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017. ポシェットのお披露目と守り石

2月20日3回目の投稿です

ツムギは、朝日が差し込む工房の作業台に、完成したポシェットをそっと置いた。

風紡草を織り込んだ生地は、陽の光を受けて淡く輝き、何度も試行錯誤しながら作ったバッグインバッグは、ポシェットの中にぴったりと収まり、整理しやすくなった。


「うん、完璧」


ツムギは満足そうに頷くと、ぽても嬉しそうに「ぽぺ!」と弾むように跳ねた。


「ぽてのチェックも合格?」


「ぽぺぺ!」


「よし、じゃあハルくんが来るのを待とう」


ツムギが小さく息をついた、その時。


チリン——。


工房の扉につけられた鈴が、軽やかな音を立てた。


「おはようございます!」


元気な声とともに、ハルが工房へ飛び込んできた。

ミントブルーの瞳がきらきらと輝き、小さなポケットの中から何かを大事そうに握りしめている。


「ツムギさん! ポシェット、できた?」


「うん、ちゃんと完成したよ」


ツムギは作業台の上に置いていたポシェットを、そっとハルの前に差し出した。


「わぁ……!」


ハルは驚いたように目を丸くしながら、ポシェットを両手で抱え込む。

修繕された生地は手に馴染む柔らかさを持ちつつ、しっかりと強度を増している。

留め具も、軽く押し付けるだけでピタリと閉まり、開閉が楽になった。


「すごい……! なんだか、前よりもっと使いやすくなった気がする!」


「そうでしょ? もともとハルくんが大事に使ってたから、生地の風合いを生かしながら、丈夫に仕上げたんだ」


ツムギはハルがポシェットを抱える様子をじっと見つめる。


ハルは紐の長さを調整し、肩にかけてみた。


「ぴったり……! すごい、肩にフィットする!」


「それはね、紐の部分をちょっと補強したから。肩に食い込みにくくなってるよ」


「ほんとだ!」


ハルは嬉しそうに何度もポシェットを開けたり閉めたりしながら、中の構造を確認した。

すると、中に仕込まれたバッグインバッグに気づく。


「え? これ、前からこんなポケットあったっけ?」


「ううん、新しく作ったんだ。整理しやすいように、取り外しもできるバッグインバッグっていう仕組みを考えてみたの」


ツムギが説明すると、ハルは目を輝かせながらバックインバッグを慎重に取り出し、中を覗き込む。


「すごい……! こんな風になってるんだ……! これなら、大事なものを分けて入れられるね!」


「そうそう。硬いものを入れるポケットと、柔らかいものを入れるポケットを分けてあるよ。試しに、今持ってるものを入れてみる?」


ハルはポケットの中から、小さな木の実や拾った綺麗な石を取り出し、それぞれのポケットにそっと入れてみた。


「うわぁ……すっぽり収まる! すごい、これならごちゃごちゃしない!」


ツムギはハルの反応を見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

試行錯誤を重ねた甲斐があった。

ポシェットはただの修理品ではなく、ハルにとってより使いやすく、より大切にしたくなる形に生まれ変わったのだ。


「気に入った?」


ツムギが微笑みながら尋ねると、ハルは力強く頷いた。


「うん! ありがとう、ツムギさん!」


その言葉に、ぽても嬉しそうに「ぽぺ!」と跳ねる。


「ぽてちゃんも、ありがと!」


ハルはぽての頭を優しく撫でた。


「じゃあ、しばらく使ってみて、また何か気になるところがあったら教えてね」


「うん! ……ツムギさん、これ、お代にって言った風紡草、まだあるんだけど……」


ハルがポケットから、小さな風紡草をそっと取り出そうとした。


ツムギはそれを見て、小さく微笑む。


「ううん、大丈夫。ハルくんが使いたい分は持っておいて」


「でも……」


ハルは少し考え込み、それからポケットを探ると、何かをそっと握りしめた。


「じゃあね、ツムギさん。初めてのお仕事の記念に……これ、あげる!」


ハルの小さな手のひらには、淡い桃色の小石がふたつ並んでいた。


「わぁ、綺麗な石……」


「この前、森で拾ったんだ。ふたつあったから、一個ずつ持とうよ!」


ツムギはハルの表情を見つめながら、そっと一つの小石を受け取った。

指先に伝わるひんやりとした感触に、どこか不思議な温かみも感じる。


「ありがとう、ハルくん。大事にするね」


「えへへ! ツムギさんの初めてのお仕事の記念だからね!」


ハルは満面の笑みを浮かべながら、自分の小石をポシェットの中にそっとしまった。


ツムギも、手のひらの小石をじっと見つめる。

ただの綺麗な石。でも、ハルの気持ちがこもっている気がして、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……ふふっ」


ツムギは小さく笑い、石をそっとポケットにしまった。


ハルがポシェットを肩にかけ、嬉しそうに何度も開け閉めを繰り返しているのを見て、ツムギはそっと手のひらの中の小さな袋を握りしめた。

これは、ポシェットの修繕中に見つけた「お守り」。ハルのお父さんが仕込んでいたもので、ポシェットの内側に丁寧に縫い込まれていた。


「……ハルくん」


ツムギが呼びかけると、ハルはポシェットの紐をぎゅっと握りながら顔を上げた。


「うん?」


ツムギは静かに息をついてから、小さな袋をハルの前に差し出す。


「これ、ポシェットの修繕をしているときに見つけたんだ」


ハルは不思議そうに袋を受け取ると、そっと開いた。


中には、小さな石がひとつ。

表面には細かい文字や模様のようなものが刻まれていて、それはまるで魔法陣のようにも見えた。


「……お守り?」


ハルは石を指先でそっとなぞる。


「うん。たぶん、ハルくんのお父さんが入れておいたものじゃないかな」


ハルの瞳が揺れる。


「……お父さんが?」


「うん。きっと、ハルくんを守るために、このポシェットに縫い込んでおいたんだと思う」


ハルはしばらく黙ったまま、お守りをじっと見つめていた。

指の間にそっと挟んで、ぎゅっと握りしめる。


「……そうなんだ」


小さな声だったけれど、その言葉にはどこか温かみがあった。


「これ……もらっていい?」


ツムギは優しく微笑んだ。


「もちろん。これはハルくんのものだよ」


ハルは頷きながら、ポシェットの中の一番大事なポケットにお守りをそっとしまい込む。

その瞬間——。


ポシェットの中から、かすかに淡い光がふわりとこぼれた。


ツムギとハルは思わず目を見開く。


「……え?」


工房の奥で作業をしていたジンも、不思議そうに視線を向ける。


「ツムギ、今の……?」


ツムギはポシェットの中を覗き込む。

お守りをしまったポケットのあたりがほのかに光っている。

まるで、ポシェット自体が何かに応えるように——。


「ツムギ、それは……」


ジンが作業の手を止め、近づいてきた。


「お父さん……」


ハルがポシェットを開くと、今まで普通だった布が、かすかに震えるように揺れていた。

まるで、小さな鼓動が生まれたかのように。


「……生きてる?」


ハルがポシェットをそっと撫でると、光がふわりと脈打つように瞬いた。

それは、まるで喜びのようにも見えた。


「ぽ、ぽぺ……?」


ぽても驚いたようにツムギの肩から滑り落ちそうになりながら、ポシェットを覗き込む。


ジンはポシェットをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……これは、『相結そうゆい』だな」


ツムギは驚いたようにジンを見た。


「お父さん、知ってるの?」


ジンは少し考え込むように顎を撫で、それからゆっくりと頷く。


「正確には“見たことがある”ってだけだ。ものが持ち主の想いを受けて、何かの形で応えることがある——そういう話を、昔どこかで聞いたことがあってな」


ジンの視線がハルに向けられる。


「きっと、お前さんが大切にしてきたからだろうな」


ハルはポシェットをもう一度ぎゅっと抱きしめると、少し照れくさそうに笑った。


「……そっか。お父さんの気持ちが残ってるのかな」


ツムギは静かに頷く。


「うん。そして、ハルくんがこれからも大事に使うことで、もっと強くなるかもしれないね」


ジンはそんな二人のやりとりを見守りながら、小さく笑った。


「ふふ、おもしろいな。ツムギ、これがお前の“創術”ってやつなのかもしれんぞ」


ツムギは目を瞬かせ、それからポシェットを優しく撫でた。


「……うん。これは、創術屋の最初の仕事だね」


ハルは嬉しそうにポシェットを撫でながら、小さく呟いた。


「ありがとう、ツムギさん」


その声は、小さくても、確かな感謝の気持ちに満ちていた。


「ぽぺっ!」


ぽてが嬉しそうに跳ねる。


チリン——。


工房の扉が、優しく音を立てた。


ジンはツムギの肩をぽんと叩き、満足げに頷いた。


「いい仕事だったな、ツムギ」


ツムギは、その言葉を噛みしめるように微笑んだ。


——これは、きっと、ハルくんにとっての特別な一歩。

そして、自分にとっても「創術屋」としての大切な一歩。


ツムギは、手のひらの中の桃色の小石をそっと握りしめた。


物語は、まだ始まったばかりだ。

ついに「ハルくんのポシェット編」完結です。

拙い文章にお付き合い頂きありがとうございます。

感想や評価ブックマーク等などで応援頂けたらとっても嬉しいです。

明日は小話一つと第2話目「バザール編」に突入いたします。どうぞ宜しくお願いします。



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