166. 見える角度、変わる真実
リナは椅子の背にもたれ、紅茶のカップを両手で包みながら、少し遠くを見るように呟いた。
「……ツムギの言う通りやと思うで。真実って、一つちゃうんよね」
ぽつりぽつりと、言葉を探すように続ける。
「確かに“事実”はひとつかもしれん。けど、“真実”は見る角度や立場で全然違う顔をしてる。同じ出来事でも、人によっては真逆に見えたりするんよ」
ツムギは黙って頷き、耳を傾けた。
「それをな、少しずつ擦り合わせていって、同じ方向を見られるようにする。たとえ完全には分かり合えなくても、せめてお互いが納得できる着地点を見つける。……商売やってると、そういうのがいちばん大事やって思うんよ」
リナの声には、長く商いの世界に身を置いてきた人間だけが持つ現実味と温かさがあった。
「今回もさ、それが許されるなら――一回とことん話してみたらええんちゃう? ちゃんと向き合えば、きっと分かり合える部分もある。もしかしたら、協力し合えるようになるかもしれへん」
リナは苦笑しながら肩をすくめた。
「ま、骨の折れる作業にはなるやろけどなぁ」
その言葉に、皆が小さく笑い、張りつめていた空気がやわらいでいった。
リナの言葉に、重たかった空気がやわらいでいった。
「……うん、そうだね」
ナギがぱっと笑顔を見せながら、明るい声で続ける。
「確かに、一番楽なのは何も反応しないことだよね。それも一つのやり方だと思う。でもさ、もし相手が話の通じる人たちなら……私も一度くらい、ちゃんと話してみたいかな」
ぽてが「ぽてぇ?」と小首をかしげ、ナギは笑いながら続ける。
「ツムギの言う通り、聞いてみてからでも遅くないよ。話を聞いて、それでも納得できなければ――そのときはジンさんの言うように、受け流せばいいだけのことだし」
その柔らかい調子に、皆の表情がほころんでいく。
すると、イリアがふふっと小さく笑い、髪を耳にかけながら言った。
「……そうね。出来ることからやってみる。手を動かすのが好きなPOTEN創舎らしくて、いいと思うわ」
紅茶の香りが漂うリビングに、少しずつ前向きな光が戻っていく。
その中で、エリアスが静かに立ち上がる。背筋を伸ばし、穏やかな声で言った。
「――進むべき道は決まったな」
その一言に、皆の視線が一斉に集まる。
エリアスはテーブルの上に視線を落とし、ゆっくりとエドを見た。
「エド。裏でこの噂を操っている貴族を突き止めることはできるか?」
「えっ?」
ツムギ、リナ、ナギの三人が、ほぼ同時に間の抜けた声を上げた。
だが当のエドは、いつもののんびりした調子でカップを持ち上げ、にこりと笑った。
「もちろんだよ、エリアス。任せてくれ」
ツムギたちは顔を見合わせ、ぽかんとしたあとで、
「……ま、エリアスがそう言うなら、そういうことなんだろうね」
「うんうん、きっとそういうこと」
と、妙に納得したようにうなずいた。
一方で、イリアとバルド、そしてジンは顔を見合わせる。
老練な三人の間に、静かな理解が走った。
――エリアスが、ヴァルトシュタイン家を動かす気だ。
リビングの空気が、再び静かに引き締まっていった。
そんな中、エリアスが少し表情を和らげ、ツムギの方へ視線を向ける。
「ツムギ。話し合いには――もちろん行きたいよな?」
ツムギは驚いたように瞬きをしてから、すぐに真っ直ぐに頷いた。
エリアスは満足そうに頷き、今度は周囲を見渡す。
「他に行きたい者は?」
その瞬間、全員の手が勢いよく上がった。
ぽてまでもが「ぽてぇ!」と前足(?)をぴょこんと挙げる。
「……いや、さすがに多すぎだろ」
エリアスは苦笑し、額を押さえた。
「ツムギは創舎の代表だし、決定だな。あとはエド――君は行った方がいい。抑止力にもなるし、状況を把握してもらいたい」
「了解、光栄だね!」とエドがにこやかに答える。
「さて……あとの一人は――」
エリアスは少し考える素振りを見せたあと、急に腕まくりをして口角を上げた。
「ここはひとつ、恨みっこなしで決めようか。……勝負だ。じゃんけんで」
「よーっし、負けられん!」
「これは代表の座がかかってるからな!」
「ぽてぽて!(ぽても出る!)」
わいわいと笑い声が弾む中、全員が円になって手を構える。
「せーの!」
「じゃーんけーん――ぽん!」
勝敗の声が一斉に上がり、笑いと歓声が入り混じる。
最終戦を制したのは、執念で勝ち残ったエリアスだった。
「……どうやら、まだ運はこっちにあるらしい」
軽く拳を握り、冗談めかして笑うエリアスに、ツムギたちは拍手と笑いで応えた。
その横で、ナギが両手を腰に当てて、むくれたように唇を尖らせる。
「もー、あと一回勝てば優勝だったのになぁ。でもまぁ、順当っちゃ順当だよね」
小さく息を吐いてから、にっと笑みを浮かべた。
リナはそんなナギを見て肩を揺らしながら、エドに視線を向ける。
「で、エド。ひと見知りは大丈夫そうなん? あかんかったら、いつでも代わったるで?」
にやりと口角を上げるリナに、エドは慌てたように手を振った。
「もー!リナ!僕だってやる時はやるんだってば!」
その言葉にリビング中が笑い声に包まれ、いつものPOTENらしい温かさが戻ってきた。
こうして、“代表チーム”が正式に決まったのだった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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