026. 仕事の依頼と商売のイロハ
2月25日1回目の投稿です
「おいおい、ちょっと待てよ」
工房の奥から、ジンが苦笑しながら立ち上がった。
「今の話、聞いてたぞ。アクセサリーのアタッチメントを作るって話だよな?」
「え? うん、そうだけど……」
「ツムギ、お前、そんな細かい仕組みの加工、できるのか?」
「え、えっと……」
ツムギは一瞬言葉に詰まる。デザインのアイデアはたくさんある。でも、実際に“アタッチメントの仕組み”を考えて作るとなると、それはまた別の話。
「むむ……確かに、細かい金具の加工はあんまりやったことないかも……」
「だろうな」
ジンはニヤリと笑い、ツムギの頭を軽くポンポンと叩いた。
「だったら、そこは俺に任せとけ」
「え?」
「こういう金属加工は、俺の得意分野だ。アクセサリーの仕組みを考えて、使いやすくするのは職人の腕の見せどころってもんよ」
ジンは腕を組みながら、自信満々に言った。
「お前のアイデアを形にするのは、こういう仕事を長年やってる俺の役目だろ?」
「お父さん……!」
ツムギの目が輝いた。
「じゃあ、一緒に作ってくれるの?」
「当たり前だ。そう簡単にうまくいくとは思うなよ? でも、お前の考えたものを最高の形にするためなら、手を貸してやるさ」
「わぁ……ありがとう、お父さん!」
ぽてが「ぽぺっ!」と嬉しそうに跳ねる。
イリアはそんな二人のやりとりを眺めながら、満足げに微笑んだ。
「なるほど、親子でいいチームになりそうね」
「まあな。こいつはまだまだ未熟だけど、目の付け所は悪くない」
「もー、お父さん、素直に褒めてくれてもいいのに……」
ツムギはぷくっと頬を膨らませるが、ジンはくしゃっと笑った。
「よし、じゃあアタッチメントの仕組みは俺が考えて、ツムギはデザインと組み合わせを考える。二人で分担すれば、いいものができるはずだ」
「うん! やってみる!」
「ふふ、いい返事ね」
イリアは満足げに頷くと、一転、少し真剣な表情になり、ツムギを見つめた。
「じゃあ、ここからは真面目な話ね」
「え?」
ツムギがきょとんとすると、イリアはテーブルに肘をつきながら続けた。
「仕事を引き受けてもらうなら、きちんと報酬を払うわ。ただし、今回は少し特別な形にさせてもらいたいの」
「特別……?」
「ええ。今回の依頼は、ただの修理やリメイクじゃなくて、“新しい価値を生み出す”仕事よね?」
イリアはゆっくりと言葉を選びながら話す。
「だから、報酬は『リメイクにかかった材料費+売れた分のインセンティブ』という形にするわ。もちろん、最低限の経費は保証する。でも、それ以上の利益は、あなたのデザインと工夫次第ってこと」
ツムギは驚いたように目を丸くする。
「えっ、それって……」
「つまり、あなたが作ったものが売れれば売れるほど、あなたの取り分も増えるってことよ」
イリアはにっこりと微笑んだ。
「商売はね、ただ作るだけじゃなくて、“どうやって売るか”も大切なの。ツムギ、あなたは自分の作ったものを“売る”っていう経験はまだないでしょう?」
「う、うん……そうかも」
「だったら、これをいい機会だと思って、学んでみなさいな。もちろん、私も売る側の立場からアドバイスはするわ。でも、最終的にはあなたの作るものが魅力的かどうか、それがお客さんに伝わるかどうか――それ次第よ」
イリアの言葉を聞きながら、ツムギはごくりと息をのんだ。
(私が作ったものを、お店に並べてもらえる……それが、ちゃんと“売れる”……?)
今までのツムギは、ものづくりが好きで、自分や家族、友人のために作ることが多かった。でも、これは違う。
「私の作るものが、お客さんの手に渡る……」
想像しただけで、胸が高鳴った。
ぽてが「ぽぺ?」とツムギを覗き込む。
「ぽて……私、やってみたい!」
ツムギは力強く頷いた。
イリアは満足そうに微笑むと、「それじゃあ、契約成立ね」と言って手を差し出した。
ツムギも、少し緊張しながら、その手を握り返す。
「よろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ」
イリアはにっこりと微笑んだ後、少し真剣な表情になり、「じゃあ、詳しい契約内容については後日、証契士を交えてきちんと契約書を結びましょう」と付け加えた。
「証契士……?」
ツムギが小さく首をかしげると、イリアは「商人の取引では、公正な契約を結ぶために、証契士が契約書を作成するのよ。仕事の報酬や条件を明確にして、お互いに安心して取引ができるようにね」と簡単に説明する。
「なるほど……ちゃんとした契約、なんですね」
ツムギは改めて、今回の仕事が「正式な依頼」なのだと実感し、背筋を伸ばした。
イリアはそんなツムギの様子を見て、優しく笑う。
「大丈夫、難しいことはないわ。ツムギの作るものを、ちゃんと世に送り出せるようにするための手続きだから」
「はい……頑張ります!」
ジンが腕を組んで見守りながら、ふっと笑う。
「ほぉ……うちのツムギが、ついに商売に足を踏み入れるか」
「ぽぺぺ!」
ぽても嬉しそうに跳ねる。
イリアは軽く指を鳴らし、「じゃあ、まずはリメイクに使えそうなアクセサリーを工房に運び込まないとね」と言った。
ツムギは大きく頷く。
「はい!」
ジンも頷きながら、「道具の準備は手伝ってやる。しっかり考えて、いいものを作れよ」と軽く背中を叩く。
ツムギはその言葉に、改めて気を引き締めた。
「うん、頑張る!」
ぽてが嬉しそうに跳ねながら、「ぽぺぺ!」と元気よく鳴いた。
こうして、ツムギの新たな挑戦が幕を開けた――。
物語を書く事は、夜眠りに落ちる前「もしも◯◯だったら。」と空想しながらワクワクしていた事に似ているな。と思う今日この頃です。