037. 樹液の正体と不思議な木
3月1日2回目の投稿です
翌朝、ツムギは早速、樹液についての手がかりを探るべく動き始めていた。
手桶に入った透明な液体を見つめながら、考えを巡らせる。昨日の実験で、この液体が新しい材料として使えそうなことは分かった。でも、そもそもこの樹液は何なのか? どうして固まるのか? そこをもっと知る必要がある。
(こういう時は、やっぱり素材に詳しい人に聞くのが一番だよね)
ツムギはすぐに思い当たる人物の元へ向かうことにした。
町の一角にある精錬屋。そこは鉱石や魔物の素材を加工し、職人たちが使いやすい状態にする工房だ。奥には大きな炉があり、熱気が漂っている。
ツムギが扉を開けると、ガルスが作業台の向こうで金属を打っていた。火花が飛び散る中、彼はツムギに気づき、軽く顎をしゃくる。
「なんだ、ツムギ。朝から珍しいな」
「おはよう、ガルスさん。ちょっと聞きたいことがあって」
ツムギは手桶を掲げ、中に入った透明な樹液を見せた。
「この樹液について、何か知ってる?」
ガルスは手を止めると、無造作に手桶を覗き込んだ。目を細め、指先で少し掬い、軽くこすり合わせる。
「……ああ、これか」
意外にも、あっさりとした反応だった。
「これ、よく持ち込まれるぞ」
「えっ、珍しいものじゃないの?」
「いや、全然珍しくねぇ。たまに採ってくるやつがいるが、使い道がねぇから、結局売れずに終わることが多いんだ」
ツムギは驚いた。
(あんなに綺麗で不思議な液体なのに……使い道がなかったから、誰も気にしてなかったんだ)
「その木の名前って、何か分かる?」
「ああ、あるぞ。確か……《水晶樹》《すいしょうじゅ》って呼ばれてる」
ツムギははっとした。《水晶樹》――その名の通り、樹液が透明なことからついた名前なのだろう。
「でもなぁ、その樹液も、結局のところただの透明な液体だ。匂いも薄いし、特に薬効があるわけでもねぇ。加工もできないから、みんな採ってきても持て余す」
ガルスの言葉に、ツムギは驚き、森での出来事を話した。木の幹に刻まれたヒビ、そこから滴る樹液。まるで木が応えてくれるように樹液が流れ出したこと。そして、あの場所にたどり着いたのは、ハルの案内があったからだということ。
「……そんな話、聞いたことねぇな」
ガルスは腕を組みながら、ゆっくりと考え込む。
「水晶樹は確かにそこらの森に普通にあるが、森の奥深くに生えてる。お前、本当に森の入り口近くで見つけたのか?」
ガルスはハルとツムギが危険な場所まで行ったのかと心配になり尋ねた。
「うん。入り口からそんなに遠くない場所だったよ」
「そうか。それなら安全面としては問題ないが、森の入り口に生えてるのに誰も気づいてねぇってのは……妙だな」
ガルスは顎を撫でながら、ふと思い出したように呟いた。
「……まぁ、ハルならあり得るかもな」
「ハルくん?」
「あいつ、風の精霊に愛されてる感じがするんだよな。風の流れを読むように道を覚えるし、不思議な場所にたどり着くことがあるって話も聞いたことがある」
ツムギは驚いた。確かに、ハルは道を迷うことなく、まるで森の風に導かれるようにしてあの場所へと向かっていた。
(ハルくんの感覚……もしかして、本当に特別なのかも)
「ま、何にせよ、お前達の見つけた《水晶樹》はちょっと普通じゃねぇのかもしれねぇな。ただ樹液は普通の樹液と変わらないようだし、そもそも危険な液体じゃないから安心しろ。」
ガルスは興味深そうに樹液をもう一度眺めると、ふっと鼻を鳴らした。
「で? そいつをどうするつもりだ?」
「この樹液が月影石の粉を入れると固まる事が分かったから、その性質を使っていろんなものを作ってみたいの。でも、そのためには型取りができる道具も必要で……」
「型取りねぇ……」
ガルスは少し考えた後、作業台の奥へと歩いていき、棚から何かを取り出した。
「これが使えるかもしれねぇ」
そう言ってツムギの前に置かれたのは、淡い青色をした液体の入った小瓶だった。揺らすととろりと動き、指で触れるとぷにぷにとした感触がある。
「《弾型液》《だんこうえき》だ。型取り専用の液体で、弾草の繊維と魔苔のエキスを混ぜて作られてる。流し込むとしばらくは柔らかいままだが、時間が経つと弾力のある型になる」
ガルスが説明しながら、小瓶をツムギに手渡す。
「これなら、細かい部分まで型が取れるし、何度か使い回しもできる。ただし、完全に固めるには一晩くらいはかかるから気をつけろよ」
ツムギは目を輝かせた。
これは完全に前世のシリコンである。小躍りしたい気分だ。探していたものがすでにあるなんて、なんという幸運。
あのレジンもどきを固めた後にスルッと型からはずれるかはまだわからないが、弾型液との出会いに感謝したい。
「ありがとうございます! これなら、あの液体をいろんな形に固められそう!」
「ま、試してみるこったな」
ガルスはぶっきらぼうに言いながらも、どこか楽しそうな表情をしている。
ツムギは型取りの道具を手に入れ、水晶樹の樹液についての知識も深まった。新たな発見が重なり、創作への熱意がますます膨らんでいく。
(早く試してみたい……!)
試作品の完成を思うと、胸が高鳴る。まずは型を作り、レジンもどきを流し込んでみよう。どんな仕上がりになるのか、想像するだけでワクワクする。
はやる気持ちを抑えながらも、ツムギは足早に工房へと向かった。
ツムギは工房に戻るなり、荷物を片付けるのもそこそこに作業台へと向かった。
手桶に入った レジンもどき、ガルスから譲り受けた 弾型液。
(よし……まずは、型を作るところから!)
ツムギは作業台の上を整理し、弾型液の小瓶を手に取る。瓶の中の液体はとろりとした感触で、瓶を傾けるとゆっくりと波打った。
「ぽぺっ!(ぷにぷに!)」
ぽてが興味津々に覗き込む。ツムギは笑いながら、慎重に液を型枠へ流し込んだ。
今回作るのは 円型の型 だ。
大サイズ(約5cm) ……ブローチやマント止め、ヘアアクセサリー向け。
中サイズ(約2cm) ……指輪やイヤリング、ネックレスに適している。
小サイズ(約1cm) ……万年筆のキャップ装飾や細かいアクセントに使えそう。
(このサイズ展開なら、用途ごとにいろんなものが作れるはず!)
それぞれの大きさの元となる円パーツを枠の底に置き、慎重に液を均一に流し込み、空気が入らないようにゆっくりと作業を進める。弾型液は最初はさらさらしているが、時間が経つとぷにぷにと弾力が出てくる。
「よし、あとはこのまま置いて、しっかり固まるのを待つだけ!」
型が完全に固まるには 1日 かかる。それまでに、次の準備をしておこう。
ツムギはぽてを肩に乗せながら、試作品のデザインを考え始めた。
「ハルくんのお揃いのマントどめ……桃色の石をメインにして、ぽてボタンをワンポイントにして……」
紙にスケッチを描きながら、わくわくと胸が高鳴る。
「ぽぺぺ!(楽しみ!)」
「うん、絶対かわいくなるよ!」
こうして、ツムギは試作品に向けての準備を進めながら、型が固まるのを待つのだった――。
明日も午前中1回と22時までの2回更新予定です!