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036. 樹液の実験

3月1日1回目の投稿です

朝日が工房の窓から差し込み、静かに木の床を照らしていた。


ツムギは早朝から工房の片隅に座り、昨日採取した樹液の様子をじっと観察していた。手桶の中で透き通るように輝く液体は、時間が経っても変わらずとろりとしたままだ。


(やっぱり……すぐには固まらないか)


手桶を傾け、樹液の動きを慎重に観察する。ゆるやかに揺れ、光を受けて虹色に輝くその液体は、まるで宝石のようにも見えた。


ぽてがツムギの肩の上でじっと覗き込み、小さく呟く。


「ぽぺ……(昨日と同じだね)」


「うん。でも、これがちゃんと固まるなら、すごく綺麗な仕上がりになると思う」


ツムギは筆を取り、樹液を少しだけ小皿に移してみた。指先でそっと触れると、柔らかく、まだ固まる気配はない。


「月影石の粉を混ぜてみよう」


細かく砕いた月影石の粉を少量、樹液にそっと振りかける。すると、樹液の粘度がわずかに変化し、とろみが増していった。


(やっぱり、粉を混ぜると粘度が変わるんだ)


実験の準備を進めていると、工房の扉が軽く開く音がした。


学院帰りのハルが、元気よく工房に入ってくる。制服の袖をまくり上げ、ポシェットを大事そうに抱えていた。


「おかえり、待ってたよ!」


ツムギが笑顔で迎えると、ハルはワクワクした様子で近づいてきた。


「今日はどんな実験するの?」


「昨日採ってきた樹液が、本当に固まるのかを試してみるんだよ」


ツムギはハルに手桶の中を見せながら説明した。


「今のところ、ただ混ぜるだけじゃ固まらなくてね。たぶん、光が関係してるんじゃないかって思ってる」


ぽてが力強く頷く。


「ぽぺっ!(ぽてもそう思う!)」


ハルも興味津々な様子で樹液を覗き込んだ。


さっそくツムギは小皿に樹液を少量取り、工房の窓辺へ移動する。太陽の光を直接当てながら、じっくりと変化を観察した。


しばらく待ってみたが、すぐに変化はない。


(やっぱり、時間がかかるのかな……?)


ツムギは唇を噛みながら、別の方法を試すことにした。ツムギはノートに記録を取りながら慎重に実験を進めていった。


***


実験ノート:属性光源と硬化の関係


1.実験方法

樹液10:月影石の粉1を混ぜた液体を属性発光器を使い、それぞれの属性の光を当てた場合の変化を確認する。


2.結果

・光属性の光を当てる

1分ほど で樹液が硬化し始めた。

表面は滑らかで透明度が高く、美しい仕上がりだ。

・火属性の光を当てる

光属性ほどの即効性はない。

10分ほどでしっかり固まった。透明感もそこそこ維持されている。

・風属性、土属性、その他…

全く変化が見られず、硬化は確認できなかった。

・闇属性の光を当てる

1分ほどで硬化はしたものの、表面が濁り、不透明な仕上がりになった。

ツルリとした仕上がりではなく、わずかに曇ったような質感。


(現時点では失敗か……でも、マットコーティングには使えるかもしれない)


***


ツムギは記録を取りながら、満足げに頷いた。


「これなら、用途によって使い分けられるね!」


「すごい発見だね!」


ハルも嬉しそうにツムギの横で頷き、ぽても誇らしげに胸を張った。


「ぽぺっ!(ツムギ、天才!)」


「えへへ……」


ツムギは少し照れながらも、ようやく形になり始めた新しい材料に、心の底から喜びを感じていた。

試せることはまだまだある。そこで、ツムギたちは続けて粘度の変化についても調べてみることにした。


***


実験ノート:月影石の粉の量と粘度の関係


1.実験方法

樹液10に対して、月影石の粉を異なる割合で混ぜ、粘度の変化を確認する。


2.結果

・樹液10:月影石の粉1

さらりとした液体。粘度はミルクほど。

細かい流し込み成形、コーティングに適していそう。

・樹液10:月影石の粉3

ややとろみが強くなり、ハチミツ程度の粘度。

普通の流し込み成形に適していそう。

・ 樹液10:月影石の粉5

もったりとした感触。のせた瞬間は形を保つが、時間によってどろっと垂れてくる。

液体を盛って使うのに適していこう。

・ 樹液10:月影石の粉7

かなり固め。まるで粘土のよう。

立体的な造形が可能かもしれない。

・ 樹液10:月影石の粉10

ほぼ固形。形を作る前にすぐにまとまる。

繊細な造形には向かないが、頑丈なパーツ作りには使えそう。


***


ツムギは記録を取りながら、新たな可能性にワクワクしていた。


「粘度を自由に調整できるなんて……! これ、使い方次第でいろんなものが作れるかも!」


ハルも目を輝かせながら、ツムギの手元を覗き込んだ。


「粘土みたいにできるなら、彫刻とかも作れそう!」


「ぽぺっ!(すごい発見!)」


ツムギは頷きながら、さらに考えを巡らせていた。この素材、まだまだ試せることがありそう……!


こうして、新しい材料の可能性を探る実験は、今後も定期的に続いていくのだった。


***


「へぇ、すごいじゃないか」


ツムギたちが実験結果をまとめていると、工房の奥からジンの低い声が聞こえた。ツムギが顔を上げると、ジンが腕を組んでこちらを見ている。


「透明で、粘度を調整できて、しかも光で硬化する素材なんて聞いたことがないな」


そう言いながら、ツムギが作った試作品を手に取り、じっくりと眺める。光の加減で表面がきらりと輝き、ガラスのような美しさを持っている。


「うん、なかなかいい仕上がりだ。だけど……」


ジンは目を細めながら試作品を指で弾いた。


「品質管理はしっかりやらないとな」


「品質管理?」


「そうだ。新しい素材を実用化する前に、まずはこの状態のままでどれくらい保つのか確認しないといけない」


ジンはツムギのノートをめくりながら、説明を続ける。


「すぐに試作品を作るのもいいが、最低でも10日は放置して変化がないか確認したほうがいい。その間に、硬化したものとまだ液体の状態のもの、それぞれがどう変化するのかを記録するんだ」


「10日……!」


ツムギは驚きつつも、なるほど、と頷いた。


(確かに、時間が経っても品質が変わらないかを確かめるのは大事だよね)


「それが済んだら、次は試作だな。まずは自分たちで使ってみるのが一番だ」


ジンはぽてんと試作品をテーブルに戻す。


「たとえば、普段使う道具の一部をこの素材で作ってみるのもいいかもしれない。実際に使ってみないと、本当に使えるかどうかはわからないからな」


「なるほど……!」


ツムギの中で、新しいアイデアがいくつも浮かび始める。


「それともう一つ」


ジンはふっと息をつきながら、ツムギの手桶を指差した。


「そもそも、この樹液が何なのか、調べたほうがいいんじゃないか?」


「え?」


ツムギとハルが同時に顔を上げる。


「新しい素材ってのは、便利なだけじゃダメなんだ。どこから来たのか、どういう性質を持つのか、それを知らなきゃ、いざという時に困ることになる」


「……たしかに」


ツムギは手桶の中でゆらめく樹液を見つめる。


「この木、どれくらいの周期で樹液を出すんだ?」

「乾燥させたらどうなる?」

「水に弱いのか、それとも耐久性は高いのか?」


ジンが次々と問いかけると、ツムギは思わずハッとする。


(確かに、考えてなかった……!)


ただ便利なだけじゃなく、使うためにはもっと深くこの素材を理解しなければならない。


「じゃあ、これからはこの樹液についても調べてみる!」


「よし、その意気だ」


ジンは満足そうに頷いた。


ツムギは改めて、目の前の樹液を見つめる。光を受けて美しく輝く液体――これは、間違いなくものづくりにとって新しい可能性を秘めた素材だ。


(レジンみたいに色石を固められる算段はついたし……)


ひと段落ついたところで、ツムギの頭にある考えが浮かんだ。


(そういえば……)


今回の実験を手伝ってくれたハルに、何かお礼をしなければならないのではないか。ハルがいてくれたからこそ、ここまで順調に進んだのだ。


「ハルくん、今日は本当にありがとう」


ツムギがふと声をかけると、ハルは驚いたように顔を上げた。


「えっ?」


「いろいろ手伝ってくれたお礼に、何か作ってあげようかなって思って」


「え、そんな! ぼく、ただ実験を一緒に見てただけだし……」


ハルは少し照れくさそうに首を振ったが、ツムギは優しく微笑んだ。


「でも、この固まる液体を見つけてくれて、一緒に取りに行ってくれたのはハルくんじゃない?」


ハルの手が、ぎゅっとポシェットのひもを握る。


「それに、ハルくんがいてくれたから、楽しく実験ができたよ。だから、何か欲しいものない?」


ハルは迷ったように、ぽての方をちらりと見つめる。ぽてはそんなハルを見上げながら、ちょこんと首をかしげた。


「ぽぺ……?(ほしいもの?)」


しばらく考え込んでいたハルだったが、やがて小さな声でぽつりと呟いた。


「……ツムギさんと、ぽてと、お揃いの何か……がいいな」


ツムギの目が少し丸くなる。


「お揃いの?」


ハルは恥ずかしそうに頷いた。


「うん。この液体で作った何か……ツムギさんとぽてと、ぼくの三人でお揃いのものが欲しい」


その言葉に、ツムギの心がふわりと温かくなった。


(お揃い……そっか、そういうのが欲しいんだ)


思わず頬がゆるみ、自然とアイデアが浮かんでくる。


「それなら、前にハルくんがくれた桃色の石と、バザールで買ったぽてに似たボタンを使って……お揃いのマントどめを作るのはどう?」


「マントどめ……!」


ハルの目がぱっと輝く。


「それ、すごくいい!」


「ぽぺぺ!(いいね!)」


ぽても賛成するように、ぴょんと跳ねた。


ツムギが考えているのは、小さな円形の枠の中に、桃色の石とぽて型のボタンをレジンで閉じ込めたシンプルなマントどめ。金具をつければ、ハルのポシェットにつけることもできるし、ツムギも自分の道具袋にさりげなくつけられる。


「よし、決まり!」


そう言いかけたところで、ツムギはふと手を止めた。


「あれ……でも、桃色の石って、たしか二つしかなかったよね?」


ツムギは考え込むように呟く。前にハルが拾ったものを分けてくれたが、それぞれが一つずつ持っているはず。三人分作るには、もう一つ足りない。


すると、ハルが「あっ」と声を上げた。


「そういえば、この間、もう一つ拾ったんだ!」


ポシェットの中をゴソゴソと探し、ハルは小さな袋を取り出した。袋の中から転がり出たのは、優しい桃色の輝きを放つ石が二つ。


ツムギは驚きながら、それを手のひらに受け取った。


「……すごい、ぴったり三つある!」


「ね! だから、これで作れるよね?」


ハルが嬉しそうに言うと、ツムギも思わず笑顔になった。


「うん、これで三人分のお揃いが作れるね!」


「楽しみにしてる!」


ハルは満面の笑みを浮かべながら工房を後にした。ツムギはその背中を見送りながら、まるで本当の弟ができたような気分になり、ほっこりとした気持ちに包まれる。


「ぽぺ……(かわいいなぁ、ハル)」


ぽても満足げにツムギの肩の上でころんと丸くなった。


そんな二人のやりとりを見ていたジンは、ふっと優しく目を細める。


「いいコンビじゃないか」


「え?」


「ハルも、お前のことが好きなんだな」


ツムギは少し驚きながらも、照れくさそうに微笑んだ。


「……うん。私も、ハルくんのことが大好きだよ」


そう言って、ツムギはそっと手元の樹液を見つめる。


ものづくりは、人と人とを繋げる。


そんな当たり前のことを、改めて実感するひとときだった。

3月に入りました!今日も穏やかで楽しく一日過ごせますように。

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