179. 力作発表会
申し訳ありません。水曜日に投稿したつもりが下書きのままになっていました。
本日フグにもう1話投稿いたします。
「それでは皆さん――できあがった力作を発表しましょうー!」
軽やかな声が工房に弾み、全員の意識を現実へ引き戻した。
テーブルの上には、先ほどナギが買い込んできた焼き菓子や果実水が色とりどりに並び、
その場の空気に甘い香りがふわっと広がる。
「わぁ、それ、絶対楽しいやつだ……やろうやろう!」
ツムギは目をきらきらさせ、ぽても隣で「ぽてぇ!」と賛同する。
一方その横で、グレインは作品を前に腕を組み、職人らしい険しい顔つきのまま石を見つめていた。
「……いや、まだだ。あと少し……あと少しだけ削れば、もっと良くなるはずなんだ……」
そのあと少しに、ランはもう慣れっこらしく肩をすくめる。
「師匠! 今回は完成してるところまででいいんですよ!
見せないと、みんなが先に食べちゃいますから!」
その声に、グレインは「むっ」とした顔で渋々手を離すが、
どこか誇らしげに目尻が上がっていた。
こうして――
グレイン工房での、ちょっと賑やかな“宝石枠の発表会”が幕を開けた。
最初にぱっと手を挙げたのは、ランだった。
「はい!じゃあ私からいきます!」
ランは自慢の石を手のひらにのせ、胸を張る。
「私は、硬度が低めの石を薄い透輝液の膜で覆えないかなって思ったんです。
でも筆で塗ると筆跡が残っちゃうし、粘土状にすると膜が厚くなりすぎて……」
そこまで言うと、ランはツムギに視線を送る。
「そしたらツムギさんが『そんな時はドボンです!』って言い出して、びっくりして」
「ドボンって何かと思ったら、最初に持ち手になる小さな突起だけ透輝液で作っておいて、その突起をつまんだまま石ごとビンにドボン!」
ランは両手で大きく“漬ける”動作をして見せる。
「それで、取り出してくるくる回しながら属性ライトを当てると……透輝液の薄膜が均一につくんです!
最後に持ち手の部分を削れば完成!」
掌の上の石は、ふわりと光を反射し、まるで水滴のように艶やかだった。
「こいつは……いいな」
グレインの太い声が響く。腕組みしながらも、その目は少年のように輝いていた。
「硬度が低い石はどうしても傷がつきやすくてよ。日常使いは諦めるしかなかった。
だが、この方法ならアクセサリーとして十分いける」
ツムギは嬉しそうに頷きつつ、ひとつだけ気になった点を挙げる。
「ただ……薄くても角だけはどうしても丸くなっちゃうんですよね。
丸い石なら問題ないんですが、カット面が多い石は、もう少し工夫が必要かもしれません」
するとランがぱっと顔を輝かせた。
「それなら、少し厚めに膜を重ねてから研磨し直すのが一番きれいになると思います!
枠代が浮くなら、技術代を少し上乗せしても、きっとお客さんは満足してくれるはずです!」
「そうだな!」
グレインが豪快に笑う。
嬉しさをごまかすように鼻をこすりながら、
「いいじゃねえか。こういう“ひと手間”は職人の楽しみでもあるからな」
と誇らしげに言った。
その勢いのまま、グレインが胸を張る。
「さて……次は俺の番だな」
作業台に手を置くと、彼は得意げに石の詰まった小皿を引き寄せた。
「俺は枠づくりに挑んでみた。
従来みたいに“枠を作ってから石をはめ込む”やり方をまず考えたんだがな……
透輝液って、固まる時にちょっとだけ縮むだろ?」
ツムギとランが同時にうなずく。
「だったら、その収縮を利用して“がっちり固定”しちまえばいい。
外れにくくなる上に、強度も申し分ない。
いっそ石の上に直接成形しちまった方が早いと思ってな」
そう言って差し出されたのは、色とりどりのインクルージョンが閉じこめられた宝石。
透輝液で縁取りされ、石自身の透明さと相まって、雫の衣をまとったように輝いていた。
「固まったあと形を整えるのは少し手間だが……見ろよ。
このままでも十分に作品と言えるだろ?」
ツムギは思わず息を飲む。
「……これはすごい。まさに画期的です!
透輝液は金属よりずっと安価ですし、庶民でも手が届くアクセサリーになりますよね!」
その言葉に、ランはぱっと顔を輝かせた。
「師匠!今までは材料費が高くて、技術代を泣く泣く下げるしかなかったけど……
これなら、ちゃんと“腕前”に値段をつけられるじゃないですか!
師匠の技術が、やっと正しく評価される日が来るかもしれませんよ!」
その喜びようは、まるで胸の奥の灯が一気に明るくなったようだった。
ぽては小さく足をぱたぱたさせ、ナギは満面の笑みでうなずき、
ツムギも自然と頬がゆるむ。
目の前で嬉しさを噛みしめる二人を見ながら、
二人と一匹は、まるで自分のことのように誇らしげに微笑んでいた。
その空気を受け取ったように、ナギが勢いよく手を挙げる。
「じゃあ次は私ね!」
小さなバッグをごそごそと探り、ふわりとした布の束を取り出すと、
誇らしげにテーブルへ並べた。
「これはね、新しいものじゃないんだけど……
ミストスライムウールのクッション! 二人への今日のプレゼントです!」
生地はうっすらと光を宿し、指で触れるとしっとり吸い付くような弾力があった。
「この素材、ツムギたちと一緒に開発した布でね。
弾力があるから宝石が傷つきにくいの。
POTENの宝飾品ケースにも使ってるんだけど……
作業のとき、硬度の低い石の下に敷いてもらえたらなって思って」
ランが目を丸くし、
グレインは大きな手でそっと布を持ち上げる。
「おお……これはいいな」
布を指先で軽く押すと、ふわりと沈んで優しく戻る。
「確かに……この弾力なら石に傷がつきにくそうだ。
ありがとな。早速使わせてもらうぜ」
ランも嬉しそうに頬を緩め、ぽても生地の上で“ふにっ”と跳ねて満足げに鳴く。
その微笑ましい光景が、工房の空気をさらにやわらかく温めていった。
そして、笑い声が一段落したころ。
グレインが腕を組み、ふうっと息を吐きながら天井へ視線を上げた。
「……しかし、透輝液ってやつは、本当に可能性が無限大だな」
その言葉に、ツムギは思わず身を乗り出す。
胸の奥で“また何か始まる”予感が小さく弾け、
瞳には期待の光がほんのり宿っていた。
「グレインさんは、どんな使い方を思いつきました?」
声だけでもワクワクが隠しきれていないのが分かる――
そんなツムギの表情に、工房の空気がまた明るくなった。
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