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【第1章完結】異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜  作者: 花村しずく
2-04透輝の爪飾り

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176. グレインの研磨室

 ランの案内で扉をくぐると、そこは「研磨室」と呼ばれる場所だった。

 油ひとつ浮いていない床に、手入れの行き届いた研磨機が整然と並び、

 金属の淡い輝きがまるで静かな音を立てるように部屋を満たしていた。


 「ここが、師匠の本気が見られる場所ですよ!」

 ランが誇らしげに胸を張る。


 「はっはっは、変な紹介するなって」

 グレインは頭をかきながらも、どこか嬉しそうだ。


 彼はツムギとナギを研磨台へと促し、

 ひとつひとつの機械に手を置きながら説明し始めた。


 「こっちは“ラフカット”。原石の余分をざっくり落とすためのもんだ」

 「で、こっちは“磨き”。じっくり時間をかけて宝石の芯を呼び出していく」


 低く響くウィーンという回転音が、部屋の空気をかすかに震わせる。

 ツムギもナギも、その音に引き込まれたように目を丸くした。


 「よし、それじゃあ実際にやって見せるか」


 グレインは机の引き出しから、掌にすっぽり収まるほどの“ただの石”を取り出した。

 表面はざらつき、色もくすんでいて、どこにでも転がっていそうな石ころだ。


 「……それ、原石なんですか?」

 ナギが思わず聞く。


 グレインはニッと笑った。


 「冒険者が持ってくるのは“光ってるやつ”ばかりだがな、

 本当に面白ぇのは、こういうやつなんだよ」


 彼はそっと石を指で弾くように持ち上げる。


 「一見ただの石でも、中に“宝物”が眠ってることがある。

 ぱっと見での区別なんざ普通はつかん――だが、俺はなぜか分かるんだ」


 ツムギは目を輝かせる。

 「すごい……それって、感覚なんですか?」


 「まあ、勘に近ぇな。妙に“呼ばれる”ことがあるんだよ」

 グレインは照れくさそうに鼻を鳴らす。


 「だから、たまにひとりで石探しに出ることもある。

 宝石の仕事ってのは、こういう“出会い”があるからやめられんのだ」


 彼は原石を研磨台へそっと置き、スイッチを入れた。

 ウィーン――回転盤が動き、火花のような光が小さく散る。


 ツムギとナギは思わず息を飲んだ。

 ただの石からほんのり淡い光が漏れたように見えたからだ。


 グレインは満足そうに頷き、工具を持ち直した。


 「さあ――今日はどんな奴が顔を出すかな?」


 軽やかな声とは裏腹に、その手つきは熟練職人そのものだった。

 石をしっかりと固定し、上部から水を流しながら、高速回転する刃にそっと当てていく。


 シャァァァ……と澄んだ音が響き、細かい水飛沫が舞った。

 みなその様子を息をつめて見守る。


 やがて中心部まで切り込みが進むと、

 グレインは丁寧に刃を止め、手でそっと石を両側から開いた。


 パカリ――。


 割れた断面が光を受けてきらりと瞬く。


 「わぁ……!」

 ツムギの声は自然にこぼれ、

 ナギも「きれぇ……!」と目を丸くし、

 ぽては「ぽてぇ……(すごい……)」とぽやんと見惚れ、

 ランも「やっぱり出た!」と嬉しそうに身を乗り出した。


 石の中には、透明な水晶のような芯があり、

 その内部に極小の粒がいくつも散りばめられていた。

 色とりどりで、まるで星屑が閉じ込められているようだった。


 グレインは目を輝かせる。


 「おお、こいつは“インクルージョン入りの光魔石”だな」


 ツムギとナギがきょとんとすると、

 彼は指で断面を示しながら説明を続ける。


 「見ろ、この赤い粒。これは火魔石の欠片だな。

 こっちの青いのは水魔石の碎片。

 中心部に散ってる金色のは光魔石の結晶核……」


 彼は職人らしい真剣な目で断面を眺め、にやりとした。


 「うまくカットしてやれば、これは極上のルースになるぞ」


 ランが誇らしげに胸を張る。


 「師匠はこういう“宝石の中の世界”を見るのが大好きなんですよ!」


 グレインは照れもせずに笑った。


 「一般的にはな、インクルージョンなんて“キズ”扱いで嫌われるんだが……

 こういう風に“美しく入り込んでるもの”は、むしろ価値があってな。

 マニアの間じゃ、コレクションの目玉になることも多いんだ」


 そう言うと、棚から小さな木箱を取り出し、蓋を開ける。


 中には――

 琥珀の中に小さな植物が封じ込められたような石、

 透明な青石に小さな虫の影が閉じ込められているもの、

 雲海のような白い模様が広がる幻想的な原石など……


 ツムギとナギは言葉を失った。


 「……宝石って、“外見”だけじゃないんですね」

 ツムギがぽつりと言う。


 「そうだ」

 グレインは誇らしげに笑った。


 「石の中には、それぞれの“物語”が詰まってるんだよ」


 その言葉に、ツムギの胸はじんわりと熱を帯びていった。


 目の前の石の断面をのぞき込みながら、ぽつりとつぶやく。


 「……確かに、混じり物のないルースもとても綺麗ですけど、

 こうやって“内包物”がある石って――その石だけの物語があって……。

 なんだか、“自分だけの石”って感じがしますよね」


 ナギもうんうんとうなずき、ぽては「ぽてぇ……(わかる……)」と感動したようにふるふる震える。


 グレインは腕を組んで満足そうに笑った。


 「そうだろう? たまらんよな、こういう石は。

 “完璧じゃない”ところが、逆に完璧なんだ」


 そう言って、彼は宝石の断面をそっと指で示した。


 「だからな——俺はどうしても、こういう石を加工することが多くなる。

 好きすぎてよ、売りに出せねぇまま集まっちまうこともあるが……」


 ちょっと照れたように鼻をこすりながら続ける。


 「でもよ、たまにお客にこいつらを見せてやると、

 “運命の石”に出会っちまう奴がいるんだ。

 そういう瞬間は……職人冥利に尽きるってもんだな」


 そう言いながらも、グレインはふっと視線を落とし、

 手のひらの石を名残惜しそうに撫でた。


 「……だがな。こういう特別な石にも、ちょっとした厄介ごとがあってよ」


 ナギが小首をかしげ、ランは「また始まった」と言いたげに笑う。


 グレインは続けた。


 「魅力は山ほどあるのに、日常使いとなるとな……

 中々難しいんだ。だいたいの人はルースのまま、箱にしまいっぱなしになる。

 もっと気軽に身につけられりゃあいいんだが……」


 ぽてが「ぽてぇ?」と不思議そうに石を覗き込み、

 ツムギは思わず一歩前へ出た。


 「どんな問題なんですか?」


 工房の柔らかな光の中で、

 ツムギの問いに呼応するように、

 石の中に眠る“小さな世界”がきらりと輝いた。

ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

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