182. ハルの帰還
魔道通信機のスイッチが押された瞬間、
部屋の空気がぴんと張り詰めた。
小さく、しかしはっきりとした少年の声が響く。
《……ハルです! ダンジョン攻略、終わりました。これから帰ります。
みんな元気だから安心してね。
……帰ったら話すけど、色々あって……父さんと一緒なんだ。
POTENハウスに、父さん……泊めてもいいかな?》
一瞬の静寂。
それを破ったのは、ナギの弾む声だった。
「……ハルっ……! 無事だったんだね!!」
ぽても全身でよろこびを弾けさせるように飛び跳ねる。
「ぽてぇぇ!!(よかった!!)」
エドは胸のあたりを押さえ、ほっと息を吐いた。
「……よかった。本当に……」
バルドも目尻をゆるませる。
「無事でなによりじゃ……。わしも、正直……ちぃとばかし心配しておった」
ツムギも胸がいっぱいになり、思わず両手をぎゅっと握った。
「……ハルくん、よかった……。みんな、本当に……無事だったんだ……!」
四人と一匹は、嬉しさを隠せず顔を見合わせた。
その表情には、安心と誇らしさと、どうしようもなく込み上げるような温かさが満ちていた。
ツムギはすぐに気持ちを切り替え、姿勢を正す。
「……早く、みんなにも知らせなきゃ」
そう言って、まっすぐ立ち上がる。
「私はお父さんに連絡します!」
するとエドが頷きながら言った。
「じゃあ、僕は……エリアスに連絡するよ。心配で胃痛になってたから……」
ナギも手を挙げる。
「じゃあ私はリナに連絡するね!」
ツムギがくすっと笑った。
「うん、お願い。……それと、バルド先生はイリアさんに連絡をお願いできますか?」
バルドは胸に手を当て、力強く頷いた。
「任せておきなさい。報告は速さが命じゃからな」
ぽては、ツムギの足もとで跳ねながら
「ぽてぽて!(早く知らせよ!)」
とせかすように両手をばたつかせる。
こうして、
POTENハウスのリビングは一転、
それぞれが通信機を手に慌ただしく動き出す“嬉しい騒ぎ”に包まれた。
誰もが笑っていて、
胸の奥には、同じ気持ちが灯っていた。
やがて、連絡を受けた仲間たちから次々と返事が届く。今すぐ戻る、合流する、迎える準備を――そんな言葉が、灯りのようにリビングへ積み重なっていく。
ナギが肩の力を抜くように微笑んだ。
「やっぱり、ちゃんと顔を見て安心したいよね。わかる」
ツムギは小さくうなずき、ふと顔を上げる。
「ところで……さっきの“お父さんと一緒”って。見つかったってことだよね?」
その一言に、場の空気がぱっと明るくなる。
ナギが思い出したように目を丸くした。
「そうだ……ハルのお父さんって、たしか三年、行方不明だったって言ってたよね?」
バルドはうんうんとうなずき、すぐに立ち上がる。
「ならば、なおのこと温かく迎えてやらねばな。――よし、たっぷり夜食をこしらえてこよう」
言うが早いか、エプロンを手早く身につけ、軽やかに厨房へ消えていった。奥で鍋や皿のやさしい音が鳴り始める。
ツムギはテーブルの魔導通信機へぱっと向き直り、胸の奥がふわりと温かくほどけた。小さく笑みをこぼし、石面にそっと指を添える。
《ハルくん。無事に帰ってきてくれて、ありがとう。
お父さんのこと――本当によかったね。ぜひPOTENハウスに連れてきて。
バルド先生が夜食を用意してくれてるって。
みんな、早く会いたがってます。……待ってるね》
ふわりと淡い光が広がり、静かに消える。
リビングには、湯気の立つ気配と、胸の鼓動だけがやさしく残っていた。
その後すぐに、POTENハウスの玄関は何度も開いては閉じ、みんなの足音と笑い声で賑やかになっていった。誰かが買ってきた紙袋や籠がテーブルに増えていき、バルドの大皿料理と並んで、いつの間にか小さなパーティーの支度が整っていく。
「えっと、ハルの好きなん……ほかに何があったやろ?」
リナが手帳を開きながら首をかしげる。
「果実水、切れてる!」
ナギが冷蔵庫をのぞいて声を上げる。
「買ってくるね! まだ空いてるお店、あるはず!」
「風呂、先に湧かしとく。冷えた身体に効くからな」
ジンは袖をまくると、手際よく桶とブラシをつかみ、浴場へ消えた。
「おやつも焼こうかの。甘い匂いがあると、帰ってきた実感が増すじゃろ」
バルドはエプロンの紐を結び直し、生地をこねはじめる。
粉の白とバターの香りが、灯りの下でやさしく広がった。
「飲み物は私が。あ、そうだ……少しだけだけど、祝いのワインも」
エリアスはグラスを磨きながら、少し照れたように笑う。
ぽてはリボンをくわえて、椅子の背にぴょんと飛び乗り、飾り付けの邪魔をしない程度に張り切っている。
「ぽてぇ!(ここ、かわいくする!)」
やがてテーブルの上には、色とりどりのサンドイッチ、香草のロースト、湯気の立つスープ、焼き上がったばかりのクッキー、果実水の瓶とグラスが整然と並んだ。
誰もがどこか落ち着かない足取りで、しかし笑顔のまま動き回っている。
――ちゃんと、迎えられる準備をしておきたい。みんな、同じ気持ちだった。
玄関の鈴が、ちりんと鳴った。
冷たい夜気が、廊下をひとすじすべり抜ける。
次の瞬間、弾む声が家じゅうに広がった。
「ただいまー!」
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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