016. 家族団欒と夫婦の語らい
2月20日2回目の投稿です
ツムギは、仕上がったポシェットを丁寧に布で包み、作業台の隅にそっと置いた。
深く息をつきながら、改めてその姿を眺める。
「……よし、無事完成!」
長い作業を終えた達成感がじんわりと広がる。
ぽてが満足げに「ぽぺ!」と鳴きながら、ポシェットの上にちょこんと座る。
「ぽて、ダメだよ。それはハルくんの大事なものだから」
ツムギが苦笑しながら抱き上げると、ぽては「ぽぺぇ……」と少し名残惜しそうにした。
でも、そのままツムギの腕にしがみつき、くるんと丸まる。
「ふふ、お疲れさま、ぽて」
ツムギはそっとぽてを撫でながら、工房の掃除を軽く済ませ、父・ジンと一緒に家へ向かった。
家の扉を開けると、ふわりと温かい香りが鼻をくすぐった。
煮込まれたスープの優しい香りと、ほんのりと焼き立てのパンの匂いが漂ってくる。
「おかえりなさい!」
母・ノアが明るい声で迎えてくれた。
「ただいまー」
「ご飯、ちょうどできたところよ。今日はツムギの好きな根菜たっぷりスープ!」
「わぁ、嬉しい!」
ツムギはエプロンを外しながら、食卓へと向かった。
ジンは椅子に腰を下ろし、ふうっと一息つく。
「今日もよく働いたな」
「うん、お父さんもお疲れさま!」
テーブルには、スープと焼きたてのパン、そしてノア特製のサラダが並んでいた。
ぽてもツムギの肩の上から覗き込み、興味津々に鼻をクンクンさせる。
「ぽてのごはんもちゃんとあるわよ~」
ノアはぽて用の小さな器に、スープの具材を細かく刻んで用意していた。
ぽては嬉しそうに「ぽぺっ!」と鳴いて、ぴょんとテーブルの隅に移動する。
「今日は何してたの?」
ノアが楽しそうに尋ねると、ツムギはスプーンを手に取りながら答えた。
「うん、ハルくんのポシェットを修繕してたの。結構大変だったけど、無事に完成したよ!」
「まあ、それはよかったわね。ハルくんも喜ぶわ」
「うん。でも、思ったよりいろいろ仕掛けがあってびっくりしたよ。特にこの護符みたいな石が出てきたときは……」
ツムギが手のひらを広げると、ジンがスープをすすりながら頷いた。
「あれは、たぶんハルの父親が仕込んでいたんだろうな」
「やっぱりそうなのかな……」
「子供を守るために、親ができることをしたんだろうさ」
ジンの言葉に、ノアが微笑んだ。
「いいお父さんだったのね」
ツムギはポシェットを包んだ布の上からそっと手を添えた。
確かにハルのお父さんの思いが詰まっているのかもしれない。
それを、ツムギの手で修繕し、より良いものに生まれ変わらせたのだと思うと、少し誇らしい気持ちになった。
「明日はいよいよ受け渡しの日だね!」
ツムギがそう言うと、ぽても「ぽぺぺ!」と小さく跳ねた。
「そうね、楽しみね!」
ノアがほほえむ。
「うん、でもちょっと緊張するなぁ。気に入ってくれるかな」
「ツムギが一生懸命作ったんだもの、大丈夫よ」
「……うん!」
ツムギはスープを一口飲み込み、じんわりと体の芯まで温まるのを感じた。
食後、ツムギはお風呂に入り、さっぱりとした気持ちで部屋へ戻った。
ぽてはすでにふわふわのクッションの上で丸くなっていた。
「ぽても疲れたんだね」
ぽての柔らかな毛並みをそっと撫でる。
ふわふわとした温もりが心地よくて、ツムギも眠気を感じ始めた。
布団に入ると、今日一日を振り返るように目を閉じる。
ハルのポシェットを修繕している間、色んなことを考えた。
素材の選定や新しい技法、そして、ものに込められた思い……。
「創術屋って、ただものを作る仕事じゃないんだな……」
ツムギはぽてをぎゅっと抱きしめ、目を閉じた。
「……おやすみ、ぽて」
「ぽぺ……」
ぽての小さなぬくもりを感じながら、ツムギは静かに眠りについた。
ツムギの部屋から、穏やかな寝息が聞こえる。
ノアは寝室へ向かう前に、食器を片付けながら小さく息をついた。
ジンは椅子にもたれかかり、スープの器を軽く揺らしながら、ぼんやりと天井を見つめている。
「……今日は、ツムギ、ずっと嬉しそうだったわね」
ノアの声に、ジンはふっと口元を緩める。
「そうだな。あいつなりに、一歩前に進んだんだろう」
「初めての“創術屋”としてのお仕事、か」
ノアはシンクに器を置きながら、静かに言葉を続ける。
「ハルくんのために一生懸命考えて、工夫して……最後まで責任を持って仕上げたんだもの。きっと、自信につながるわね」
ジンは腕を組み、顎に手を添えて考えるように目を細めた。
「最初にポシェットを直したいって言ったときは、大丈夫かと思ったが……ツムギはもう、俺の手を借りなくても、ちゃんと考えて動けるようになってる」
「ふふっ、ずっと見てきたものね。あなたの仕事を」
ノアは笑いながら、ジンの隣に腰を下ろした。
「昔はね、ツムギったら、おもちゃの木片を組み立てて『お父さんみたいなすごいものを作る!』って言ってたのよ」
「……覚えてるよ」
ジンの口元がわずかにほころぶ。
「でも、すぐに難しくなって、途中で放り投げるんだ」
「そうそう。そのたびに、『やっぱりお父さんすごい!』って笑ってたわ」
ノアの言葉に、ジンは静かに頷く。
「ツムギはまだ、職人としては未熟だ。でも、今日の仕事をやり遂げたことで、少しずつ“自分の仕事”としての自覚が芽生えてるはずだ」
「ええ。あの子の作るものには、ちゃんと気持ちがこもってるもの」
ノアは優しく微笑む。
「そうだな……。ものづくりは、ただ形にするだけじゃない。その先にいる誰かを思いながら作ることが大事だ」
ジンは、窓の外の夜空を眺めながら呟いた。
「お前も、あのポシェットを見ただろう? ツムギは、ハルのことを考えて、使いやすいように細かい工夫をしていた。あの姿勢は、立派な職人のそれだったよ」
「……うん」
ノアはそっと膝の上で指を組む。
「でもね、ジン。ツムギはただの職人にはならないわ」
「……?」
「ツムギは、“創術屋”よ」
ノアは柔らかい口調で、だけどどこか確信に満ちた声で言った。
「ただ修理するだけじゃなくて、ただ作るだけじゃなくて……あの子は“ものに込められた想い”を感じ取って、それを生かそうとするでしょう?」
ジンはゆっくりと目を閉じ、深く息をついた。
「……確かにな」
「だから、きっといつかツムギは……私たちが思っている以上に、大きな仕事をするわ」
ノアはそう言って微笑み、テーブルの上のランプをそっと消した。
「ふふ、明日が楽しみね」
「……ああ」
ジンも静かに頷く。
夜の静寂の中、ツムギの寝息がかすかに響く。
月明かりが窓から差し込み、ツムギの部屋の扉の向こうを優しく照らしていた。
いよいよ次回、ハルくんのポシェット編完結!
今晩21時までに投稿予定です。
楽しんで頂けるか、気に入って頂けるか、私もツムギのようにドキドキしています……