふと思い出したように呟いた。
「……でも、この液体の名前、そろそろちゃんと決めた方がいいよね」
『レジンもどき』なんてみんなの前で呼べるわけもなく、ずっと『樹液』と呼んでいたけど、それもなんか違う。
ジンも腕を組みながら考え込む。
「そうだな。新しい素材なら、ちゃんとした名前をつけないとな」
「ぽぺ!(なまえ!)」
ツムギは作業机に向かい、思いつく名前を書き出してみる。
「うーん……透明で、光に当てると綺麗に輝くし……」
ジンも考えながら、ぽつりと呟く。
「晶液ってのはどうだ? シンプルでいいんじゃないか」
「それだと、もともとの樹液の名前っぽいかも」
ツムギは首を振り、さらに考える。
「じゃあ、光樹液とか?」
「うーん、ちょっと硬いな……」
悩んでいると、ぽてがじっと透輝液の固まりを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ぽぺ……(きらきらしてる)」
その言葉に、ツムギの手が止まる。
「……輝く、透明な液体……」
ツムギは紙にさらさらと文字を書いた。
『透輝液』
「……透輝液。どうかな?」
ジンはしばらく文字を見つめ、それから満足そうに頷いた。
「いいんじゃねぇか。シンプルでわかりやすいし、透明感と輝きを表してる」
「ぽぺっ!(いい!)」
ぽても元気よく賛成する。
ツムギは改めて、手の中の透輝液を見つめた。
(この名前で決まりだね)
こうして、新たな素材 『透輝液』 が誕生した。
ふとテーブルの上を見ると、先日実験の際に残しておいた透輝液が目に入る。
光が当たらない場所に置いて、放置した場合の変化を確かめたかったのだ。そろそろ結果を確認しようと、小瓶をそっと手に取る。
「……固まってる!」
透輝液は、晶樹液に月影石を混ぜたもの。透明度も光の光源を当てた時と変わらず、時間が経つと硬化することも確認できた。
「やった……!」
ツムギは思わず小さくガッツポーズをする。
透輝液に染料を入れ不透明になった時、光が届かずに硬化不良を起こすのではないかと心配していたが、杞憂だったようだ。前世では、レジンの硬化不良がアレルギーの原因になり得たため、慎重にならざるを得なかった。だが、この透輝液はしっかりと硬化している。これなら、より幅広い加工ができそうだ。
「よし……!」
ツムギは勢いよく立ち上がる。その様子を見ていたぽてが、ふわふわと跳ねながらツムギの足元をぐるぐる回る。
「ぽぺっ!(いい!)」
ぽては嬉しそうにツムギの膝によじ登ると、小さな体を揺らして催促するようにふにふにと動いた。ツムギの試作が始まると、ぽても一緒に作る気満々だ。
「ふふ、お揃いのマントどめ試作してみようか!」
「ぽてぃ~!(たのしみ!)」
ツムギはそんなぽての様子を見て、ますますやる気が湧いてきた。
ツムギは作業台の上に、透輝液の瓶と、材料を並べていく。桃色の石、バザールで手に入れた「ぽてに似たボタン」と「琥珀色の謎の召喚石」。さらに、棚の奥から、小箱を取り出す。
中には、今までツムギが集めてきたボタンやカボション、ビーズ、細いリボンがぎっしり詰まっていた。手に取ると、どれも思い出が詰まった小さな宝物のように感じる。
「どれを使おうかな……」
ぽてはツムギの手元をじっと見つめたあと、くるりと転がりながら、小さなボタンを一つ突つく。
「ぽて!(これ!)」
ぽてが選んだのは、丸くて少し歪んだ淡いブルーのボタン。ツムギが幼い頃に、初めて作った服に縫い付けようとして、結局うまくできなかったものだった。
「ぽて、これがいいの?」
ぽては嬉しそうに小さく弾む。ツムギは微笑みながら、そのボタンをそっと取り上げた。
「じゃあ、これも入れようね。」
さらに、ハルのために風のイメージを取り入れたくて、風紡草をドライにした小さな葉っぱを選ぶ。ふわりと指先に乗せると、軽く揺れる。
「これなら、ハル君の風とぴったり合うかも。」
ぽてはその葉っぱをじーっと見つめると、「ぽてぃ……(そぉ……)」とそっと息を吹きかけた。葉っぱが微かに揺れ、どこか満足そうにころりと丸くなる。
ツムギはくすりと笑いながら、モールドの準備を始めた。5センチの円型モールドに透輝液を流し込み、均一に広げる。光を受けた液体は、まるで水面のように静かに揺れ、ツムギの手元の明かりを映し込む。
「じゃあ、材料を配置していこうか。」
桃色の石は中心に、ぽてのボタンはそのそばに。琥珀色の召喚石は控えめに端の方へ。ハルのための風紡草の葉っぱは、ふわりと一番上に乗せた。小さなビーズやリボンの切れ端も、バランスを見ながらそっと添える。
ぽては真剣な表情(?)でツムギの手元を見つめ、時々「ぽて!」と小さく鳴いて、ここがいい、これも置きたい、と言わんばかりに転がる。
ツムギはぽての提案を取り入れながら、細かい位置を調整し、すべてのパーツがちょうどいい具合に収まると、深呼吸をした。
「……よし、じゃあ、光属性の光で固めよう。」
属性発光器を手に取り、透輝液の上にかざす。ゆっくりと、淡い光が降り注ぎ、液体がじんわりと硬化していく。
その瞬間、琥珀色の召喚石が、かすかに光を帯びたように見えた。
ツムギはふと手を止めたが、次の瞬間にはその光は消えていた。
「……気のせい?」
ぽては、何かを感じ取ったようにじっと石を見つめる。
けれど、今はひとまず完成したパーツを見て、ぽてと一緒に「うまくできたね!」と喜ぶ方が先だった。
ツムギはモールドからパーツを取り出し、透輝液がすっかり固まったことを確認する。
「できたよ、ぽて!」
「ぽてぃ!(やった!)」
透き通ったパーツの中に、ぽてのボタン、ハルの風紡草、ツムギの思い出の素材たちが、優しく包み込まれるように収まっていた。
ぽては、ころんと転がりながら完成したパーツを見つめ、満足げに小さく跳ねる。
次は、ジンの作ったアタッチメントを取り付ける工程だ。
ツムギは、ぽてと目を合わせてニッコリ微笑んだ。
「お父さんのアタッチメント出来上がったかな?ぽて、一緒に見に行こう!」
本日も22時までにもう一度投稿します。
調子が良かったらもう1話、合計3話投稿できるかもしれないです。