032. 時間感覚が麻痺する職人達
2月27日3回目の更新しです
ツムギはスケッチ帳を見ながら説明を始める。
「アタッチメントをいろんな土台につけられるようにするなら、まずは基本の土台を決めないとね!」
「ぽぺっ!(どんなの作るの?)」
「えっとね、ブローチ台とネックレス台、それからイヤリング台……あとは万年筆や指輪とか……」
ジンが腕を組みながらツムギのスケッチを覗き込む。
「ほう、色々考えてるみたいだな。けど、指輪にアタッチメントってどういうことだ?」
「お父さん、こういうのを見たことない?」
ツムギはスケッチ帳にささっと簡単な図を描いて見せる。
(前世で見たコインの指輪の仕組みを、応用してみたんだよね!)
「エンブレムや模様が刻まれたパーツの真ん中に穴を開けて、そこを起点にして90度に曲げれば……ほら!オリジナルの指輪ができるでしょ?」
ジンはそれを見て、思わず目を見開いた。
「……90度に曲げる、だと?」
「それだけじゃないよ! これね、リングの一部に切り込みを入れて、どんなサイズの人でもつけられるようにするの!」
ツムギがスケッチを指さしながら説明する。
「こうすれば、手の大きい人も細い指の人も気軽にサイズ調整ができて、ピッタリつけられるんだ!」
「……ほう、フリーサイズの指輪か。それなら確かに実用性が上がるな……」
一瞬の沈黙の後、ジンはゴリゴリと頭をかきながら低く唸った。
「おいおい、ツムギ。そりゃあ確かに面白いアイデアだがな……指輪を綺麗に90度に曲げるのは、簡単な加工じゃねぇぞ?」
「えっ、そうなの?」
「そうなのじゃねぇ。金属ってのはな、曲げる角度を間違えると歪んじまうんだ。それに、エンブレムや模様を綺麗に出したまま曲げるとなると……」
ジンはスケッチ帳をじっと睨み、苦々しい顔をしながら腕を組んだ。
(くそっ……また難しいやつじゃねぇか……!)
「ぽぺ……(また夜な夜な試作の日々……)」
ぽてがジンの肩の上でそっと震える。
「お父さんならできる?」
ツムギが満面の笑みで見つめると、ジンは口元をひくりとさせた。
「……お前なぁ、そんな笑顔で言われたら断れねぇだろ」
「やった!さすがお父さん!じゃあお願いします!」
ジンは頭を抱えながらため息をついた。
(まったく……90度に曲げるだけでも大変だってのに、リングに切り込みを入れてフリーサイズにする? そんな簡単に言いやがって……!)
ツムギがにこにこしながらスケッチ帳に新たなアイデアを描き込んでいく。
「それから、ブローチ台は安全ピンがついてるシンプルなものと、イリアさんの倉庫にあった繊細な透かし模様が入った土台を使いたいんだ。それをロゼッタみたいに周りにリボンやフリル生地をつけて、ボリュームアップさせるのも可愛いと思う!」
「ほう、それは面白いな。そういう装飾はお前の仕事ってわけか?」
「うん!アタッチメントやピンの部分はお父さんにお願いするね!」
「ちょっと待て、また俺の仕事が増えてねぇか?」
「気のせいかな……?」
「いやいやいや!」
ジンが頭を抱える横で、ぽてが「ぽぺぺ!(ツムギ、やり手!)」とピョンピョン跳ねる。
「それからね、ヘアアクセにもできるようにクリップ型の土台も作りたいの!帽子につけたり、髪につけたり、服につけたり、どこでも使えるように!」
「ぽぺぺ!(おしゃれ!)」
「それに、マント止めにもできる土台があったら便利じゃない?ぽてのマント止めも作れるし!」
「ぽぺっ!?(ぽての!?)」
「ほう、マント止めか……」
ジンはスケッチ帳を覗き込みながら、ふむ、と唸った。
「確かに、ブローチの応用で作れそうだな。だが、マントは重さがあるからな……ある程度頑丈な金具にしねぇと」
「そこはお父さんの職人技でなんとか!」
「……やっぱり俺の仕事が増えてねぇか?」
ジンはぼやきながらも、ツムギのアイデアをじっくりと眺めていた。
「けどまぁ……ここまで来たらやるしかねぇか。お前のアイデア、面白いからな」
「えへへ!ありがとう、お父さん!」
ぽてが「ぽぺぺ!(ぽてもマント止め欲しい!)」と飛び跳ねる。
ジンはため息をつきながらも、どこか楽しそうに腕を組んだ。
(マジかよ……アタッチメントだけで終わると思ったら、今度は土台かよ……さすがツムギ、さすが我が娘。願わくば、今度は簡単に夜なべせず、作れそうな金具でありますように……)
「あとね、万年筆にもつけられるようにしたいな!」
「……万年筆?」
ジンは思わず聞き返した。
「うん!えっと、たまにペンのキャップに飾りがついてるのを見ることあるでしょ?それの応用で、万年筆のキャップにつける飾りを作れたら素敵じゃない?」
(前世で見たアンブレラマーカーの仕組みと似てるし、あれを小さくすればぴったりだと思うんだけど……!)
「ほう……聞いたことのない発想だな」
ジンは興味深げにスケッチを覗き込む。
「ぽぺ!(すてき!)」
「それに、魔石や魔力のこもった素材を使えば、書く時に集中力を高める効果とか、お守りとしても使えそうだよね!」
「なるほどな……万年筆につける装飾か……」
ジンは腕を組みながら考え込んだが、ふっと笑いながらツムギの頭をくしゃりと撫でた。
「お前の発想には毎回驚かされるな」
「えへへ!」
ぽてが「ぽぺぺ!(ぽてもびっくり!)」とくるりと回る。
──それは、あまりにも楽しく、あまりにも熱中しすぎた夜となった。
新しいアクセサリーのアイデアが次々と生まれ、ツムギとジンはスケッチ帳を広げ、試作に没頭し、ぽてはその間をぴょんぴょんと跳ね回る。
気がつけば、作業台の上はスケッチや素材で埋め尽くされ、あちこちに金具や布の切れ端が散らばっている。
もはや整理の意味とは。と皆が心のどこかで思ってはいたが、そんなことを気にしている暇はなかった。思いついたアイデアはすぐに形にしなければならない。手が止まることはなく、時間が経つのも忘れ、ひたすらに作業を続けた。
そして、その熱気がピークに達した頃──
──それは、唐突に訪れた。
バタンッ!!
工房の扉が勢いよく開かれ、静寂が訪れた。
強制終了の時間である。
三人は、いや二人と1匹?は、ビクッとしながら恐る恐る後ろを振り返る。
振り返ると、誰よりも工房の住人をよく知る者が、その場に立っていた。
ノアである。
彼女は一歩踏み出すと、腰に手を当て、ゆっくりと辺りを見渡した。
机の上には、散乱する素材。
床には、試作の金具と布切れ。
作業台の隅には、夢中になりすぎて時間の感覚を失った二人と一匹。
そして、時計の針はすでに日付変更の域に達していた。
ノアは小さく息をつき、静かに、しかし容赦なく告げる。
「さて、皆さん。もうとっくに寝る時間を過ぎてるどころか、日付が変わっていますけど?」
ツムギ、ハッとする。
ジン、悟る。
ぽて、そっと身を縮める。
沈黙が降りた。
時計を見て、驚愕するツムギ。
天を仰ぎ、肩を落とすジン。
ぽては静かに、そっと背を向ける。
──そう、すべては手遅れだった。
ノアは冷静に、だが決して抗えぬ威圧感をもって続ける。
「お風呂は? ご飯は? そして、明日は朝から仕事でしょう?」
何も言えない二人。
完全なる敗北。もはや、言い訳の余地はなかった。
彼らは、己の夢中になりすぎる性分を深く反省……する暇もなく、ノアによって強制的に家へと連行されることとなった。
こうして、ツムギたちの長く楽しい夜は、幕を閉じたのである。
──翌朝、寝坊した二人に「ほらね」と告げるノアの姿があったことは、言うまでもない。