171. 技術の継承
キリの良いところまで書こうとしたら2話分くらいになってしまいました。長くて申し訳ありません。
ツムギは深く息を吸い、胸の奥で一度だけ言葉を確かめる。
「まず……POTENが持っている商標登録についてです」
カロリーヌのまっすぐな視線を受け止めながら、ツムギは丁寧に続けた。
「登録されている中には、私の名前以外のものも多くありますので、すべてというわけにはいきません。
けれど、少なくとも“私の取り分”だけでも、ロイヤリティを外してみようかと考えたんです」
ツムギの声は落ち着いていた。
「ロイヤリティを無くせば、他の職人さんたちも、私たちと同じくらいのコストで商品を開発できる。
それが、より良いものづくりの循環につながるんじゃないかと思ったんです」
「……ふむ」
カロリーヌが静かに相槌を打つ。
その表情に否定はない。だが、鋭い理性がまだ沈黙の奥でこちらを試していた。
ツムギは小さく息を吐き、続ける。
「でも、話し合う中で気づいたんです。ロイヤリティを外すだけでは、問題は解決しないかもしれないと。
粗悪品が出回る可能性もありますし……“POTEN”の印が入っているだけで、他の商品より売れてしまう現状もあります。
それに、使い方を知らなければ、結局同じことの繰り返しになってしまうという意見もありました」
ツムギはそっと視線を上げる。
「――それで、考えたんです。
“使い方”を、私たちが教えてしまえばいいのではないかと」
カロリーヌの瞳が、わずかに興味の色を増した。
「たとえば、POTENとして“正しい使い方”を講習という形で伝えるんです。
その講習を修了した方には、証として資格のようなものをお渡しして――」
ツムギは手帳を開き、描いてきた案を見せながら続けた。
「その基準を守って製品を作っている方には、“POTEN認証”の印をつけていただけるようにする。
さらに、ロイヤリティを割引にして、正しい技術を広げる方にこそ恩恵があるようにする。
……そんな仕組みを考えてみました」
言い終えた瞬間、ツムギは一度だけ小さく頭を下げた。
「身の程知らずな考えかもしれませんが……どうか、お聞かせいただければと」
カロリーヌは口元に手を当て、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべた。
「なるほど――“教えることで守る”、というわけね」
その声音には、もはや棘はなかった。
だが、次の瞬間、彼女の瞳が再びわずかに鋭さを帯びる。
「けれど――その理想、簡単ではないわよ」
ツムギが小さく瞬きをする。
カロリーヌは紅茶を一口含み、穏やかに言葉を続けた。
「あなたたちが“教える側”に回るということは、指導にかける時間も、資金も、労力も必要になる。
それに、あなたたちには何の利もないでしょう? 一方的な支援は、はじめこそ称賛されるけれど……やがて均衡を失って崩れていくものよ」
カロリーヌの静かな声が響く。
だが、その言葉を受けてツムギはふっと微笑んだ。
「その点についても、大丈夫です」
穏やかな笑みのまま、ツムギは隣に座るエリアスへと視線を送る。
エリアスが軽く頷き、椅子を引いて一歩前に出た。
「もしよろしければ――私どもの考えた仕組みを、私の方からご説明しても宜しいでしょうか」
カロリーヌは興味深げに眉を上げる。
「ええ、聞かせてちょうだい」
エリアスはゆっくりと立ち上がり、テーブルの上に一枚の紙を広げた。
そこには、緻密な線と矢印で描かれた図――POTEN創舎が描く“新しい循環”の構想が記されていた。
「まず、講習の内容ですが――教えるのは“基礎”のみとします」
指先で図の中央を示しながら、淡々と説明を始める。
「私たちが提供するのは、あくまで根本の知識です。その上で、それぞれの職人が持つ既存の技術や発想と組み合わせ、自分自身の作品を生み出してもらうことを目的としています」
カロリーヌは黙って聞いている。
その瞳は依然として冷静だが、興味の光がわずかに増していた。
「講習を受けた職人には、ロイヤリティの割引を適用します。そして、品質基準を満たした商品には“POTEN品質認証印”を付けられるようにするつもりです」
「ふむ……」と、カロリーヌが軽く頷く。
エリアスは続ける。
「講習に使う素材は、POTENの素材担当の者が十分に確保しています。ですから、職人の初期の資材負担はほとんどありません。
講師はまず、POTENの職人たちが担当しますが、受講者が増えた際には――」
指で図の右側を指し示す。
「――十分に技術を身につけた研修生は、今度は“次の講師”として教える側に回ります」
エリアスは図面の中央に描かれた矢印を指しながら続けた。
「無償で教えるかわりに――一人の講師が、少なくとも二人の講習生を育てます。
そして、その講習生が次の世代を教え、またその先へと繋いでいく。
そうして“教えの輪”を、少しずつ広げていく仕組みです」
カロリーヌの視線がその矢印の流れを追う。
エリアスは補足を加えた。
「まずは、“教えること”そのものを講習料の代わりにします。
教えながら自らも技術を定着させ、次に繋ぐ。
技術の価値を共有し、次の担い手を増やすという点では、これ以上の投資はないと考えています」
「ふむ……“支払う講習料”ではなく、“教えることで返す講習料”というわけね」
カロリーヌが興味深げに呟く。
「はい。技術を渡すたびに、新しい職人が生まれます。
その循環が広がっていけば、自然と市場も活気づくはずです」
ツムギが隣で小さく頷いた。
「誰かに教えることが、次のものづくりに繋がる――それが、私たちPOTENの理想なんです」
「講習を終え、商品を作れるようになった職人は、希望すればPOTENの製品の一部を下請けとして製作できるようにする。もちろん、その際には適正な報酬をお支払いします」
カロリーヌの眉がほんの少し上がる。
「報酬も、きちんと?」
「ええ。POTENとしては“対等な協力関係”を築くつもりです」
エリアスはためらいなく言い切った。
「それに――いま私たちPOTENに圧倒的に足りていないのは、生産力です。
優れた職人たちが力を貸してくだされば、私どもとしても大きな助けになります。
お互いの強みを活かせる関係を築ければ、まさに“ウィンウィン”の形になるでしょう」
その言葉に、カロリーヌの唇がかすかに動く。
「……現実も、ちゃんと見ているのね」
エリアスは説明を続ける。
「さらに、講師の立場に就いた者には――いずれは、講習料を受講者から少額を頂く形も取れるようにし、その代金を講師へ還元したいと思っています。
将来的には、受講生が“講習料を支払う”か、“新たに二人へ教えを継ぐ”かを選べるようにするつもりです。
これにより、教える側にも学ぶ側にも、継続的な動機と利益が生まれる。
知識と技術が循環する仕組みができあがるのです」
説明を終えると、エリアスは軽く頭を下げた。
「この仕組みなら、無理なく、長く続けられると考えています」
部屋の中に静寂が戻る。
カロリーヌは図面をじっと見つめ、指先で紙の端をなぞった。
そして――
「……面白いわね」
その口元に、ほんのわずかな笑みが浮かんだ。
「……とてもいいアイデアね」
カロリーヌの声は柔らかく、これまでとは違う温度を帯びていた。
「この仕組みをうまく活かせば、市場そのものを活性化できる。
あなたたちにとっても新しい事業になるわけでしょう? 悪くない話だと思うわ」
ツムギは思わず息を呑んだ。
目の前の“鉄の女”が、わずかに、しかし確かに微笑んでいる。
カロリーヌは紅茶を手に取り、軽く一口含んだ。
「なるほど……本当に、よく考えられているわね。
――私にできることがあるなら、何でも協力させてもらうわ」
「何でも言ってちょうだい」
その言葉は、まるで長く閉ざされていた扉が静かに開く音のようだった。
ツムギはエドとエリアスの方を見た。
二人も、目を合わせて小さく頷く。
次の瞬間、三人の顔に自然と笑みが浮かんだ。
「それでは――カロリーヌ様に、一つお願いしたいことがあります」
その声には、静かな決意と、未来への期待が混ざっていた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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