177. グレインの悩み
申し訳ありません。
水曜日に間違えてハルの物語を更新してしまったので、本日はツムギの物語を更新させて頂きます。
又、土曜日もいつも通りツムギの物語を更新します
グレインは腕を組み、少し顎髭を撫でてから言った。
「それがよ……インクルージョン入りの石ってのはな、
この中の“世界”を壊さねぇよう丁寧に研磨してやらなきゃなんねぇ」
言いながら、掌の石をひょいと掲げて見せる。
「そうするとよ、形がどうしてもこんな感じでバラバラになっちまう。
既製の枠にはめようってもサイズも形も合わねぇ。
結局、一つ一つ“枠”を手作りするしかねぇんだよ。
要するに全部オーダーメイドよ。貴族様ならともかく、庶民にゃ手が出ねぇ」
そこまで言うと、ランが肩を揺らして笑った。
「ほら〜、また言ってるよ師匠。“枠に合わせるか、枠を合わせるかしかねぇのかよ〜!”って、工房で一番よく聞く文句だよ」
「だってよ!」
グレインは豪快に笑い声をあげた。
「こんな綺麗な世界、閉じ込めとくなんてもったいねぇだろ?
身につけて外に出してやるほうが、石だって喜ぶってもんよ! ガハハッ!」
そして、急に真面目な顔で付け加える。
「しかもよ……枠の方が石より高くつくなんてこともザラでな。
まったく、ほんと悩みどころだぜ」
ツムギとナギは、再びグレインお気に入りの宝箱へ視線を戻す。
箱の中には、光を吸い込みながら淡く放つ、小さな宇宙のような石たちが並んでいた。
ツムギは思わずため息をこぼす。
「……こんなに綺麗なんですもんね。
アクセサリーにして身につけたい気持ち、すごくわかります。
“自分だけの石”って、つけてるだけでうれしくなりますし」
「わかるわかる!」
ナギが勢いよく頷いた。
「見てるだけでテンション上がっちゃうもんねー!」
石の輝きが反射して、工房の壁に小さな虹が揺れた。
その虹色の揺らぎが、胸の中のワクワクまで照らすようだった。
その後もしばらく、ツムギたちは棚の前や作業机のそばにしゃがみ込み、
「あ、この石かわいい!」「これ好きな色!」と、宝探しのように賑やかに盛り上がっていた。
すると、ランがパッと立ち上がる。
「そうだ、私の宝物も見せますね!」
そう言って自分の机の奥から、手のひらサイズの木箱を抱えて戻ってきた。
箱を開けると、小さな宝石の世界がぱあっと広がった。
キラキラ、ころころ、淡く光る粒――まるで小さな惑星を集めたみたいだ。
「わぁ……!」
ツムギとナギがそろって声を漏らし、ぽても目をまん丸にしてのぞき込む。
ランはその中から、ひとつの石をそっとつまみ上げた。
「これ、私のお気に入りなんです。
裏から見ても、表から見ても可愛いんですよ」
手のひらに乗せられたのは、丸くてつるんとした小さな石。
乳白色の中に、色とりどりの粒がふわりと散らされていて――
表側は夕日のようにあたたかく、裏側は星空のように涼やかだった。
「……可愛い! キャンディみたいですね」
ツムギが思わず声を弾ませると、ナギも満面の笑みでうんうんと頷く。
ランはほんのり照れたように笑った。
「でも、この子を枠にはめちゃうと、片側しか見えなくなっちゃうから……
もったいなくて、このまま宝箱に入れてるんです」
ぽては「ぽてぇ……!」とキラキラした目で石を凝視している。
つられてツムギも、その丸い石を両手でそっと包み込むように覗き込んだ。
――そうか。
金属の枠で留めると、どうしても裏側が隠れちゃうんだ。
ツムギは胸の奥で小さくつぶやく。
(もし、“両面”をそのまま見せたかったら私だったら……?)
そっと考えた瞬間、
脳裏にふわっとひとつの“形”が浮かび上がった。
――あ。
(これ、もしかして……いけるかもしれない)
ひらめきが胸の奥で小さく弾けた瞬間、
ツムギはもう次の行動に移っていた。
思わず顔を上げ、勢いのまま声がこぼれる。
「グレインさん、ランさん……ちょっと、いいですか?」
呼ばれた二人は、驚いたように同時に顔を向けた。
その横で――
ナギとぽてがちらりと視線を交わし、
“来た来た、ツムギのモード突入”とでも言いたげに、
口に出さないまま頬をゆるめ合う。
言葉がなくても通じ合う、そんな表情だった。
作業台の前に立ったツムギは、少し照れながらも真剣な声で言う。
「もしかしたら、思ってるものと違うかもしれないんですけど……
手の届く価格帯で、簡単に“枠”を作れる方法、あるかもしれません」
そう言って、ツムギはバッグをがさごそ探り、
ノートと――晶樹液と月影石の粉の瓶を取り出した。
グレインとランは、その取り合わせに思わず目を丸くする。
「おお? なんだなんだ……?」
グレインは瓶と粉とツムギを交互に見て、
次第に口端をにやりとゆがめた。
「こりゃあ、なんか面白ぇことが始まりそうじゃねぇか」
ランも頬をほんのり赤くしながら勢いよく頷く。
ツムギは胸の前で両手を握りしめた。
「はい。試してみたいことがあって……!」
工房の天窓からの光が、晶樹液の瓶に反射してきらりと光る。
その小さな輝きが合図のように――
三人の胸に、新しい挑戦の灯がともる。
こうして、
グレイン工房での“石の枠づくり”をめぐる試行錯誤が、静かに幕を開けたのだった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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