018. 転生前夜:ものづくりに夢中だった私
2月21日1回目の投稿です
私には、前世がある。
佐藤栞──それが、私の名前だった。
ものづくりが好きで、夢中になって気がつけば42歳。
世間的には「いい歳」だったかもしれないけど、私はずっと、自分の好きなことを続けていた。
シャラ……。小さなパーツがトレーの上で転がる音がした。
机の上には、細かくカットされたドライフラワー、微細な金箔、淡く透き通ったガラスビーズ。
どれもレジンの中に封じ込めるための素材たちだ。
ピンセットを手に取り、慎重にパーツの配置を考える。
「もう少し厚みがあった方が、光を受けたときに綺麗に見えるかな……?」
レジンアクセサリーを作るのは、もう何年も続けている趣味だった。
最初は市販の型を使っていたけど、思い描く形がなくて、結局自分でシリコンモールドを作るようになった。
理想の色合いの毛糸がなければ手染めをし、金属加工に興味を持ったら彫金まで手を出す──。
作りたいものを作るためなら、どんな工程でも惜しまなかった。
でも、それは「売るため」じゃない。ただ、自分が納得できるものを作りたいだけ。
販売サイトに出品することもあったけど、手元に置いておきたくなったり、試作ばかり増えたりして、結局趣味のままで落ち着いていた。
私は、ただものづくりをしている時間が好きだった。
「……そろそろ寝ないと、明日が辛いなぁ」
チラリと時計を見ると、すでに深夜。
明日は仕事があるのに、また夜更かししてしまった。
だけど──。
「あともう少し……試したい……」
新しい作り方を思いついたので、もう一度だけ手を伸ばす。
すると、ふと頭の中に、ありえないことがよぎった。
(もし異世界に行けたら、好きなだけものづくりができるのかな……)
食べていくために働いて、睡眠時間を削って趣味を楽しんで。
好きなことを自由にできる時間がもっとあればいいのに──そんな願望が、ほんの少しだけ心をかすめた。
「……はは、何考えてるんだろ。疲れてるのかな」
小さく笑って、私はそっと目を閉じた。
レジンを混ぜる手が止まり、机に突っ伏す。
眠気が一気に押し寄せ、意識が沈んでいく。
──そして、次に目を開けたとき。
「……あれ?」
視界に広がるのは、見慣れた作業机ではなく、木の温もりが漂う工房の天井だった。
私は、ふわふわの毛布に包まれ、小さな手を伸ばそうとして──その手が、自分のものとは思えないほど小さくなっていることに気づく。
「え……?」
眠る前の記憶と、今の状況がかみ合わない。
でも、不思議と混乱はなかった。
なぜなら、周囲にあるものすべてが、温かく、どこか懐かしさを感じるものだったから。
(……異世界? それとも、夢?)
戸惑いながらも、目の前の世界が確かに現実であることを、私は少しずつ理解していくのだった──。
──それから、私は「ツムギ」として生きてきた。
小さな頃から、両親にたっぷりの愛情を注がれ、大切に育てられた。
ものづくりが好きな私を、父も母も温かく見守ってくれた。
成長するにつれて、私はこの世界がどんな場所なのかを自然と学んでいった。
この世界には、私のような「転生者」だけでなく、「転移者」と呼ばれる存在もいるらしい。
転移者とは、ある日突然、この世界に現れる異世界の人々のこと。
そのほとんどは異世界からやってきた地球人や他の世界の住人で、彼らは強力な魔法や特殊な知識を持っていることが多い。
まるで「神様からの贈り物」のようにチート級の能力を持ち、この世界の国々は彼らを手厚く保護しているらしい。
私も、この世界にいる転移者や転生者と同じ存在なのかもしれない。
けれど──
(私には、そういう”特別な力”はないみたい)
少なくとも、今の私には魔法の才能もなければ、身体能力が異常に高いわけでもない。
前世の記憶があることを除けば、ごく普通の人間だ。
私はツムギとしての人生を大切に思っているし、何より両親の愛情に包まれたこの生活が幸せだった。
だから──
(私が転生者だってことは、誰にも言わなくていいよね)
そう決めた。
家族と過ごす日々、ものづくりの楽しさ、人との繋がり。
それだけで、私は充分に満たされていた。
転移者のような派手な力はない。
だけど、この手で「ものを作る」ことで、人の役に立つことはできる。
私が暮らすこの世界は、魔法とものづくりが息づく場所。四季がありながらも過ごしやすい気候で、人々はそれぞれの職を持ち、穏やかに生活を営んでいる。私が生まれ育ったエヴェリア王国もまた、そんな温かな風土を持つ国だ。
この国には貴族制度があるが、王は国民の暮らしを大切に考え、身分に関わらず努力する者が認められる文化が根付いている。王都では交易が盛んで、さまざまな技術が発展していると聞く。
そして、この世界には魔物のほかに迷宮も存在しているらしい。迷宮ごとに特徴があり、時には観光地として賑わっている場所もある。そこでは珍しい素材やアイテムを手に入れることができ、冒険者たちが日々挑戦を続けているという。私には縁遠い世界だが、彼らの話を聞くのは面白い。
そんなエヴェリア王国の王都から、魔導列車で一時間ほどの距離にあるのが、私が暮らすカムニア町だ。王都ほどの規模ではないものの、職人たちが多く住み、手工業が盛んな町。市場には職人や商人が集まり、王都へ仕事に通う人々の姿も多い。少し足を延ばせば緑豊かな自然が広がり、穏やかで住みやすい場所だ。
私はこの町で生まれ、父の工房「継ぎ屋」で育った。ものづくりに囲まれた日々の中で、私は創術屋としての道を歩み始めようとしている。いつか独立するなら、王都の城下町で開業するのもいいかもしれない。でも、それはまだ少し先の話。今は目の前の仕事に向き合うことが大切だ。
この世界で生きる私は、ツムギ。
ものづくりが大好きな私にはぴったりのこの世界で、今日もまた、誰かの「大切」をつなぐために、手を動かし続ける。
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