019. 魔導列車でバザールへ
2月21日2回目の投稿です。
ツムギが目を覚ますと、外はすでに明るく、窓の外からは心地よい風が吹き込んでいた。
今日は久しぶりの休日。仕事もひと段落ついたし、少しのんびりしよう。
「ん〜……よく寝た」
ぽてがすぐ隣で丸くなって寝息を立てていたが、ツムギが伸びをした拍子に「ぽぺっ……?」と目を覚ました。
「おはよう、ぽて。今日はお休みだから、どこか出かけようかなって思ってるんだ」
「ぽぺ?」
ぽてはくるりと寝返りを打ちながら、ツムギの顔を覗き込む。
「そうだ、今日は城下町でバザールが開かれてるんだった!」
エヴァリア王国の城下町では、月に数回、大きなバザールが開かれる。
職人や商人たちが集まり、自慢の品を並べて販売する賑やかな市。
ツムギも以前から気になっていたけれど、仕事の合間を縫って見に行く余裕がなく、まだちゃんと訪れたことはなかった。
「いろんな職人さんの作品が見られるし、新しい素材もあるかもしれない……行ってみたいなぁ」
すると、ぽてが「ぽぺっ!」と跳ね上がった。
「え、ぽても行きたいの?」
「ぽぺぺ!」
「ふふ、それじゃあ一緒に行こうか」
ぽては嬉しそうにツムギの腕にちょこんと乗っかり、そのまま丸くなる。
「よし、準備しなきゃ!」
ツムギはさっと身支度を整え、工房のある家の食堂へ向かった。
「おはよう、ツムギ」
朝食の準備をしていたノアが、明るい声で迎えてくれる。
「おはよう、お母さん! 今日はバザールに行こうと思って」
「まぁ、それはいいわね! いろんなお店が並ぶんでしょ?」
「うん! 職人さんたちが出店してるから、創術のヒントにもなりそうだなって」
ジンが席につきながら、「なるほどな」と頷いた。
「いいじゃないか。職人の仕事を見るのは勉強になるし、珍しい素材なんかも手に入るかもしれない」
「そうなの! だから楽しみで」
食卓には、ノアが作ったホットサンドと温かいスープが並んでいる。
ぽてもツムギの膝の上で、細かく刻んでもらった朝ごはんをちょこちょこと食べていた。
「ぽぺっ!」
「ぽても楽しみなんだね。初めてのバザールだもんね」
「ツムギ、ちゃんとお財布は持った?」
「うん、準備してあるよ!」
ノアが「それならよかったわ」と微笑むと、ジンがふっと笑ってツムギを見た。
「もしかしたら、ツムギの作ったものもいつかバザールに並ぶ日が来るかもしれないな」
「えっ……」
ツムギは驚いたように目を瞬かせた。
「私の作ったものが?」
「お前が本格的に創術屋を始めるなら、バザールに出店するっていう道もあるだろう。工房とはまた違った形で、自分の作品を届ける手段の一つとしてな」
「そっか……そんな未来もあるのかも」
まだ具体的には考えていなかったけれど、ツムギの胸の奥で、少しだけワクワクする気持ちが芽生えた。
「とりあえず、今日はお客さんとして楽しんでくるよ!」
ツムギは朝食を終え、
ムギは出かける準備を終え、ポシェットを肩にかけた。
ぽても一緒に行く気満々で、ポシェットの中に入る準備をしている。
「よし、じゃあ出発しよ──」
「ぽぺっ!!」
突然、ぽてがポシェットに飛び込むのをやめ、くるりと振り返った。
「え? ぽて、どうしたの?」
ぽてはちょこちょこと工房の奥に向かうと、ツムギの作業台の上に置かれた小さなクッションを器用に転がしてくる。
「ぽぺっ!!」
「……ああ! クッションも持って行きたいの?」
「ぽぺぺ!」
ぽてはツムギをじっと見つめ、小さくぽふぽふとクッションを押してアピールする。
どうやら、バザールの間もポシェットの中で快適に過ごしたいらしい。
「ふふ、ぽてらしいなぁ」
ツムギは微笑みながら、ぽてのクッションを丁寧にポシェットの底に入れた。
「これでいい?」
「ぽぺっ!」
満足げにクッションの上にちょこんと座るぽて。
心なしか、ポシェットの中でふわふわと気持ちよさそうに揺れている。
「うん、これで準備完了! 今度こそ出発!」
ぽてをポシェットに収め、ツムギは家を後にした。
今日はお休み、そしてバザールの日。
久しぶりに城下町まで足を運ぶのもあって、自然と心が弾む。
「今日はいい天気だし、最高のお出かけ日和だね」
「ぽぺぺ!」
ぽてもご機嫌な様子で、ポシェットの中からちょこんと顔を出す。
駅に到着すると、すでに多くの人が魔導列車を待っていた。
普段よりも華やかな服装の人が多いのは、やはりバザールの影響だろう。
町から城下町へ向かう人々の表情はみんな楽しげで、待っている間の会話も弾んでいる。
ツムギは、腰のポーチから魔導カードを取り出した。
これは、お金をチャージして使う乗車券のようなもので、前世でいうところの、ICカードのようなものだ。駅の改札──と言っても、そこにあるのは魔法陣が描かれたアーチ状の門だが──にかざすことで、乗車することができる。
ツムギがカードを掲げると、アーチが淡く光り、音もなくツムギの魔力を感知した。
「魔力認証完了。ご乗車ありがとうございます」
静かに響く魔法のアナウンス。
ツムギがアーチをくぐると、一瞬ふわりと温かい魔力の風が頬を撫でた。
「相変わらず、不思議な感触……」
ぽても興味深そうに「ぽぺ?」と首をかしげる。
しばらくすると、魔導列車が滑るように駅へと入ってきた。
見た目は普通の列車と変わらないが、決定的に違うのは、そのレール。
地面には一切の軌道はなく、魔法陣で構築された光のレールが、空中にゆるやかな曲線を描いて伸びている。
列車は、その見えないレールに沿って走るため、まるで宙に浮いて進んでいるかのように見えた。
「ぽて、今日は窓際に座ろうね。景色がすごく綺麗だから」
「ぽぺっ!」
ツムギは列車に乗り込み、ちょうど空いていた窓際の席に腰掛けた。
車内は活気に満ちている。
バザールへ向かう人々が、ワクワクした様子で話に花を咲かせているのが伝わってくる。
「今日はどんな掘り出し物があるかな〜」「この前のバザールで買った魔導ランプ、すごく良かったんだよ!」
「あたしは新しいアクセサリーが欲しいな!」「お菓子屋さんもたくさん出店してるみたいよ!」
ツムギも自然と嬉しくなってくる。
この賑やかな雰囲気、そして、城下町に向かうこの時間そのものが、バザールの楽しみのひとつだった。
しばらくすると、列車がゆっくりと動き出す。
魔導列車は滑るように加速し、まるで風に乗るような心地よい揺れを感じる。
窓の外には、緑豊かな丘陵や小さな村の風景が広がり、次第に高度が上がっていく。
「わぁ……やっぱりすごい景色」
地面にあるはずのレールがない分、見晴らしは格別だった。
町の屋根がどんどん小さくなり、遠くにはエヴァリア王国の城下町が見えてくる。
光を受けて輝く白い建物、華やかな街並み。
ぽても、窓の外を覗き込むように、ポシェットの端にちょこんと前足をかけた。
「ぽぺぺ!」
「うん、もうすぐ到着だよ」
ツムギは心の中で、今日はどんな出会いが待っているのかと期待を膨らませた。
魔導列車はしばらくすると減速し、ふわりとした感覚とともに城下町の駅へと滑り込んだ。
いよいよ、バザールのある城下町に到着である。
ツムギが駅を出ると、目の前に広がるのは色とりどりのテントが並ぶ賑やかなバザールだった。
普段は広々とした道が、今日はすっかり店の列で埋め尽くされ、通り全体が活気に満ちている。左右には、常設の店舗とバザールの仮設店舗が交互に並び、どちらも賑わいを見せていた。
「すごいなぁ……!」
ツムギは自然と笑みをこぼしながら、目の前の光景に目を奪われた。
カラフルな布がかけられた屋台には、焼きたてのパンやジューシーな果物、香ばしい香辛料の瓶がずらりと並んでいる。すれ違う人々の手には、出来立てのホットサンドや甘い果実ジュースが握られ、道行く人たちの笑顔が、街全体を明るくしていた。
「いらっしゃい!今日は特別に焼きたてだよ!」
「お嬢さん、素敵なアクセサリーはいかが?一点ものだよ!」
店主たちの威勢のいい声が飛び交い、人々の楽しそうな笑い声があちらこちらから聞こえてくる。子どもたちは屋台の間を駆け回り、風船や綿あめを手にしてはしゃいでいる。
ふと、近くの店で並んでいた客がこっそり顔を寄せて、友人に耳打ちした。
「ねえ、あの向こうにいるの、もしかして王族の誰かじゃない?」
「ほんとだ……あの雰囲気、きっとそうよ!でも、お忍びだから声はかけられないね」
ツムギは興味深そうに耳を傾けながら、そっと視線を向けた。
確かに、少し離れた屋台の前に、品のある佇まいの青年が楽しげに品物を眺めている。その傍には、控えめながらも周囲を警戒している護衛らしき人物の姿も見えた。
(本当に王族の人なのかな?)
王家の者が時折お忍びでバザールを訪れるのは、この国ではよくあることらしい。気さくで庶民の文化を愛する王族たちは、市場の活気を楽しむために、時々こうして街へ降りてくるのだという。
「すごいなぁ……この国って、やっぱりいいところだな」
ツムギはバザールの賑わいに改めて心を弾ませた。
ぽてがカバンの中からひょっこり顔を出し、ツムギの肩にちょこんと飛び乗る。
「ぽぺぺ?」
「ふふ、何を買おうか悩んじゃうね」
ツムギはぽてを撫でながら、バザールへと足を踏み入れた。
いよいよバザール編スタート!
ほのぼのライフでみなさんの毎日が少しでも癒されてくれると嬉しいです。