034. ハルの学友とツムギお姉ちゃん
2月28日2回目の投稿です
工房を出たツムギとハル、そしてぽては、森へ向かうために町の通りを歩いていた。
町は昼下がりの穏やかな雰囲気に包まれている。朝の喧騒が落ち着き、行き交う人々ものんびりとした足取りになっていた。商人たちは店先で商品の整理をし、軒先の花がゆるやかな風に揺れている。石畳を踏みしめる靴音が響く中、ツムギは肩に乗ったぽてをちらりと見上げた。
「ぽぺぺっ!(冒険の始まり!)」
ぽては小さな体を弾ませ、嬉しそうに跳ねる。ツムギは苦笑しながら、その興奮を受け止めるようにぽての背を軽く撫でた。
「ぽてはワクワクしてるみたいだけど、ぼくたちは拾い物探しだからね?」
隣を歩くハルが、やや呆れたように言いながらポシェットを抱え直す。彼の足取りは軽く、期待と少しの緊張が入り混じったような表情をしていた。
ツムギはそんなハルの横顔を見ながら微笑む。
「まぁまぁ、せっかくの外出だし、のんびり行こうよ」
気分転換のつもりでそう言いながら、町の景色を眺める。穏やかな時間が流れるこの町は、ツムギにとってもすっかり馴染み深いものになっていた。
そんな時、前方から元気な声が聞こえてきた。
「ハルー!」
弾むような声とともに、数人の子どもたちが駆け寄ってくる。ハルと同じくらいの年頃の男の子と女の子、それぞれ二人ずつ。どの子も活発そうで、楽しげな笑顔を浮かべている。
「ハル、今日は遊びに来ないの?」
先頭の男の子が問いかけると、ハルは少し申し訳なさそうに首を振った。
「うん、今日はちょっと森に行くんだ」
「えっ、また魔物探し?」
「ちがうよ! 今日は拾い物探し!」
「拾い物……?」
子どもたちは首をかしげる。そんな彼らの視線を受けながら、ハルはツムギの方を振り返った。
「ツムギさんとぽてと一緒にね!」
その瞬間、子どもたちの視線が一斉にツムギへと向けられる。興味津々な瞳がツムギをじっと見つめ、次の瞬間、女の子の一人が嬉しそうに声を上げた。
「あれ? もしかして、お姉ちゃん?」
ツムギは驚いて思わず瞬きをする。
「えっ!?」
「ハルのお姉ちゃん?」
「え、いや、私は──」
慌てて否定しようとしたが、ハルは少し考えるように口をつぐんだ。そして、少しの沈黙の後、ぽつりとつぶやく。
「……お姉ちゃん、みたいなもの?」
ツムギはその言葉に目を見開いた。
ハルは視線を少しそらしながら、ポシェットのひもをぎゅっと握る。
「だって、ツムギさん、ぼくのこといろいろ気にかけてくれるし……ぽてもいるし……なんか、お姉ちゃんみたいだなって」
「ぽぺっ!(ぽてもいるから!?)」
ぽてが思わずツッコミを入れるが、ツムギはそれどころではなかった。胸の奥がじんわりと温かくなる感覚が広がる。
「そっか……お姉ちゃん、かぁ……」
ぽつりと呟くように言いながら、ツムギは自然とハルの頭を撫でていた。くしゃっと柔らかい髪が指先に触れ、ハルが少し驚いたようにツムギを見上げる。
「じゃあ、そういうことにしようかな」
ツムギがそう言うと、ハルは少し照れたように、それでも嬉しそうに頷いた。
「うん!」
そのやりとりを見ていた子どもたちが、一斉に「へぇ~!」と興味津々な声をあげる。
「ハルにはお姉ちゃんがいたんだ!」
「いいなー、お姉ちゃん!」
「ねぇねぇ、ツムギお姉ちゃんってどんな人?」
「うん、ツムギお姉ちゃんはね、ものづくりがすっごく上手なんだよ!」
ハルが自慢げに言うと、子どもたちが「すごい!」「それって魔法?」と次々に盛り上がる。
(なんか……すごく自然に、お姉ちゃんになっちゃった!?)
ツムギは少し困惑しながらも、楽しそうに話すハルを見て、ふっと微笑んだ。
「ぽぺぺっ!(ツムギ、ついにお姉ちゃんになった!)」
ぽてが誇らしげに胸を張る。
「それじゃあ、ツムギお姉ちゃんとハルはどこ行くの?」
「森にね、大事な拾い物を探しに行くんだ!」
「へぇ~、なんか楽しそう!」
「気をつけてね!」
子どもたちは手を振りながら、また遊びに行ってしまった。
ツムギとハルは顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑う。
「……じゃあ、お姉ちゃんと一緒に森に行こうか!」
「うん!」
そんな何気ないやりとりが、ツムギにとっても、ハルにとっても、どこか特別なものに感じられた。
昼下がりの空は澄み渡り、穏やかな風が頬を撫でる。遠くで鳥のさえずりが聞こえ、町の喧騒が次第に遠ざかっていくのを感じながら、ツムギは深く息を吸い込んだ。
「やっぱり、町の外って気持ちいいね」
ふと、そんな言葉がこぼれる。
「うん、ぼく、森は好きだよ」
ハルが前を歩きながら振り返る。
ツムギたちが進む道は、よく踏み固められた整備された小道だった。町の人々が薪を集めたり、ハーブを採取するために使う道で、大きな木々が日差しを和らげるように枝を広げている。
「ハルくん、森にはよく来るの?」
「うん、週に何回かはね。魔物が出るから、あんまり奥までは行けないんだけど……それでも、町の近くにはいろんな植物や果実があるから、採りに来ることが多いんだ」
ハルは楽しそうに言いながら、足元の道端に生えている草を指さした。
「これね、ティリア草って言って、お茶にすると風邪をひいたときにいいんだよ」
「へぇ~、薬草にもなるんだね」
ツムギがしゃがみ込み、指で葉をなぞると、ほのかに甘い香りがした。
「ぽぺっ!(ふむふむ)」
ぽても興味深そうに覗き込むが、突然何かに気づいたようにぴょんと跳ねた。
「ぽぺぺっ!(あれ!なにかある!)」
ぽてが駆け寄ったのは、道の端に落ちているキラキラした小石だった。
「お? これは……」
ツムギが拾い上げてみると、それは小さな透明な石だった。光を浴びると虹色の輝きを放つ。
「なんか綺麗な石だね」
「たぶん、川の上流で取れる光石のかけらだよ。雨が降った後に流されてくることがあるんだ」
「へぇ~、光石っていうのかぁ」
手のひらで転がしながら眺めていると、ぽてが「ぽぺぺっ!」と何かを訴えるように跳ねた。
「ぽぺぺっ!(ツムギ!それぽてにちょうだい!)」
「えっ? ぽて、それいるの?」
「ぽぺ!(いる!)」
なんだかよくわからないが、ぽてが珍しく欲しがるので、ツムギは小石をぽての前に差し出した。すると、ぽてはぱくっと口で咥え、そのままご機嫌そうに肩の上へ戻った。
「……美味しいの?」
「ぽぺ……(食べ物ではない)」
「でも、嬉しそう」
ハルがくすっと笑う。
そんなやりとりをしながらも、道は徐々に森の奥へと続いていく。
木々の間を抜けると、空が狭まり、森の匂いが濃くなった。湿った土と葉の香りに混じって、どこか懐かしい木の樹液の香りもする。
「そろそろ森の入口だね」
ハルがそう言って足を止めた。
ツムギは周囲を見回しながら、少し緊張した面持ちになる。
「ここからは、少し気をつけながら行こうか」
そう言って、ツムギはハルのポシェットをそっと見やった。
「うん! ぼくが案内するから、ついてきてね!」
ハルは元気よく頷き、ツムギとぽてはその後ろをついていく。
こうして二人と一匹の小さな探検隊は、森のへと進んでいった。