020. 美味しい屋台とポシェットの秘密
2月22日1回目の投稿です
「ぽて、すごいね。どこを見ても美味しそうなものばっかりだよ」
「ぽぺぇ〜!」
ぽても鼻をひくひくさせながら、バッグの中で楽しそうに揺れている。
ツムギはあたりを見回しながら、まずは屋台巡りをすることにした。バザールに並ぶのは、普段の市場では見かけない特別な食べ物ばかり。焼きたてのパン、香ばしい串焼き、新鮮な果物……どれも魅力的で、どこから見て回るか迷ってしまう。
「えっと……どれを食べようかなぁ……」
ツムギが屋台を眺めながら歩いていると、さっそく元気のいい店主の声がかかった。
「お嬢ちゃん、お腹すいてるかい? うちの香草グリル串、焼きたてだよ!」
「そこのお嬢さん、甘いものが好きなら風紡クレープがおすすめだよ!」
「あら可愛いね! そこのふわふわちゃんも食べる?」
あちこちから声をかけられ、ツムギは嬉しいような、少し困ったような笑顔を浮かべた。ぽては「ぽぺっ!」と元気よく鳴き、ツムギの選択を楽しみにしているようだった。
(うーん……どれも美味しそうで決められない……)
迷った末、ツムギは風紡クレープの屋台に目を留めた。
「こんにちは。このクレープってどんな味なんですか?」
「おお! 風紡クレープを選ぶとはお目が高いね! 生地に風紡草のエキスを混ぜてるんだ。口に入れると、ふわっと軽い食感で、後味がすっきりするんだよ」
店主は誇らしげにクレープを手に取り、くるりと回して見せた。中には甘酸っぱい果物とたっぷりのホイップクリームが詰まっている。
(風紡草……ポシェット作りでも使ったけど、食べるとどうなるんだろう?)
興味をそそられ、ツムギは試してみることにした。
「じゃあ、一つください!」
ツムギはわくわくしながらクレープを受け取ると、一口かじる。
「……ん! ふわふわ!」
本当に口の中でとろけるような食感だった。生地自体はほんのり甘く、果物の酸味とクリームのなめらかさが絶妙なバランスになっている。何より、食べた後の軽やかさが特徴的で、ペロリと食べられそうだった。
「美味しい〜!」
「だろう? 風紡草のおかげで、軽やかに仕上がるんだよ」
「ぽても食べる?」
「ぽぺっ!」
ツムギは小さくちぎった生地の端をぽてに差し出すと、ぽては嬉しそうにぱくっと食べた。
「ぽぺ〜……!」
とろけるような声を出し、ぽてはすっかり満足したようだった。
そのとき、ぽてが急にぴょんと飛び跳ね、ツムギの肩に乗った。
「ぽぺっ!?」
「えっ、なになに?」
ぽての視線を追うと、どうやら風紡草の束を並べている別の屋台に興味を示しているようだった。
「風紡草の匂い……やっぱり、魔力を含んでるから?」
ツムギは思わず前に進みそうになったが、ひとまず今は食べ歩きを楽しむことにした。
クレープを食べ喉が渇いてきたツムギが、次に目を留めたのは果物ジュースの屋台だった。
「お嬢さん、喉が渇いてるならどうだい? 搾りたての《太陽の実ジュース》は甘くてさっぱりしてるよ!」
活気のある店主が、キラキラ輝く黄金色のジュースを掲げて笑う。ツムギはその隣に置かれた瓶を指さした。
「こっちは?」
「おっ、こっちは《麦泡水》だ。ほろ苦い炭酸水で、大人に人気があるんだ。お嬢さんも試してみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんさ。ちょっとだけ試してみな!」
店主は小さなグラスに麦泡水を注ぎ、ツムギに手渡した。ツムギはゆっくりと口をつける。
シュワッとした細かな泡が舌をくすぐり、ほのかな苦みと香ばしさが後味を引き締める。暑い日にはぴったりの爽快な味わいだ。
「わぁ……すごくさっぱりしてる! ちょっと苦いけど、すっきりしてて美味しいですね!」
「おっ、お嬢さんは気に入ったみたいだな!」
ツムギは頷き、一本購入することにした。
「ぽても飲んでみる?」
「ぽぺっ!」
ぽては興味津々でグラスを覗き込み、ツムギが小さなスプーンでひとすくいすくって差し出すと、ちょこんと口をつけた。
「ぽぺ……!?」
次の瞬間、ぽてはぶるぶるっと震え、ふわふわの体を膨らませた。
「ぽ、ぽぺぇぇぇ……!」
ツムギは思わず吹き出しそうになった。
「そんなに苦かった?」
「ぽぺぺぺ……!」
困惑した様子のぽてを見て、店主がくすっと笑った。
「ははっ、小さいのにはちょっと早かったかな? 代わりにこっちを飲ませてみな」
店主は太陽の実ジュースを少し試飲用のグラスに注ぎ、ツムギに手渡した。
ツムギがスプーンでぽてに差し出すと、ぽてはおそるおそる口をつける。
「……ぽぺっ!」
一瞬で元気を取り戻したぽては、今度は嬉しそうに小さく跳ねた。
「ぽぺぺぺぺぺ!」
「すっごく気に入ったみたいですね!」
「そりゃあ、太陽の実ジュースは甘くて飲みやすいからな。そっちの小さいのは、魔力を多く含んでるものが好きなんじゃないか?」
ツムギは、そういえば風紡草にも興味を示していたことを思い出し、納得した。
「ぽては、魔力が含まれてる食材が好きなのかな?」
「ぽぺっ!」
ツムギは思わず笑いながら、太陽の実ジュースを一本購入することにした。
「じゃあ、ぽて用にこれもください!」
「毎度あり!」
ジュースを受け取りながら、ツムギはもう片方の手に持った麦泡水を軽く揺らした。爽やかな炭酸が涼しげに泡立ち、暑さを和らげてくれる。
「うん、これで喉も潤ったし、もう少しバザールを見て回ろうか!」
「ぽぺぺ!」
ツムギは軽やかな足取りで歩き出し、次の屋台へと向かった。
ツムギは軽やかな足取りで歩き出し、次の屋台へと向かっていった。
道の先に漂う香ばしい香りに、ぽてが「ぽぺ?」と鼻をくんくんと動かす。ツムギも思わず深く息を吸い込んだ。スパイスと香草が混ざり合った、食欲をそそる香り。
「わぁ……おいしそう!」
ツムギの視線の先には、大きな鉄板の上でじゅうじゅうと焼かれる魔物の肉。店主が手際よく串に刺した肉を転がしながら、香草のソースをたっぷり塗っている。
「お嬢ちゃん、一本どうだい?焼きたてでいい香りだろ?」
店主のにこやかな声に、ツムギが財布を取り出そうとしたその時。
「ツムギさん!」
聞き覚えのある声がして、振り返るとそこにはハルの姿があった。
「ハルくん!」
「やっぱり!さっきからぽてが見えた気がしてたんだ」
ぽては「ぽぺっ!」と小さく跳ねながら、ハルに向かって手(?)を振る。
「バザールに来てたんだね!」
「うん、お母さんに買い物を頼まれてたんだ。でももう終わったから、ちょっとぶらぶらしてた」
ハルはそう言いながら、屋台の鉄板をじっと見つめる。
「これ、美味しそう……」
ツムギはハルの視線に気づくと、ふっと微笑んだ。
「じゃあ、一緒に食べよっか。お姉さんが奢るよ!」
「えっ、でも……」
「初めての依頼を受けた記念!きれいな石のお礼だよ!」
ツムギがにこりと微笑むと、ハルは少し迷ったあと、嬉しそうに頷いた。
「……じゃあ、ありがとう!」
ツムギは店主に串を三本注文した。
「お嬢ちゃん、いい姉貴分だな!」
店主が陽気に笑いながら、焼きたての串を手渡す。
「はい、ハルくん。ぽても食べる?」
「ぽぺっ!!」
ツムギがぽてに小さく切った肉の欠片を差し出すと、ぽては嬉しそうにぱくりと食べた。
「ぽぺぺっ!!」
「わぁ、すごく気に入ってる!」
ぽては串をじっと見つめながら、もう一口、と言わんばかりに揺れている。
「ぽて、魔物の肉好きなんだね」
ハルがぽての様子を見ながら、小さく笑う。
「そうみたい。魔力を含んでる食材に反応するから、これもけっこう魔力が多いのかも?」
ツムギがそう言うと、ハルは少し考え込むように顎に手を当てた。
「……じゃあ、今度魔力が多そうな食べ物を見つけたら、工房に差し入れするね!」
「えっ、本当?ぽても喜ぶと思う!」
「ぽぺぺっ!!」
ぽては満面の笑み(?)を浮かべながら、嬉しそうにふわふわと跳ねた。
「じゃあ、食べようか!」
ツムギとハルはそれぞれ串を手に取り、一口かじる。じゅわっと肉汁があふれ、香草の香りが口いっぱいに広がった。
「おいしい……!」
「うん、すごく美味しい!」
二人は笑顔で串を頬張りながら、賑やかなバザールの雰囲気に溶け込んでいった。
「そういえばさ、ツムギさん」
ハルが串を持ったまま、ぽてをちらりと見ながら話しかけてくる。
「ポシェット、すごくいいよ! お母さんには『最近どこまで行ってるの?』って怒られちゃったけど……」
「えっ?」ツムギは思わず足を止めた。「ちょっと待って、まさか危ないところまで行ってないよね?」
「行ってないよ!」ハルは慌てて手を振る。「でも、お母さんが『最近歩くのが楽になったって言ってたし、なんだか遠くまで行くようになってる気がする』って、ちょっと心配してた」
「そりゃあ心配するよね……」ツムギは軽くため息をつきながらも、ハルの様子を見て納得する。ハルは今までよりずっと行動範囲を広げているのだろう。
「まあ、確かにこのポシェットのおかげで、お母さんの言う通り遠くまで行けるようになったんだけどね」
ハルはちょっと誇らしげにポシェットの紐を引っ張る。
「でもね、お母さんにちゃんと『危ないことはしないように』って言われたから、ちゃんと気をつけてるよ」
「うんうん、それならいいけど……もしどうしても行きたいところがあったら、ちゃんとお母さんや誰かに相談してからにしてね?」
ツムギが念を押すと、ハルは小さく頷いた。
「最近はどんな場所に行ってるの?」
頷きが小さかったので思わず心配になり、質問を続けると、ハルは胸を張りながら答えた。
「ぼく、最近学院のお友達と一緒に、採取に行ってるんだ! 川でキラキラの石を見つけたり、草むらで不思議な形の葉っぱを拾ったり! すごい大冒険だよ!」
「そ、そうなんだ……」
(思ったより可愛らしい「冒険」だった……)
ツムギは安心しつつも、思わず苦笑する。
ハルにとっては「大冒険」かもしれないけど、話を聞く限り、どう考えても「ただの採取」だ。
でも、ツムギの暮らすこの国では、採取も立派な仕事のひとつ。
実際に、大人たちが森で薬草を摘んだり、川で貴重な鉱石を探したりすることも多い。
「……そうか、じゃあハルくんも立派な素材集め職人だね」
ツムギがそう言うと、ハルは誇らしげに胸を張った。
「えへへ、そうかな?」
「そうだよ、立派な職人さん!」
「よーし、じゃあ今度すごいものを見つけたら、ツムギさんにも見せるね!」
「楽しみにしてる!」
二人は楽しそうに笑い合う。
「ぽぺぺっ!」
ぽても満足そうに頷き、ふわふわと跳ねた。
ツムギはハルのポシェットをちらりと見る。
学院の友達と「大冒険」という名の採取……それくらいの年頃の子どもたちには、世界がキラキラと輝いて見えるんだろう。
(このポシェットが、そんな時間の手助けになってるなら、すごく嬉しいな)
ハルがふと声のトーンを落としながら、ポシェットを軽く撫でる。
「実はねこのポシェット、ガルスさんのところで鑑定してもらったんだよ」
「えっ、鑑定?」
ツムギは驚き、思わず足を止めた。
「うん。ガルスさんに『せっかくだから一度鑑定してみたら?』って勧められて……それで、ポシェットにはすごい効果があるって言われたんだ」
「すごい効果……?」
ハルは嬉しそうに頷く。
「うん! 風の魔法のおかげで楽に歩けるし、消臭効果のおかげで魔物にも気づかれにくいんだって! それに、ガルスさんが言ってたんだけど……」
ハルはポシェットをぽんっと叩きながら、誇らしげに笑う。
「このポシェットは、ぼくと一緒に成長するんだって!」
「えっ……?」
ツムギは思わず言葉を失う。
ポシェットが成長する?
そんなことがあるの?
「今はまだわからないけど、時間が経つと、もっとすごい力が宿るかもしれないって! だから、もっとたくさん冒険に出なきゃ!」
「……う、うん」
ツムギは少し戸惑いながらも、ハルの楽しそうな様子に微笑んだ。
このポシェットが成長する……?
でも、相結の力を考えれば、あり得る話なのかもしれない。
ハルが大切にすればするほど、ポシェットも応えてくれるのかもしれない。
「だから、ツムギさん! もしまたぼくのポシェットに何かあったら、絶対に直してね!」
「もちろん!」
ツムギは力強く頷いた。
「ぽぺぺ!」
ぽても元気よく跳ねながら、ツムギとハルのやり取りを見守っていた。
「さて、次はどこに行こうかな?」
ツムギが辺りを見渡していると、ハルがふとポシェットの紐を握りしめた。
「ツムギさん、ぼく、そろそろ行かなくちゃ」
「え?」
ハルは少し申し訳なさそうに笑いながら、ちらちらとバザールの奥へ視線を向ける。
「今日は学院の友達と一緒に、冒険に行く約束をしてるんだ」
「ああ、そうなんだ!」
ツムギは納得しながら頷いた。
「どこに行くの?」
「王都の裏手の森の方! 安全なエリアだけど、珍しい草とか落ちてるんだよ」
ハルの目がキラキラと輝いている。きっと彼にとっては、ただの採取ではなく、本当にワクワクするような「冒険」なのだろう。
「そっか、それは楽しみだね!」
「うん! だから、ぼく行くね!」
ハルは嬉しそうに駆け出そうとしたが、その前にツムギの方を振り返った。
「ツムギさん、またね!」
「うん、またね!」
「ぽぺぺ!」
ぽても元気よく跳ねながら、小さな翼のような手(?)をふりふりする。
ハルはニコッと笑い、バザールの賑わいの中へと駆け出していった。
ツムギはその背中を見送りながら、ふとハルのポシェットに目をやる。
(このポシェットが、ハルくんの大事な冒険のお供になってくれるといいな)
そんなことを思いながら、ツムギは静かに微笑んだ。
「さて、私はもう少しバザールを見て回ろうかな」
ツムギは軽やかに足を踏み出し、次の目的地を探し始めた。
設定がごちゃごちゃしてきたので、創術屋の記憶 〜ツムギの世界図鑑〜という図鑑を作りました。素材図鑑やキャラクター図鑑などを増やしていきます。私のように、あれ?なんだっけ?となった時にお使い頂ければ嬉しいです。