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【第1章完結】異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜  作者: 花村しずく
2-04透輝の爪飾り

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175. 宝石工房

 その日、ツムギとぽて、ナギは宝石工房へ向かっていた。


 ハルを心配するあまり、気持ちが沈みがちだったツムギを見かねて、

 イリアが見学の場をセッティングしてくれたのだ。


 「きっと工房の技術に驚くわよ。少しでも刺激を受けて、新しい発想が浮かぶといいわ」

 送り出すときのイリアの言葉には、やわらかな思いやりが滲んでいた。


 本当は、エドも同行する予定だった。

 だが、どうしても外せない用事ができてしまい、

 何度か予定を調整しようとしたものの、結局難しかったらしい。


 ツムギはそのことを少し残念に思いながらも、

 「あとでおみやげ話をたくさんしよう」と微笑んでいた。


 一方のナギは、いつも通りの明るさで前を歩いている。

 「ツムギ、今日は絶対楽しいよ! 工房の中なんて、ワクワクするに決まってる!」


 その無邪気な声に、ツムギの頬も少しゆるむ。


 ――こうして二人と一匹は、宝石工房へと向かうため、街の通りへ歩き出した。


 目的の工房は、職人通りのはずれにひっそりと佇んでいた。

 外壁には時間の跡が刻まれているものの、窓は磨かれ、扉の取っ手には艶が残っている。

 古びてはいるのに、どこか凛とした清潔さが漂っていた。


 扉の上には小さな木製の看板が掲げられ、淡く削れた文字で「グレイン宝石工房」と読める。

 ガラス越しに見える店内は薄暗く、棚に並ぶ宝石たちは昼の光を受けて静かに瞬いていた。


 だが、その美しさとは裏腹に、どこか寂しげな空気があった。

 工具の音も、職人たちの掛け声も聞こえない。

 普段なら賑わっているはずの工房街の一角が、今は静まり返っている。


 「……なんだか、ちょっと静かだね」

 ナギが小声でつぶやく。


 ツムギは頷きながらも、目を輝かせて扉の取っ手に手を伸ばした。

 「うん。でも、きっと中はすごいんだと思う。ね、行こう」


 二人は顔を見合わせて、軽く息を合わせる。


 ――コン、コン。


 ナギが扉を叩くと、しばらくして、かすかな金属音が奥から響いた。

 やがてギィ……と静かな音を立てて、扉が開く。


 その隙間からこぼれたのは、宝石を磨く粉のような淡い光。

 そして、元気いっぱいの若い女性の声だった。


 「いらっしゃいませー! 見学の方ですよね?」


 扉を開けたのは、赤いルビーのような瞳をしたポニーテールの女性だった。

 頬にはうっすらと研磨粉がついていて、作業の最中だったのだろう。


 「グレインさんの技術はすっごいんですよ! あ、わたし、弟子のランです!」

 にこっと笑いながら頭を下げると、手を軽く振って中へと促した。


 「中、少し散らかってるけど気にしないでくださいね! 師匠、きっと喜びます!」


 促されて中へ入ると、ツムギとナギは思わず息をのんだ。


 天井の中央は大きなガラス窓になっており、そこから陽の光が滝のように降り注いでいる。

 光を受けて、壁一面に並ぶ宝石や魔石の原石が、虹色の反射を放っていた。

 棚にはルビー、アメジスト、サファイア……大小さまざまな石が丁寧に並び、

 まるで“光そのものが形を持って並んでいる”ように見える。


 その光の粒が床に散り、ツムギたちの頬を照らした。

 幻想的な空間は、どこかサクラダ・ファミリアのような荘厳ささえ漂わせている。


 「……きれい……」

 ツムギが小さくつぶやくと、ぽても「ぽてぇ……」と見上げたままうっとりしていた。


 そこへ、奥の作業台から低く朗らかな声が響く。

 「おう、いらっしゃい!」


 声の主――グレインは、光を背に立っていた。

 髪と顎髭がひとつにつながるように伸び、陽光を受けて銀色にきらめいている。

 両腕には粉が付き、まさに今まで研磨していたのだろう。


 ツムギは少し緊張した面持ちで会釈をした。

 「こんにちは。POTEN創舎のツムギと申します。……光が当たって、とてもきれいですね」


 ナギも隣で目を輝かせながらうなずいた。

 「ほんと……宝石が生きてるみたい!」


 「ハハッ、嬉しいこと言ってくれるな!」

 グレインは豪快に笑い、手についた粉を払いながら二人に近づいた。


 「よく来たな。POTENの嬢ちゃんたちか。遠いところ、ようこそ!」

 グレインはにかっと笑い、指先についた粉を軽く払う。


 「本当はな、作業場にいろんな色の光が入りすぎるのは、あんまり良くねぇんだが……」

 そう言いながら天井を見上げる。

 「こうして光を当ててやると、不思議と石が元気になる気がしてな。人間も石も、日光浴は大事だぞ!」


 その言葉にツムギとナギは顔を見合わせ、ほほえんだ。

 「原石にも……日光浴……?」

 ツムギが小さくつぶやき、すかさずノートを開いてメモを書き込む。


 「“日光浴=石の機嫌を良くする”っと……」

 「えっ、書くのか!?」と笑いながらグレインが頭をかくと、

 奥からランが苦笑交じりに顔を出した。


 「師匠はね、宝石がキラキラ光るのを見るのが好きなだけなんですよ」

 「こらラン!」

 グレインは笑いながら肩をすくめる。

 「ま、そういうのもあるがな。光がある方が工房も明るくなるってもんだ」


 そのやり取りにつられて、ツムギとナギの顔にも自然と笑みがこぼれた。


 「さて、せっかくだ。一通り見ていくか?」

 そう言ってグレインは作業台の奥の扉を押し開け、隣の部屋へと案内した。


 そこは先ほどとは対照的に、厚いカーテンで光が遮られていた。

 空気はひんやりとしており、静寂の中に石たちの呼吸が感じられるようだった。


 「こっちは“原石の原石”が眠ってる場所だ。日が強すぎると疲れちまうからな。

 ここでは、ゆっくり休ませてやるんだ」


 ツムギは思わず息をのむ。

 「……休眠……」

 「うちではただ保管してるだけだけど……光や暗がりでの変化を記録してみたら、面白いかもしれませんね」


 その目がきらりと輝くと、ナギも「それ、絶対やろ!」と同じように瞳を輝かせた。


 グレインはそんな二人を見て、頬をかきながら笑った。

 「ははっ、やっぱり職人ってのは、みんな似たようなもんだな」


 グレインは腕を組み、保管庫の静けさを一度見渡したあと、

 満足そうにうなずいた。


 「……よし。じゃあ次は“研磨室”だな」


 その言葉に、ツムギとナギの目がぱっと輝く。

 ランも嬉しそうに笑い、「師匠の本領発揮ですよ!」と声を弾ませた。


 グレインは豪快に笑いながら、扉の向こうを指さす。

 「見るだけでも価値があるぞ。覚悟しておけよ、嬢ちゃんたち!」


 ――光の粒が舞う工房の中で、ツムギの胸は再び高鳴っていた。

ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

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