167. 真実の先にあるもの
それから数日後。
昼下がりの柔らかな光が差し込むPOTENハウスのリビングで、ツムギはエドから届いた報告書を手にしていた。
その場には、エリアスとバルドも同席している。
エドは紙束をテーブルの上に置き、指先で軽く叩いた。
「――黒幕がわかったよ」
その言葉に、ツムギの瞳が揺れる。
「本当ですか……?」
「うん。裏で噂屋を動かしてたのは、カロリーヌ・ヴァルネス夫人。職人ギルドの監督官だ」
その名が告げられた瞬間、リビングに一瞬の静寂が落ちた。
「……カロリーヌ、か」
バルドが低く呟く。長い白髭を撫でながら、遠くを見るように言葉を続けた。
「職人ギルドでも名の知れたお人じゃ。わしは直接話したことはほとんどないが……あの人なら、やりかねんのう」
「やりかねない……?」
ツムギが小さく首を傾げる。
「あの方って、職人ギルドの……えらい人、ですよね?」
エドが頷きながら、報告書をめくった。
「そう。創舎システムを作った最初のメンバーのひとり。職人たちからの信頼も厚いけど、その分、理想が強すぎるんだ。信念のためなら手段を選ばないって噂もある」
エリアスは腕を組み、静かに息を吐いた。
「なるほど……筋が通っているな。目的が“秩序を守ること”なら、POTENのような急成長を危険視してもおかしくはない」
ツムギは複雑そうな表情で、テーブルの上の書類を見つめた。
「……POTENを潰したかったわけじゃない、ってことなんでしょうか」
「おそらくは、そうじゃろうな」
バルドが深く頷く。
「彼女は“職人の未来”を誰よりも重んじておる。……じゃが、その信念が時に鋼のように固すぎる。まっすぐ過ぎる者は、曲がった影を知らぬのじゃ」
重い沈黙が落ちる中、ツムギは唇を噛みしめた。そして、意を決したように顔を上げる。
「……その方に、お会いすることは可能なんでしょうか?」
エドは少し驚いたように眉を上げ、すぐに笑みを浮かべた。
「ふふ、やっぱりそう言うと思った。僕が段取りはつけられるよ。もともと情報収集の一環で接点を作るつもりではあったしね」
そう言いながらも、彼は少しだけ表情を引き締める。
「でも、ツムギ。カロリーヌさんは……かなり頭がキレる人だ。それに、あの人は“信念のためなら情を切り捨てる”タイプだと聞いてる。……本当に大丈夫か?」
ツムギは短く息を吐き、しっかりと頷いた。
「はい。芯のある方だからこそ、きっと私たちの話も一度は聞いてくださると思います。どんな結論になっても、ちゃんと向き合いたいんです」
エリアスはしばらく黙ってツムギを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうだな。君の言う通りだ。どんな相手でも、まずは話をすることからだ」
彼は姿勢を正し、穏やかに笑みを浮かべる。
「安心しろ。私たちも一緒に行く。何より――この創舎の代表はツムギだ。私たちは、その背中を支えるだけだよ」
その言葉に、ツムギは胸の奥が温かくなるのを感じた。
大切な仲間たちのまなざしが、彼女の決意を静かに照らしていた。
話し合いが終わると、ツムギたちはそれぞれの持ち場へ戻っていった。
リビングに残る紅茶の香りが少しだけ寂しげに漂い、エドは小さく伸びをした。
「……さて、準備を始めないとな」
そう呟きながら自室へ向かう。
扉を閉めると、外の喧騒が遠ざかり、静かな空気が部屋を満たした。
明かり石の灯りが机の上を照らし、積まれた設計図や工具が柔らかな影を落とす。
エドは上着を脱ぎ、椅子の背にかけた。
その瞬間――部屋の空気がわずかに揺れる。
「……お待ちしておりました、エド様」
音もなく、ひとりの男が影から現れた。
背筋の通った壮年の護衛で、その動きには一切の無駄がない。ヴァルトシュタイン家に長く仕える忠実な従者だった。
「ツムギ様がカロリーヌ様にお会いできる場を設ければ、よろしいのでしょうか?」
エドは微笑を浮かべ、静かに頷いた。
「うん。手間をかけるが、頼むよ。……頼りにしてる。
それと――くれぐれも、うちの家名は出さずに。僕は“エド”として参加するつもりだ」
護衛は深く一礼した。
「はっ。お任せください」
その声が消えるよりも早く、彼の姿は空気に溶けるように掻き消えた。
残されたエドは、机の上の設計図に目を落とす。
「……やれやれ、厄介な相手だな」
エドは苦笑しながら椅子に腰を下ろし、机の上の設計図に視線を落とした。
「カロリーヌさんかぁ……あの人は筋が通ってる分、頑固だからな。ツムギとぶつかって、余計に話がこじれなきゃいいけど……」
独り言のように呟きながらも、その瞳には静かな覚悟が宿っていた。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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