035. いざ森へ!不思議な木との出会い
2月28日3回目の投稿です
町の近くにあるこの森は、昼間ならば穏やかで優しい雰囲気に包まれている。木々の葉が風にそよぎ、木漏れ日がきらきらと地面を照らす。小道の脇には色とりどりの草花が揺れ、小さな鳥たちが枝の間を行き来していた。
ツムギは森の中の空気を深く吸い込みながら、前を行くハルの歩調に合わせた。
「森って言っても、こんなに明るいんだね」
「うん。昼間ならね。でも夜になると、もう少し違った雰囲気になるよ」
ハルは慣れた様子で森の中を進んでいく。ツムギもその後に続きながら、ふと気づいた。
(……そういえば、ハルくん全然迷わないな)
入り組んだ木々の間を、まるで何かに導かれるように歩くハル。まるで森の風を読むように、自然と正しい道を選んでいるように見える。
「ねぇハルくん、前にここに来たとき、道は覚えてたの?」
「うーん……なんとなく、かな?」
ハルは少し考え込むように首を傾げた。
「何度も来たわけじゃないけど、風の感じとか、匂いとかでなんとなくわかる気がするんだ」
ツムギは驚きつつも、納得するように微笑む。
(やっぱり、ハルくんの風の感覚って特別なんだなぁ)
そんなことを考えながら歩いていると、突然ぽてがピョンと跳ねた。
「ぽぺっ!(何かいる!)」
ツムギとハルが同時に足を止める。
森の奥の茂みがわずかに揺れた。何かの気配を感じたツムギが慎重に目を凝らすと、そこには――ふわふわの毛玉のような生き物がいた。
まるで綿毛のようにふわふわしていて、淡い緑色の体を持ち、小さな羽をぱたぱたと動かしている。その姿は、ツムギの知るどの動物とも違った。
「な、なにこれ……?」
ツムギが思わず声を漏らすと、ぽてが前に進み、毛玉の生き物と向かい合った。
「ぽぺっ!(こんにちは!)」
毛玉の生き物は、ふわりと宙に浮かびながら、ぽての前でゆらゆらと揺れた。何かをぽわん、と発したように見えたが、ツムギやハルには理解できない。
ぽてはじっとその動きを見つめ、やがて振り返ると、「ぽぺぺ!(ツムギ、ここに何かある!)」と知らせるように跳ねた。
ツムギが視線を向けると、少し奥の方に、他の木々とは違う不思議な木が生えているのが見えた。
「ハルくん、あれ……!」
ハルもその木に気づき、ツムギと顔を見合わせる。
「うん、前にも見たけど……なんかちょっと不思議な感じがするんだ」
「不思議な感じ?」
「うん。前にここに来たときも、なんか見守られているような気がしたんだ」
その言葉に、ツムギは再び木に視線を向けた。
幹は太く、表面には無数のヒビが走っている。よく見ると、そのヒビの隙間から、ゆっくりと樹液が滲み出していた。光を受けて、透明な液体がきらめいている。
ツムギは慎重に近づき、そっと幹の表面に触れた。
――温かい。
ほんのりとした温もりが指先に伝わってくる。まるで、生きているような、何かの意思がそこに宿っているような感覚だった。
「すごく綺麗……」
透明な樹液は、まるでガラス細工のように繊細で、太陽の光を浴びると虹色の輝きを放つ。
ぽてがじっとそれを見つめ、「ぽぺ……(これ、すごく大切なもの)」とぽつりと呟いた。
その言葉に、ツムギとハルはそっと息をのむ。
「なんか……この木、やっぱりこっちを見てるみたいな気がする」
ハルの言葉に、ツムギも静かに頷いた。
ただの木ではない。ただの素材ではなく、何かの意思を持っているような――そんな気がした。
ツムギは、そっと木に向かって言葉をかける。
「……ちょっとだけ、分けてもらってもいい?」
ぽてが「ぽぺぺ!(お願い!)」と小さく跳ねた。
すると、不思議なことに、木のヒビから、静かに樹液が滴り落ちた。
ぽた……ぽた……
それは、まるで木がツムギたちの言葉に応えるように、少しずつ流れ落ちていく。
しかし、それは 「木にとっての一滴」 だった。
大きなヒビの隙間から、ゆっくりと――だが確実に、手桶ほどの量の樹液が流れ出す。
「……ありがとう」
ツムギはそっとその樹液を手桶に受け止めた。
その瞬間、木が静かに揺れたような気がした。
ツムギとハルは、思わず顔を見合わせる。
「ツムギさん……なんか、不思議だね」
「……でも、これからもここに来るときは、一声かけたほうがいいかもしれない」
「ぽぺ……(うん、そうするべき)」
ぽてが神妙な表情で頷いた。
ツムギたちは、改めて木に向かって小さく頭を下げた。
森の不思議な木から樹液を分けてもらったツムギたちは、その場でしばらく様子を見ることにした。
ぽた……ぽた……
手桶の中に溜まった透明な液体は、光を受けて美しく輝いている。ツムギはじっとそれを見つめながら、小さく息をついた。
「これ、本当にレジンみたいに使えるのかな……?」
ふと、ぽてが樹液の入った手桶の縁にちょこんと乗り、興味津々に中を覗き込んだ。
「ぽぺ……(なんか、不思議な感じ……)」
鼻を近づけ、クンクンと匂いを確かめる。
「ぽて、そんなに近づいたら落ちるよ」
ツムギが苦笑しながらぽてを支えた。ぽては満足したようにぴょんとツムギの肩へと戻る。
一方、ハルはしゃがみ込んで、木の根元に残った樹液の跡をじっと見つめていた。
「ねぇツムギお姉ちゃん、この木の樹液ってさ……時間が経つとどうなるんだろう?」
「それ、気になるよね」
ツムギは手桶の中の樹液を指先ですくい、そっと葉の上に垂らしてみた。しばらく待ってみるが、すぐに変化が起こるわけではない。
「……やっぱり、すぐには固まらないんだ」
しばらく観察しても、樹液はとろりとしたままだった。ツムギは唇を噛みしめながら、小さく呟く。
「もしかして、何かが足りないのかな……?」
その時だった。ふと視線を動かしたツムギは、違和感を覚えた。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
「ここだけ、固まってる?」
手桶のすぐ近く、地面に落ちた樹液の一部が、なぜかツルリとした質感に変わっていた。ツムギは慎重に手を伸ばし、固まっている部分を指で触れてみる。
「……なんだろう、この感触……?」
つるりと滑らかで、ほんのり硬い。それは、まるで薄いガラスの膜のような質感だった。
「ツムギお姉ちゃん、どうしたの?」
ハルが近寄ってきて、ツムギの指先を覗き込む。
「ほら、ここ。さっきまで液体だったのに、一部分だけ硬くなってるの」
「えっ、本当だ……!」
二人はじっくりとその部分を観察した。
ツムギが注意深く固まった部分の下にあるものを確認すると、そこには石が埋まっていた。なんとなく見覚えのある、暗い色合いの石。ツムギは指で掘り出し、慎重に持ち上げる。
「この石……なんか見覚えがある……」
指先で転がしてみると、しっとりとした滑らかさと、かすかに冷たい感触がある。月の光を思わせる、独特の質感。
「……あっ!」
隣でハルが、何かを思い出したように声を上げた。
「これ、月影石だよ!」
「えっ、月影石!?」
ツムギの目が見開かれる。
「うん、ガルスさんが言ってた。月影石って、魔力を帯びた鉱石の一種で、光と反応することがあるって」
「そうか……!」
ツムギは手の中の石と、固まった樹液の部分を見比べながら、考えを巡らせる。
「もしかして、この石が樹液を固めた……?」
思いがけない発見に、ツムギの胸が高鳴る。
「でも……おかしいな。ただの月影石じゃ、樹液はすぐに固まらないはず……?」
ツムギは手桶の中の樹液をじっと見つめた。しかし、今のところ、混ぜていない状態では固まる気配はない。
「……もしかして、光も関係してる?」
ツムギはふと、木漏れ日が当たる部分と影になっている部分を見比べた。光の当たる場所の方が、樹液の質感が変わっている気がする。
「……これは、工房に戻ってしっかり試してみるしかないね」
ツムギは月影石を慎重にポケットへしまい、手桶をしっかり抱え直す。
ハルもぽても、期待に満ちた表情で頷いた。
「ぽぺっ!(ツムギ、なんかすごいもの見つけた気がする!)」
「うん……私もそんな気がする!」
こうして、小さな探検隊は森を後にした。
森を抜けるころには、空がすっかり夕焼けに染まっていた。オレンジ色の光が木々の間を照らし、長く伸びた影が地面に揺れる。
ツムギは手桶を抱えながら、工房へ戻ったらすぐに試してみたい気持ちを抑えつつ、小さく息をついた。
「……今日はもう夕方かぁ」
ハルもぽても、少し疲れた様子だ。まだ実験をするには時間が足りないし、焦って試して失敗するのも避けたい。
「試作は明日にしよう。」
ツムギのその言葉に、ハルは少し残念そうにしながらも、こくんと頷いた。
その後、ツムギとぽてはハルを家まで送っていくことにした。
道中、ハルはぽての丸い体を撫でながら、「明日、ぼくも工房に行っていい?」とぽつりと尋ねた。学院が終わったら、工房へ寄る約束を交わし、ツムギは「もちろん!」と笑顔で頷いた。
そうして、ツムギたちはそれぞれの家へと帰っていった。
ツムギたちは、まだ知らない。
この木とのつながりが、これから先のものづくりにとって、どれほど大切なものになるのかを――。
明日は10時までに一度と、22時までにもう一度更新予定です。