025. イリアとの出会い
2月24日2回目の投稿です
工房の扉が開き、ひんやりとした朝の空気と共に、一人の女性が姿を現した。
カウンター越しに道具の手入れをしていたジンが顔を上げると、どこか懐かしそうな笑みを浮かべる。
「おや、イリアじゃないか。珍しいな、こんな時間に」
「たまたま近くで用事があったのよ。それで、久しぶりに寄らせてもらったの」
イリアは軽やかに歩み寄りながら、工房の中をぐるりと見回す。木の香りと鉄の匂いが混じり合い、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。昔からこの工房の居心地の良さは変わらない。
「相変わらず、腕は衰えていないようね」
「まあな。長年やってりゃ、手が覚えてるもんさ」
ジンは軽く肩をすくめながら、椅子に腰を下ろす。イリアもカウンター越しに肘をつきながら、ふと何かを思い出したように口を開いた。
「そういえばこの間、倉庫を掃除していたら、アクセサリーが大量に出てきてね」
「ほう?」
ジンが興味深そうに眉を上げると、イリアは少し困ったように苦笑いする。
「元々、良い職人が作ったものなんだけど、時代の流れには逆らえないでしょう? ひとつひとつのパーツや石は良いものなんだけど、デザインが少し古くなってしまって、今の流行には合わなくて、お店に出すわけにもいかずに行き場をなくしていてね」
「なるほどな。手を加えればまだ売れるかもしれないが、どこまで手をかけるべきか……か」
ジンは顎に手を当てて考え込む。職人の視点からすれば、修繕やリメイクは可能だが、どこまで手を加えるかは商売の視点が求められ、更に装飾品となるとデザインが重視される。
「俺はどうも装飾品のデザインは苦手でな。デザインをしてくれたらリメイクするのは簡単なんだがなあ。そういう事で言えば、うちのツムギはヴィンテージ のボタンやパーツなんか見つけると、嬉々として集めてニマニマしているから、需要はありそうなもんだけど、バラしてパーツなんかにして販売はしないのかい?」
「バラして売るのも良いかもしれないねえ。でもそれじゃ味気ない気もしてね。なんとか活かせないかと考えているんだよ。それにしてもあんなに小さかったツムギがねえ。へぇ?」
イリアは少し興味を持ったように視線を動かし、工房の奥に目をやった。
そこではツムギが、ぽてを膝に乗せながら作業をしていた。
「……なるほど、あの子ね。大きくなったわね。」
「ツムギの手先は器用だし、物を生かすのが好きなやつだ。最近はおれの工房とは別に、創術屋としての仕事を始めてな」
ジンが言うと、ツムギは工具を持ったまま顔を上げた。
「えっ? お父さん、何の話?」
「お前の話だよ」
ジンがくすりと笑うと、イリアが軽く頷く。
「ふふ、あなたがツムギね。大きくなったわね。お父さんから話は聞いたわよ」
「えっ、ええっ!? わ、私の?」
ツムギは少し驚いた様子で工具を置き、ぽても興味津々といった様子で「ぽぺ?」と首をかしげる。
「最近、倉庫に在庫として残っていたアクセサリーの活用方法を考えているのだけれど、どうにもいいアイデアが浮かばなくてね。パーツにバラすのも味気ないし。あなたならどう生かすか興味があって。」
ツムギの目がぱちりと瞬く。
「私が……ですか?」
「ええ。ヴィンテージ の素材に目がないんでしょう?それに、あなたには“ものを生かす力”があるって。創術屋としてどんなことをするのか、興味もあるのよ」
イリアは微笑みながらそう言い、ツムギをじっと見つめる。
「……えっと、そう言われるとちょっと緊張しちゃうんですけど……でも、確かに面白そうかも!」
ツムギはぽてを膝に乗せたまま、じっと考え込む。目の前に広がるのは、きっと素敵な素材たち。けれど、そのままでは時代遅れとして埋もれてしまう。どうやったら「今」の人に喜んでもらえる形にできるだろう?
「例えば……ブローチやマント止めにリメイクするのはどうでしょう?」
ぽてが「ぽぺ?」と首を傾げ、ツムギの手元を覗き込む。
「ヴィンテージの布やリボン、それに魔法が付与された生地とアクセサリーについていた魔石や色石を組み合わせて、もっと実用的に使えるデザインにするんです。ブローチやマント止めなら、アクセサリーに興味がない人でも使いやすいと思うし」
「なるほどね、アクセサリーとは違った視点で使うのね」
イリアが頷くのを見て、ツムギはさらに思考を巡らせた。
「それと……せっかく綺麗な石がたくさんあるなら、もっと自由に付け替えられるようにするのはどうでしょう?」
「付け替える?」
「はい! 例えば、石の方にもアタッチメントをつけて、アクセサリーの台座を“はめたり外したり”できるようにするんです。そうすれば、一つの台座で色んな石を楽しめるし、同じ石をネックレスや指輪、ブローチに付け替えることもできて……」
ツムギは手元にあった小さなボタンを摘まみながら、空中でイメージを作り出すように指を動かす。
「そうすれば、お客さんが自分の好きな組み合わせを選べるようになって……あっ、待って! だったら、いっそのこと……!」
ツムギの瞳が輝いた。
「お店にアクセサリーの台座やパーツを並べて、お客さんが自由に組み合わせを選べるようにしたらどうでしょう? 石の形や台座のデザインを選んで、自分だけのアクセサリーを作れるんです!」
「ほう?」
「うんうん、それなら売れ残ったパーツも、そのままじゃなくて“素材”として活かせますよね! “セミオーダー式”にすれば、時代遅れのデザインでも、新しく命を吹き込めるかも……!」
ツムギの提案に、イリアは目を見開いたあと、口元に手を当てて小さく笑った。
「ふふ、面白いわね。その発想、商人としても興味深いわ」
「ぽぺぺっ!」
ぽてが嬉しそうに跳ねる。
「本当に、ものを生かすのが好きなのね、あなた」
イリアはツムギをじっと見つめ、考え込むように顎に指を当てた。
「セミオーダー式のアクセサリー店……なるほど。確かに、そういう形なら新しい層のお客さんにも興味を持ってもらえるかもしれないわね」
ツムギはぽてと顔を見合わせ、思わずにっこりと笑った。
「じゃあ……やってみてもいいですか?」
「もちろん。そのために、あなたに頼んでみようと思ったのだから」
イリアが微笑むと、ツムギの胸が期待に膨らんだ。
「ふふ、いいわね。商人としても興味が湧いてきたわ。ツムギ、あなたの手でどんなふうに生まれ変わるのか、楽しみにしているわね」
「はい! ありがとうございます!」
ツムギが嬉しそうに頷いた、その時だった。
新しいエピソードのスタートです!
お気に入りのお話なので気に入って頂けたらとても嬉しいです。