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033. 失敗の連続と新たな素材

2月28日1回目の投稿です

その日、ツムギは朝から頭を悩ませていた。


机の上には試作の跡が散乱している。ガラスの小皿に流し込まれた半透明の液体、隅に転がる失敗作の破片、何本もの使いかけの筆。そして、ツムギの前には、何度も試した様々な接着剤の瓶が並んでいた。


「これも……ダメかぁ……」


目の前の試作品を手に取ると、どこか弾力のある感触が指に伝わる。


ジンに教えてもらった接着剤は、どれもそれなりに使えるのだが……

ひとつは、固まっても少し柔らかく弾力がありすぎる。

もうひとつは、硬化後に濁ってしまい透明感がなくなる。

他にも、もともと接着剤に色がついていて使いづらかったり、大量に使うにはあまりにも高価だったり……


どれも「惜しい」けれど、「完璧なもの」ではなかった。


「はぁ……」


ツムギはペンを置き、机に突っ伏した。


(あぁ~~~前世のレジンがあれば……!)


思わず心の中で叫ぶ。


ツムギは前世でレジンクラフトが大好きだった。

時間で硬化するタイプとLEDライトで硬化するタイプ、どちらも使いこなし、ついには自分でシリコンモールドを作るまでに至った。


(……あのパーツ作りの途中で寝落ちして転生したんだった……)


今なら笑えるが、あの時は本気で完成させる気だったのだ。


「ぽぺぺ……(ツムギ、大丈夫?)」


ぽてがツムギの腕の上によじ登り、心配そうに顔を覗き込む。


「うぅ~~ん、大丈夫じゃない……」


ツムギは机に突っ伏したまま、顔を上げずに唸る。


「私がほしいのは、透明感が抜群で、どんな色でも作れて、粘度も調整できて、時間で固まるタイプと、光で固まるタイプの両方があるもの! なのに!!」


「ぽぺ……(めっちゃ条件多いな……)」


ぽてがじと目でツムギを見下ろす。


「だって、これがないと、アタッチメントを作れないんだもん~~~!!」


ツムギは机に額を押しつけて、ぐりぐりと頭をこすりつけた。


「ぽぺっ!(こすっても出てこないよ!)」


……はぁ。

もう少し探してみるしかないかぁ……なんとか気を取り直して顔を上げた瞬間、工房の奥から低い声が聞こえてきた。


「……くそっ……またズレちまった……!」


ツムギとぽてが同時に顔を向けると、そこには机に向かって険しい表情のジンがいた。

ジンの前には、小さな金属の輪っか――そう、指輪の試作品が転がっている。


「お父さん……?」


「……ああ、ちょっとな……」


ジンはため息をついて、手にしていたヤスリを置く。


「フリーサイズの指輪にするための切り込みは入れられるんだが…… どうしても90度に曲げる時に、エンブレムが歪んじまうんだ」


ツムギは覗き込んでみると、確かに、エンブレムの模様が曲げた部分でわずかにずれている。


「このままじゃ仕上がりが気に食わねぇ……どうするか……」


ジンは頭を抱えたまま腕組みし、深く沈み込んでいき、ツムギもツムギで、自分の課題に戻って深く沈み込む。


ぽてはその間をうろうろしながら困惑していた。


「ぽぺぺ……(やばい、工房が負のオーラに包まれてる……)」


沈黙が落ちた工房に、なんともいえない重苦しい空気が漂う。


そこへ──カランコロン。とドアの開く音がした。


「ツムギさん……?」


ツムギとジンが同時に顔を上げると、工房の入り口でひょこっと顔を出したのは、ハルだった。


工房の中の異様な空気を感じ取ったのか、ハルは小さな声で様子を伺うように呼びかける。


「おお、ハルくん!いらっしゃい!」


ぽてがぴょんっと跳ねながら、ぱたぱたと駆け寄る。


「ぽぺっ!(ハル!)」


「えへへ、約束のやつ、持ってきたよ」


ハルはポシェットの中をゴソゴソと探ると、小さな袋を取り出した。袋の口を開けると、中には色とりどりの小さな石や葉っぱ、キラキラした木の実が詰まっていた。


「ぽぺぺっ!(おみやげ!?)」


「うん、ぽてにいいものあげるって言ってたでしょ? 魔力がありそうなやつ、いっぱい拾ったんだ!」


ハルは得意げに胸を張る。


「わぁ、すごい! ありがとう、ハルくん!」


ツムギがぱっと顔を明るくすると、ぽても嬉しそうに袋を覗き込む。


「ぽぺっ、ぽぺぺ!(どれどれ~!)」


ぽては鼻先を袋に突っ込み、いくつかの石や葉っぱをひっくり返しながら、楽しそうに吟味していた。


「そういえば……ツムギさん、なんか元気なかったけど、大丈夫?」


ハルがぽてにおみやげを渡し終えたあと、ツムギの顔をじっと見つめる。


「あぁ~、それがね……」


ツムギは机の上に散乱した試作品と瓶を指差しながら説明を始めた。


「今、アクセサリーを作るために、石を固める素材を探してるんだけど、なかなか理想のものが見つからなくて……」


「へぇ……?」


ハルはツムギの言葉を聞きながら、じっと机の上を見つめる。


「ぽぺ……(理想が高いからねぇ)」


ぽてがぼそっと呟くように言うと、ツムギはムッと頬を膨らませる。


「だって、透明で、色も自由に作れて、硬化方法が選べて、粘度も調節できるものじゃないとダメなんだもん!」


「ぽぺっ!(ほら、やっぱり高望み!)」


「うぅ~~……」


ツムギが悶えるように机に突っ伏す。


「そっかぁ……」


ハルは少し考え込んだあと、ポシェットを再びゴソゴソと探り始めた。


「ツムギさん、それってこんなのはどう?」


そう言いながら、ハルが取り出したのは──

透明感のある、とろりとした液体が入った瓶だった。


「えっ、これ……?」


ツムギは思わず顔を上げ、興味深げにその瓶を手に取る。


(……この質感、どこかで……?)


指でそっと触れてみると、わずかに粘り気があり、けれどべたつく感じはない。ゆっくりと指を離すと、糸を引くことなく、指先からするりと離れていく。


(これ……もしかして……!?)


「ハルくん、これどこで拾ったの?」

ツムギの声が、少し興奮気味になる。


「えっとね、森の少し入った所だよ! ちょっと変な木から、ポタポタ落ちてたから面白くて!」


ハルがにっこり笑う。

ツムギは目を輝かせながら、ハルのポシェットの中を覗き込んだ。


「ねぇ、その木って、どんな形してた?」


「うーんと、けっこう大きくて、幹にヒビがいっぱい入ってて……その隙間のところから、ちょっとキラキラしてる樹液みたいなのが落ちててね……」


「キラキラしてる……?」


ツムギの頭の中で、ピンとくるものがあった。

もしかするとこれは、理想に近いものかもしれない。でもこの液体は前世のレジンのようにカチカチに固まるのだろうか。


「……ハルくん、これって固まるの?」


ツムギは慎重に尋ねた。


「うーん……ぼくが拾ったやつは、数日経ってるけど、拾った時と同じで液体だよ?」


ハルは首をかしげながら答える。


「そっかぁ……」

やっぱりレジンみたいな性質を持つ液体は今世にはないのだろう……そんなことを考えながら肩を落としていると


「あっ!でもね!」


ハルが何かを思い出したように続けた。


「森にあったやつ、全部が液体だったわけじゃないよ! 固まってるところもあった気がする!」


「えっ!?」


ツムギの目が輝いた。


「それって、どういう状態だった?」


「えーっとね……ヒビ割れから出ていた方は、ポタポタ落ちてたんだけど、その近くの木の幹にくっついてたやつは、乾いてカチカチになってたよ!」


「カチカチ……!」


ツムギはドキドキしながら、再びハルの持ってきた樹液の感触を確かめる。


(もしかして、これは時間が経てば固まるのかも……!?)


「ねぇ、ハルくん。この樹液、持って帰る時に何か変化したりしなかった?」


「うーん……特に変わってないと思うけど……」


ハルは少し考えてから、はっと何かを思い出したように手を打った。


「あ、でもね! 森の木についてたやつ、光に当たってる部分は結構固まっていたかも!光が当たってキラキラして綺麗だなって思ってたから間違いないよ」


「光に……?」


ツムギは息をのんだ。

光……もし、光で硬化するタイプの液体だとしたら……!?まさに私が探してたものに近い!ツムギは心臓の高まりを抑えながら、頭の中で、次々と可能性が浮かび上げる。

もし、これがうまく使えるなら、レジンに近い素材が作れるかもしれない。


「ハルくん。これ……すっごく大事なものかも!!」


ツムギは興奮しながら、ハルの肩をぎゅっとつかんだ。


「えっ、そ、そうなの!?」


「うん! ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いい?」


「もちろん!」


ハルが頷くのを確認し、ツムギは作業台に急いで戻ると、小さなガラスの皿を用意し、そこにハルが持ってきた樹液をそっと垂らした。


「ふむ……まずは太陽光!」


ツムギは皿を持ち上げ、窓際の陽が当たる場所へと移動させた。

透明な樹液に日差しが降り注ぎ、キラキラと光を反射する。


ジンとぽて、ハルも興味津々で覗き込む。


「ぽぺぺ……(固まるのかな?)」


ツムギは期待を込めてじっと観察する。

しかし──


「……うーん、変化なし……?」


しばらく待ってみたものの、樹液はそのままだった。実験は失敗である……。

でも森の中にある液体は固まっているのだから、固まる条件が何かあるのだろう。

せっかく手掛かりを掴んだのだ。光の色の違いで硬化する可能性があるなら、ここは日光以外の光でも試してみるべきだろう。


「じゃあ……他の光も試してみよう!」


ツムギは作業台の奥から、工房に置いてある 属性発光器 を引っ張り出してきた。


これは魔導コンセントに繋げることで、各属性の光を発生させることができる装置だ。

これは一般的に普及している便利なアイテムで、属性の石をセットすると、その光を当てたアイテムに属性が充電され、継続的に使える仕組みになっている。前世でいうとモバイルバッテリーを充電するようなイメージだ。

使うアイテムの属性によって、石を変えないといけないので、少し不便ではあるが、面白い仕組みだなとツムギは思っている。


「よし!まずは火属性の光!」


火属性の石をつけた発光器のスイッチを入れると、温かなオレンジ色の光が皿の上に落ちる。

しかし──


「変化なし!」


「ぽぺっ!(ダメか!)」


「じゃあ、風!」


青白い光がふわりと広がるが……


「これも変わらないかぁ……」


「土!」 「光!」 「闇!」


次々と試していくが、樹液に目に見える変化は起こらなかった。


「うーん……おかしいなぁ……」


ツムギは腕を組んで、樹液をじっと見つめる。


(光に反応するなら、なんで固まらないんだろう?森の木にくっついてたやつは、何かが違ったってこと……?)


「ねぇ、ハルくん。森のやつって、液体のままのものと、固まってるものがあったんだよね?」


「うん! カチカチに固まっているところもあったよ!」


ツムギの目がキラリと光る。


(ってことは……!)


固まる条件が 「森のどこかにあったはず」 だ。

そして、それを突き止めれば……


「じゃあ……やっぱり、原因を確かめに行かないとね!」


ツムギはぱっと顔を上げ、イタズラを企む子供のような笑顔でハルとぽてを見た。


「ぽぺっ!(探検だー!)」


ハルも目を輝かせる。


「うん! ぼくが案内するよ!」


そんな二人(と一匹)の様子を見ていたジンが、作業台に腕を組みながら口を開いた。


「おいおい、お前ら。森に行くのはいいが、ちゃんと気をつけろよ」


「大丈夫だよ、お父さん! ただの拾い物探しだし!」


ツムギは元気よく胸を張るが、ジンは渋い顔をして続けた。


「ただの拾い物ならいいがな……樹液ってのは、ものによっては毒性があったり、触ると肌が荒れるものもあるんだ。見た目だけで判断せず、ちゃんと確認しながら触るんだぞ」


「そっか……たしかに、木によってはベタベタしてたり、ピリッとするのもあるもんね」


「それに、森の中は昼でも暗い場所がある。地面がぬかるんでたり、思わぬところに根っこが張り出してたりするから、足元にも注意しろよ」


「はーい!」


ツムギは元気よく返事をし、ぽてとハルもそれに続く。


「ぽぺっ!(ぽてもきをつける!)」

「ぼく、森には慣れてるから平気だよ!」


ハルは得意げに胸を張るが、ジンは「まぁ、お前はそうだろうな」と苦笑した。


「それからツムギ。森の素材を採取するなら、できるだけ現地で状態を確かめてこいよ。持ち帰ってからじゃ、採れたての状態と違うことがあるからな」


「わかった!しっかり観察してくる!」


ジンは最後にふっと息を吐いて、「まぁ、お前なら大丈夫か」とぼやくように言った。


「ぽぺっ!(いってきまーす!)」


ぽてが小さな体をピョンと跳ねさせながら叫び、ツムギとハルも笑顔で工房を飛び出していった。


ジンはそんな三人の後ろ姿を見送りながら、ぼそりと呟く。


「……さて、あいつらが帰ってくるまでに、俺も試作をもう一回やるか」

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