030. 素材の到着
2月27日1回目の投稿です
(ついに……! ついに、イリアさんの倉庫からアクセサリーの素材が届くんだ!)
その日、ツムギは朝からそわそわしていた。
工房の中を行ったり来たりしながら、作業台を整理したり、道具を磨いたり。
「ぽぺぺ……(落ち着けー)」
ぽてがじと目でツムギを見上げる。
「だ、だって……どんな素材が来るのか気になるんだもん!」
「ぽぺっ!(わかるけど!)」
ツムギは深呼吸をして、ポシェットの端をぎゅっと握った。
(よし、落ち着こう……落ち着いて……)
コンコンッ
扉がノックされ、ツムギはびくっと肩を揺らした。
「おはよう、ツムギ。お待たせ」
イリアが微笑みながら工房の中へ入ってくる。その後ろには、数人の店員たちが木箱や袋を抱えていた。
「わぁ……! こんなに……!」
「ふふ、倉庫で眠っていたものをまとめて持ってきたわ。さあ、ここに置くわよ」
イリアの指示で、店員たちが次々と木箱を作業台に運んでいく。
大きな箱、小さな袋、詰められた布包み――どれも古びているが、そこに詰まった歴史の重みを感じさせる。
「ぽぺっ!(はやく開けたい!)」
「も、もう開けてもいいですか!?」
「ええ、もちろん。あなたの仕事に使う素材よ、しっかり確認してね」
ツムギはわくわくしながら、最も大きな木箱の蓋に手をかけた。
ギィ……
蓋を開けると、中には色とりどりのアクセサリーがぎっしり詰まっていた。
「わぁ……!」
古びた指輪、装飾の施されたブローチ、金細工のイヤリング――
どれも美しく繊細な作りをしているが、デザインが古めかしく、現代の流行には合わないものばかりだった。
「これ全部……?」
「ええ。昔の職人たちが丹精込めて作ったものよ。でも、流行の移り変わりは早いからね。こうして眠ったままになってしまったの」
イリアが木箱の中のアクセサリーをひとつ手に取り、指先でそっとなぞる。
「だからこそ、ただ眠らせておくのはもったいない。あなたの手で新しい命を吹き込んであげて」
ツムギはその言葉に強く頷いた。
「……はい! 絶対に素敵にリメイクします!」
ぽても「ぽぺぺっ!」と元気よく鳴き、作業台の上をぴょんぴょん跳ねる。
ツムギは、木箱の中からひとつのブローチを取り出した。
細かい装飾が施された、シンプルな金細工のブローチ。
「このデザインを土台にして穴にワイヤーを通して、生地とか石やビーズを止めたら……」
次に、小さな袋を開けると、磨かれていない宝石や色石のかけらがゴロゴロと出てきた。
「……! すごい、この石……!」
「それも、昔の職人が大事に使っていたものよ。形は不揃いだけど、どれも良いものよ」
「うわぁ、どれとどれを組み合わせよう……!」
ツムギはスケッチ帳を開き、メモを取りながら、手に取ったアクセサリーをじっと見つめる。
(この石はブローチに……いや、リングに加工できるかも?
あぁ……前世にあったレジンがあれば色々閉じ込めた同じ大きさのカポション作れるのに……)
どんどんアイデアが浮かんでくる。
「ぽぺぺぺっ!(たのしい!!)」
ぽても一緒になって素材をのぞき込み、興奮気味に飛び跳ねる。
イリアはそんなツムギの様子を見て、満足そうに微笑んだ。
「ふふ、ツムギ。まずはじっくりと素材を観察して、どんなリメイクができるか考えてみて」
「はい!」
ツムギが机の上いっぱいに広げたアクセサリーを夢中で見つめていると、イリアがくすっと笑いながら立ち上がった。
「ふふっ、すっかり夢中ね」
「えっ……あ、ごめんなさい! つい……!」
ツムギはハッとして顔を上げる。
「いいのよ。それくらい熱中してくれる方が頼もしいわ」
イリアは満足そうに頷き、服の裾を軽く払うと、工房の入り口へと向かった。
「さて、それじゃあ私はそろそろ行くわね。ツムギ、期待してるわよ」
「はい! 絶対、素敵なリメイクにしてみせます!」
ツムギは力強く頷いた。
「ぽぺぺっ!(まかせて!)」
ぽても元気よく鳴いて、胸を張るようにふわっと膨らんだ。
イリアはその様子に微笑みながら、工房の扉を開く。
「焦らずじっくり考えてね。もし何か相談があれば、いつでもお店に来てちょうだい」
「ありがとうございます! がんばります!」
ツムギは深く頭を下げ、イリアを見送る。
「じゃあね」
軽やかに手を振りながら、イリアは工房を後にした。
扉が閉まると、工房の中はしんと静まり返る。
ツムギは改めて目の前の素材に視線を向けた。
「……よし!」
ぽてが「ぽぺっ!」と勢いよく跳ねる。
ツムギは深呼吸し、気持ちを落ち着けながら、スケッチ帳をめくる。そこには、すでに無数のアイデアが描き込まれている。が……
それ横目に、ツムギは改めて目の前の素材を見つめた。
「よーし、まずは整理から始めよう!」
「ぽぺぺ!(がんばる!)」
ぽても気合十分といった様子でツムギの肩に乗る。
ツムギはテーブルの上に広げられたアクセサリーの山を見渡し、一つずつ手に取って確認しながら、使えそうなパーツごとに分類していく。
「まずは金具……指輪の土台になりそうなもの、ブローチのピン、イヤリングの留め具……」
ひとつひとつ手に取り、細かな傷や錆をチェックする。
中には修理が必要なものもあるが、使えるパーツも多い。
「ぽぺ……(こっちは使えそう?)」
ぽてが小さなブローチを押し転がしながら、ツムギに差し出す。
「うん、このデザイン素敵だね! 土台とカポションに分けてどうアレンジしようかな」
次に、小さな袋に入っていた宝石や色石のかけらを広げる。
「これは……!」
手のひらに載せた瞬間、ツムギの目が輝く。
「この色合い、すごくきれい……!」
透き通る青や真紅色とりどりの小さな石たち。
形は不揃いだけれど、それがまた味わい深く、アクセサリーとして生かす方法はいくらでもありそうだった。
「ぽぺぺ!(こっちも!)」
ぽてが転がしてきたのは、艶やかな黒い石。
よく見ると、光の角度によって微かに紫がかった光を放っている。
「これ、もしかして……月影石?」
「ぽぺっ!(たぶん!)」
「すごい、こんな貴重な石が眠ってたんだ……!」
ツムギは思わず息をのんだ。
月影石は、夜の光を宿す特別な石。
ほんのりと魔力を帯びていて、持つ人の心を落ち着ける効果があると言われている。
「この石、何か特別なアクセサリーにできそう……」
ツムギはすぐにスケッチ帳を開き、いくつかのアイデアをメモする。
「……とりあえず、種類ごとに整理しよう!」
ツムギは意気込んで、机の上の素材を仕分けし始めた。
⚫︎仕分けのカテゴリ
1.金具類
(ブローチピン、指輪の台座、イヤリングの留め具など)
2.宝石・色石
(透明系、暖色系、寒色系、特殊石)
3.チェーン・リボン
(ネックレス用、ブレスレット用)
4.装飾パーツ
(彫刻入りの金属パーツ、エンブレム、紋章モチーフ)
ツムギはひとつひとつの素材を丁寧に分類し、それぞれの可能性を考えながら整理していった。
……が。
「……ん?」
気づけば、机の上が大変なことになっていた。
あれもこれもと出しては並べ、あっちに分類、こっちにも分類――を繰り返すうちに、整理どころか、もとの山がさらに混沌としてしまっている。
「ぽぺぺ……(あのね……)」
ぽてが、じと目でツムギを見つめる。
「え、なに?」
「ぽぺっ!(なんで整理したはずなのに、さっきより散らかってるの!?)」
「……あれ?」
ツムギは机の上を見回し、思わず頭を抱えた。
スケッチ帳の上にビーズが散らばり、布の端切れが山になり、金具があちこちに転がっている。
分類しようとしたパーツたちは、いつの間にか再び混ざり合い、もう何がどこにあるのか分からない。
「おっかしいなぁ……ちゃんと整理してたはずなんだけど……」
「ぽぺぺ……(やれやれ)」
ぽてがため息をつきながら、ぽふっとツムギの額を押す。
「いたっ……ごめん、ちゃんとやり直すね……」
ツムギは渋々ながらも、再び片付けを始めた。
「よーし、今度こそしっかり整理するぞ!」
改めて机の上を片付け直し、散らばったパーツをひとつひとつ拾い上げる。
その途中――
「ん? これ……?」
ツムギの手が、不思議な形をした金具を拾い上げる。
「ぽぺ?(なにそれ?)」
「このデザイン……なんだかすごく特別な感じがする……!」
装飾の入った細い金属の留め具。
よく見ると、まるで何かの紋章のような模様が刻まれている。
「もしかして……すごいお宝を発見したのかも……!」
ツムギは目を輝かせながら、それを大事そうに手のひらに乗せた。
「ぽぺぺ!(やったね!)」
「うん……! これ、絶対に貴族の紋章とかそういうものに違いない……!」
ツムギはワクワクしながら、それをじっと見つめた。
……が。
「ん? あれ……?」
くるっとひっくり返してみると――
ポロッ。
「え?」
装飾部分が外れ、ただの壊れたピンだったことが判明した。
「……」
「……ぽぺぺ。(まさかのただの壊れたパーツ)」
「えええええっ!? せっかく発見したと思ったのにぃぃ!!」
思わぬ展開に、ツムギはガックリとうなだれる。
「ぽぺぺ……(まぁ、そういうこともあるよね)」
ぽてが背中をぽんぽんと慰めるように叩く。
「ぐぬぬ……! でも! せっかく拾ったんだから、これも何かに使ってやる……!」
ツムギは拳を握りしめ、机の端にピンをそっと置いた。
何かの役に立つかもしれない――という淡い期待を込めて。
「さて、ここからが本番だね……!」
ぽてが「ぽぺっ!」と勢いよく鳴く。
何はともあれ、新たなアクセサリーを生み出すための準備は、これで万端!




